オスロニア
ゼインに逃走されてすぐ、真面目な私はオスロニアという農業国に転移して来た。
信じられないことに見た目には草も木もたくさん生えていて、水も豊富という奇跡のような国。
ゼインの行程表と見比べて、『私の世界地図に載ってない!』と焦っていたら、数百年前まで氷の大地だったというのだから時の流れというのは恐ろしい。
ネオ・アーデンから船で80時間かかるというこの島に辿り着くために、生意気な弟子から紹介されたのが人工島の一つから出ている貨物船だった。
忍び込んだ船底から毎日サラスワに出勤するという激務をこなしながら、トラベル世界地図にも載っていないオスロニアとの転移ルートを構築するために数日間ゼインに騙され……た振りをしたのだ!!
とにかくまあ、ネオ・アーデンの高級食物は、おおよそこの国から届くらしい。
つい数時間前まで水が無くて争ってばかりのサラスワにいたことを考え少し複雑な気分にもなるが、それとは別に私は初めて降り立った瞬間からこの国が気に入らない。
「真っ直ぐ…カックカク…ピッタピタ……ほんっとつまんない国ね」
空からこの国を眺めれば一目瞭然。
定規をあてたように直線で区切られた農地に、整然と敷かれた道路。
ポツポツと見える小さな家も、目に鮮やかな木々さえも、計算づくで配置されていることがわかる。
そして一番違和感があるのが、農作業をしているのがどう見ても機械ばかりであるところだ。
ええと…知ってるわよ。ロボットよ、ロボット。
ゼインが宇宙から盗撮したという写真をニールが見たところ、オスロニア最南端、凶暴化した家畜の飼われているエリア全体にだけ、周りと〝色〟の違う魔力の痕跡があるという事だった。
ニールの見立てと、凶暴化した家畜の行動が個別バラバラであることから、私とゼインは操り糸ではなく何らかの魔障だろうと結論付けた。
私の今日の仕事…違う!旅!の目的は、それを確認すること。
空中からじーっと農場を眺めているのだが……。
「…魔力があるっちゃあるわねぇ。でも『ある?』と聞かれて『超ある〜』と言えるほどのもんでも無いし……」
若者言葉で何が言いたいのかというと、自然界でごく普通に発生する程度のものだということだ。
500年前まではよく見られた、ありふれた風景。
「ん〜……でもニールに見えるって事は何かおかしいってことだし……」
目に魔力を集めて凝らして見るが、ワサワサ生い茂る牧草と、その上を走り回る羊がとにかくジャマである。
ニールの目にはどんな色が映ったというのか……。
「…てかニールが来たらよかったんじゃないの?」
どちらにしろこの土地には魔力がある。
枯れた大地ばかりの世界において、力のある土がある。
「やるしかないわね……」
空中で魔法陣を描き、羊が飼育されているエリアの半分を結界内に閉じ込める。
そしてゆっくりと下降してその中へと入る。
中でウロチョロしている目つきの悪い羊を一匹捕まえようとすると、羊のくせに牙を剥く。
…確かに凶暴化している。
魔獣とまでは言わないが、それに近い状態になりつつある。
しかし魔羊ごときに怯む私では無い。
全力火炙りモードに姿を変え、羊を睨みつけること5秒、羊がガタガタ震えて膝を折る。
「ホッホッホ!分かればいいのよ、分かれば……」
嵌められた首輪に手を伸ばそうとした瞬間だった。
『……警告…警告……』
空中でグワングワン音が鳴り出す。
「…は?なに?」
空を見上げたその時、何かによって空中から落とされた鉄網が、私をすっぽりと覆う。
「はっ!?なになに!?何よこれ!!」
私の叫び声も虚しく、鉄網は巾着のように私を包み、そのまま空中へ……。
「えー……?釣り上げられたの初めて……」
不安定なゴンドラのような状態で、しばしの空中散歩を楽しむ羽目となったのだった。
日の差さない薄暗い小部屋。
全面鉄板張りの無機質な造り。
ここはおそらく地面の下である。
私を運んで来たヘリコプターの羽だけのロボットが、パカッと開いた地面に私を落っことしたから。
部屋の入り口には鉄格子……なるほど、ここは檻か。
どうやら私は捕まったらしい。
それは別にどうでもいい。出ようと思えば出られるし、寝ようと思えばスヤスヤ寝られる。
だが物凄く気になるのは、足元から漂ってくる明らかな魔力の気配。
気になって気になって、私は床に耳をくっつけてひたすらジッとしている。
リオネルの時とは明らかに違う。
あの時は感じ取れる魔力なんて一切なかった。
「…魔法使いがいる……?」
だとしたらゼインは大喜びしそうだが………。
魔力を集めた耳に、話し声のようなものが聞こえる。
『……羊泥棒…C区画……』
は?え?羊泥棒が出たの?
誰よそんな不届き者は。
家畜の窃盗は大罪だって有名だし。
「きー!何言ってんのか聞き取れない!!ギリアムの耳が欲しいっっ!!」
歯噛みする私の耳に、今度はコツ…コツ…という音が聞こえる。
何かしら…コツコツ?どんどん近づいてくるわね……。
コツ…コツ…ピタッ
止まった……。物凄く近くで止まった!
コツコツがピタッとした!
「…妙な女の羊泥棒とはおぬしか」
女の声がする。
温かみの無い、無感情な女の声が。
どうやら近くに羊泥棒がいるらしい。
不届者の顔を見てやりたい。
「床に這いつくばって何をしている。顔を上げろ」
床に……
「はっ?私?」
「おぬし以外にここに誰がいる……の……だ……?」
バッと顔を上げて鉄格子の方を見る。
するとそこには白衣を纏い、髪を引っ詰めにした顔色の悪い女が………口をあんぐり開けていた。
「…ディ…ディディディ…ディ…ディアナ様!?」
女が声を絞り出す。
「はぁ?ディディディアナって誰よ。てかあんただれ……」
「ディアナ様───!!」
女が鉄格子をすり抜けて私に突進して来る。
「はあぁぁっ!?ぐおっ!!ぐえっっ!!」
突進して来たと同時に力いっぱい抱きつかれ、喉から変な声が出る。
「ちょっ、ぐえっ、あの、ぐふっ!はな…はな…せ…」
「ディアナ様、遅いでは無いですか!!私を何百年待たせるのです!ああ……ようやく…ようやくですのね……!!」
は……は───??




