手紙
「がぜんイメージが湧きますわ。プリンセスラインも素敵ですけど、やはりディアナ様にはマーメイド…。ああ、神々しい姿が目に浮かび……」
「はいはい」
「ふふふ」
ゆったりとしたソファに腰掛け、昔のように私を見ながらひっきりなしにデザイン画を描くアレクシア。
この女は昔からこうだ。
それこそ私がまだ古代神殿で月の女神なんていう黒歴史を演じていた昔から。
なぜかいつの間にかそこにいて、手縫いの趣味の悪いゴテゴテした服を私に着せ、影でこっそり姿絵を描いていた。
つまり筋金入りのド変態。
「それよりあんた、この部屋何なの?テレビに農場がいっぱい映ってんだけど……」
そう聞けば、変態魔女がデッサンの手を止めて立ち上がり、テレビの方を向く。
「ああ……ここはモニタールームですわ。広いオスロニアを一人で管理するには流石に手が足りませんもの」
「へー?もにた…ああ、あの羽根ロボットが映してんのか…って、あんた今一人って言った?」
アレクシアが不思議そうな顔をする。
「当然ですわ。私この600年、ディアナ様のためにせっせと…」
「それはもう聞いた。一人ってどういうことよ。ここは国なんでしょ?」
「………………。」
『株式会社ガーディアン
代表取締役 ゼイン・エヴァンズ様
いつもお世話しております。
昔々私が提出した技術指南書第三編第二章の件ですが、取扱編第九章第四項にて解決可能かと思います。
もしも即日御対応頂けない場合、めでたく契約の解除とさせて頂きますので悪しからず。
いつまでもお元気で。 ディアナ・アーデン』
…何だこの丁寧だがほとばしる上から目線の手紙は……。
第一文からしておかしいだろう。いつも世話をしているのはこちらの方だ。
そしてやたらと小難しい単語を並べ立ててはいるが、なぜか馬鹿丸出しな感じが透けて見えるのも妙に腹が立つ。
「ゼイン、やっぱこれどこを調べても人形だよ。すんごい精巧にできてるけど、人形」
手の中の手紙をグシャグシャに握り潰したい気持ちに蓋をし、ニールの方へと歩みを進める。
「人形…やはりか」
会社まで手紙を届けに来た配達人の男…かと思えば男の格好をした女。
『ご署名お願いします』以外の言葉を発しないことから、そうだろうとは思っていた。
だがあまりにもリアルな人間の姿をしていたことから、念のため60階に運び入れ、ニールに調べさせていた所だ。
「どうやって動いてるのかな。ヒューマノイドみたいに機械が中に入ってるわけでもないし、まあ…魔法なんだろうけど……」
「…そうだな」
魔法で動いているのなら、何かしら魔力の痕跡が残るはずだがそれすらも無い。
これを作った人物とディアナが一緒にいるのなら、相手は相当な使い手だ。
「ニール、可能な限り、過去の国際会議の記録映像を探してくれ。私は商談の記録を探す」
「わかった」
農業大国オスロニア。
もはや大国などという言葉で済ませていいような存在では無い。
年々作物を育てる事が難しくなる世界において、オスロニアの大地で育てられる〝本物〟は、市場でどれだけ高値で取引されていることか。
このネオ・アーデンも例外では無い。
私がかろうじて口にできる食物も、ディアナが口をつける食物も、オスロニア産だ。
だがこの国の厄介なところは、決して友好国を作らないこと。
どれだけ金を積もうと、どれだけ各国の代表が頭を下げようと、決して輸出量を増やしてはくれない。
ただ淡々と…当初の契約に則って、規定量を取引するのみ。
「ゼイン、とりあえず手元に映像が残ってるのは過去10年分。どうする?」
「…こちらも同じだな。しかも写真が多い」
資料は10年経てば保管庫行きだ。手元のタブレットですぐに取り出せるものは10年分で当然なのだが…。
「とりあえずニールの方を先に調べる。画像をスクリーンに映せ」
「オッケー!」
会議用テーブルの後方に映し出される国際会議の映像。
各国の代表者が並んで写真を撮る場面や、握手をする場面が映し出される。
「あ、ゼイン見ーっけ。あはは!10年前あんな顔にしてたっけ?」
「設定では37才だ。……変身魔法失敗してないか?」
「ははは、どう見ても生意気な若造だね。……ゼイン頑張ってるよね。もう何人目の〝ゼイン・エヴァンズ〟になった?」
「……今回で9世だ。まぁどこぞの王家よりは遥かに少ない」
人間のサイクルに合わせて、30年に一度自分の後継を作るという面倒な作業を繰り返して早250年以上。
いつの間にか〝ゼイン・エヴァンズ〟という固有名詞は、ガーディアンの代表が襲名する名跡のようなものになってしまった。
「…しかしいい加減この生活にも飽きたな。ニール、次どうだ」
そう言うとニールが目を泳がせる。
「あー……会社の方はいいんだけどさー……国家代表っていうのがね、肌に合わないというか何というか…」
「仕方ないだろう。私が欲しかったのは会社よりこの島なんだぞ。ネオ・アーデンは企業国家だ。ガーディアンの代表が国を代表する。お前が嫌がるならギリアム、その後はそろそろショーンに………はぁ」
…こちらも問題山積だった。
「ま、ゼインが育休でも取る時は変わってあげるよ」
「は?」
「それより……オスロニアの代表はコロコロ変わるね」
ニールが画面を凝視する。
「……そうだな。どうだ?見た感じ」
スチャッと眼鏡を掛けてもう一度映像を見るニールに尋ねる。
「なんで今まで気付かなかったのかなぁ……。見事にみんなお人形だ」
「…その変な眼鏡……役に立つんだな」
「錬金術師、侮り難しだね」
これではっきりした。
オスロニアは魔法使いが作った国だ。
よもやネオ・アーデンのような存在が他にもあったなど、考えることさえしなかった。
そしてそれがまさかオスロニアだとは誰が思うだろうか。
なぜならば、あの国は最先端の科学力で成り立つ国だからだ。
ガーディアンの主要取引先として瞬時に名前が挙がるほどに。
何のために、どういう経緯で国が作られたのかは分からない。
だが、国を作った魔法使いはディアナを返すつもりが無いという事だけは明白。
あれほど解りづらく、だが明確に助けに来いと命令されるとは思いもしなかった。
……人生で初めての魔法使いとの対立。
そして世界にとって絶対に失えない大地を持つオスロニア。
さて、どう作戦を立てたものか……。




