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右腕

 白衣姿の女が光に包まれる。

 引っ詰めお団子だった黒髪に赤みが差したかと思えば、そのまま背中に向けてバサリと広がる。

 黒色だった瞳が紫色に妖しく光ったかと思えば、これまた紫色の唇が……


「……アレクシア?」


 まさか…こんな場所で…よもや……


「ご機嫌よう、ディアナ様。随分ごゆっくりしたお迎えですこと。まさか…貴女様の永遠の右腕の私を…お忘れだった訳ではございませんよねぇ……?」

「アレ…アレ…クシア………!」

 悪魔のような妖しい微笑み、蠱惑的な声音、二度と見ることは無いと思っていた私の……

「ディアナ様……あぁ…500年振りのディアナ様……。相変わらず…お う つ く し い………!」

「さよなら!!」

 

 魔力全開で転移を試みる。


「逃がしませんわ!捕縛!」

 突き出された右手の平からロープが飛んでくる。

「馬鹿言ってんじゃ…無いわよ!──炎っ!」

 飛んで来たロープを後ろ手で焼き払う。

「甘いですわ!対ディアナ様特製、漆黒のウェディングドレス魔封糸仕立て!」

 ───!!


 ああ…だから嫌なのだ。

 すっっかり私の中から存在を消していたというのに……。

 最悪。最悪の一言に尽きる。

 よもや羊を捕まえて、数千年来の変態ストーカー魔女に捕まるなんて……。




「思い出しますわねぇ600年前のあの日、ディアナ様が仰った御言葉を……。魔女たる者、種を蒔きに修行に出ろと。無事に大地が芽吹いたら迎えに行くからと……」

「……そうだったかしらねぇ」


 檻から引き摺り出された私は、先ほどよりもまだ地下深く、たくさんのテレビのような画面が壁中に架けられた部屋へと連れて来られた。


「氷の大地を指定された時は歓喜に震えましたわ。ああ、ディアナ様は私をそこまで買って下さっているのかと…」

 ……追い払ったに決まってんでしょうが。頭沸いてんの?

「アレクシア、長いことご苦労だったわ。とりあえず……脱がせて。今すぐ!即!」

 魔封じの糸で織られた服など、私にとっては鉄格子よりタチが悪い。

 魔法が使えない私など、ただの元美少女である。

 

 アレクシアの紫色の唇が弧を描く。

「なぜですの?わたくしディアナ様のために氷の大地を国にまで育てましたのよ…?」

「…は?」

「……だって、もう無いではないですか。アーデンブルク……」

「!!」

「…まさかとは思いましたのよ?魔法使いの栄華を極めたアーデンブルクがこの世から消えるなんて……」

「あんた……」

「でも思い直しましたの。…なるほど、と。ディアナ様のための国をお作りし、お帰りを待てばよいのだと。ディアナ様はそれを見越して、国造りの任を私に与えられたのね…と」

「……………。」

「オスロニアは今や世界で最も価値のある国になりましたわ。…私が創り上げた……ディアナ様のための国ですわ」


 ああ…駄目だ。

 知っていたけど再確認。

 アレクシア……頭おかしい。

 そして………超頭おかしい!!


「…とりあえず話はわかった。しばらくあんたに付き合うわ」

「まあ…!」

「…だから1回だけ連絡取らせて。仕事ほっぽり出して来てんの」

 アレクシアの目つきが変わる。

「…仕事?」

「そうよ。今や魔女も働く時代なのよ。連絡取らせてくれたら…あんたのコレクションに袖通してあげる」

「───!!」

 知ってんのよ、あんたが何で私に付き纏うか。

 ……着せ替えごっこがしたいんでしょ!!


「…わかりました。ただし一度だけですわ」

 そう言って空中から便箋とペンを取り出す。

 …ちっ。魔力は封じられたままか………。

「手紙どのくらいで届くの?私に並び立つ魔女だもんねぇ?まさか…80時間とか言わないわよねぇ?」

 そう言えばアレクシアが妖しく微笑む。

「あら、私はディアナ様の右腕ですわよ?即、お届けいたしますわ」






「はっ?ディアナが現れない?」

『そうなんです!落成式だから遅刻しないでくださいって伝えたんですけど……』


 手首の端末でショーンからの通信を受けながら、デスク上のディスプレイで時間を確認する。

 60階でディアナを撒いてから17時間。

 1時間前にはサラスワでの夜勤が始まっている時間だ。

 …あの馬鹿魔女は横着なくせに仕事にはきちんと来る。どういう時間感覚をしているかは謎のままだが。


「わかった。こちらでも探す。ショーン、ギリアムと協力してその場をしのげ。指示は追って出す」

『わかりました!…あの、社長?』

「なんだ」

『ディアナさんと喧嘩しないでくださいね…?』

「は?」

『喧嘩したら僕就職活動しますから!!……ブツ…』

「…は?」

 ショーンが…就職…活動……?

 これは…まさか、まさか噂の…反抗期………


 一大事。これは一大事だ。

 ディアナなんかどうでもいいレベルで一大事だ。

 …反抗期用の育児書はどこにあったか……自宅の書斎…いや違う、地下の書物庫……


 社長室で人生の崖っぷちに立つ私の元に、凄まじい勢いで近づく魔力を感じる。

「!!」

 このパターンは一度経験済だ。

 窓の外を飛んで来る白い物体に目を凝らす。

 …やはりあの馬鹿魔女からの手紙か。ならば60階に行かねば……と思ったが、どうにも帯びる魔力に違和感がある。

 警戒体制を取るためビル全体に結界を発動しようとした瞬間、白い物体がフッと消える。


 なんだ、何が起こった……?

 そう思った瞬間、社内用の携帯が鳴る。

 

「なんだ」

『社長、ご多忙の折失礼します。こちら1階受付のノイアーです。あの、エアメールが届いております。受取人指定なのですがいかがいたしましょう』

 エアメール……?この時代に…航空便……

「すぐに行く!配達人を留め置け!」

『は、はい!かしこまりました!』


 嫌な予感ほどよく当たる。

 飛んで来た魔力を帯びた物体、時代錯誤な航空便、そして戻らないディアナ……。

 ほぼ間違いない。

 とてつもなく面倒なことが起こっている。

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