最後に
「悪かったわね、あんたたち。迷惑も心配も相当かけたんだと思うわ。今回私が15日で目が覚めたのは、あんたたちのおかげだと思う」
魔女が殊勝なことを言っている。
あの無神経で横暴な魔女が改まって謝罪をするなど、はっきり言って嫌な予感しかしない。
「……ちゃんと話しておくわね。私は聖魔法が使えないの。正しくは……使えなくなったの」
「え…?」
魔女の告白にニールが驚きの声を上げる。
「前回聖魔法を使ったあと、私は魔法に拒絶される事になった。ニールもよく覚えておいて。聖魔法で他者の命を奪った者は、自分の中に流れる聖属性を失うの。身に宿す聖属性が強ければ強いほど……その反動は凄まじい」
ディアナの言葉に三人が目を見開く。
察しが悪い彼らでは無い。
ディアナの過去も自ずと理解したに違い無い。
「私はね、あの時おそらく死ぬはずだったのよ。自慢じゃ無いけど全属性それなりに強めだし、まぁ……聖魔法は生業みたいなもんで……ってこれは秘密だった」
生業……?
聖魔法を仕事として使っていたと……?
いや、なぜこのタイミングで重要な事をポロッと言うのだ。
「死ぬはずだったのに……リオネルのお陰でそうはならなかったみたいね。100年も寝ちゃったんだけど」
いやだから、なぜそんな大事な話を……。
余計な無駄口はよく叩くくせに、基本的に秘密主義であるディアナが語る言葉を聞きながら、緑色のローブを纏った若者姿の像を見る。
リオネル…か。
500年前のあの日、おそらくはリオネル自身も魔力を失った状態だったに違いない。
そのような中でディアナを助けることがいかに困難だったか、想像するだけで背筋が冷たくなる。
それに100年の眠り……。
ディアナがこの土地で100年眠っていたのならば、相当の技術でもって存在を隠し通したことになる。
「今回はね、使えないのがわかってて……石化の呪いを解呪しようとしたのよ。ここまで明確に聖魔法に拒絶されるなんて、ほんと勉強になったわ。参考までにどうやって助けてくれたのか聞いておきたいんだけど」
ディアナのこの言葉に3人の視線が突き刺さる。
は?ここで口にしろと?私に?
……本当にこいつらは逃げ足だけは早い。
「あー……酒を飲ませた」
とりあえず、嘘はついていない。
「酒?へ〜、なるほど。それで魔力の回復量を高めたってわけね。そういう使い方があったなんて賢いのねぇ」
……全員やめろ。
『それだけ?』みたいな目で見るな。
「そっかぁ。じゃあお酒飲みながらなら聖魔法使えるのかしらねぇ…?」
はあっ!?ば、馬鹿なことを……!
「駄目です!ディアナさん、それは絶対にやめた方がいいと思います!」
ショーン、よく言った。
「そお?んー…わかった」
はー……乗り切った。
別に大した意味は無いが、どうも口にするのが憚られる。
ディアナも知らない方がいいに決まっている。
「じゃ、つまんない私のお詫びの時間はこのぐらいにして、最後にショーンの謎を解こうかしらね」
相変わらず身勝手か。
いや待て、最後……?
「僕のですか?」
「そうよ。リオネルにかけてくれた清浄魔法、何使ったの?」
最後……。
「え、ええっと…『頑固な汚れも一撃必殺の超清浄魔法』です」
「これまたけったいな名前付けたもんねぇ…」
それはお前が言うな。
「そんじゃあディアナちゃんの特別授業ね!ほらあんたたち、紙とペン取りなさい。ゼイン、何ぼーっとしてんのよ」
「…してない」
「あっそ」
ディアナが呪文の成り立ちを説明している。
術式を書き起こし、それに名前を付けるまでの流れを。
この間私が説明した時には全く聞く耳を持たなかったくせに、3人はなぜこの魔女に懐いているのか……。
「ほら、ここに時間魔法が使われてるのわかる?つまりこの清浄魔法は、普段の水と風が主になってるものとは違って、時間を戻して綺麗にするってわけね」
「姉さん、時間魔法って使っちゃいけないんじゃなかったすか?」
「あーね。そこはゼインに聞いてちょうだい。あんたたちの能力は私よりゼインの方がちゃんと理解してるから」
「ディアナちゃん、この魔法、魔力消費量エグくない?」
「え、そうなんですか?どうりで眠くなると思いました」
「そりゃそうでしょ!これだけ複雑な術式だよ?ショーン毎日すっごい修行したことになったんじゃ……」
……それは知っていた。
この15日でショーンの基礎魔力量は格段に上がっている。
本人がディアナのために石像を綺麗にするんだと一生懸命だったから止めなかった。
「さてと。じゃああんたたち、お世話になったわね」
……やはりそう来たか。
「え?ディアナさんどこか出かけるんですか?」
「そうよ。あんたたちのおかげで弟子が見つかった。そしてきっとまた見つけられると思えた。この子の止まってしまった時間も動かす方法を探さなきゃならないし、旅に出るわ」
部屋の空気が固まる。
皆が口を半開きにしてディアナを見つめる。
まだ少し青白い顔に、銀色の髪を靡かせてディアナがこちらへ近づいて来る。
……私は今どんな顔をしているのだろう。
「というわけでゼイン……」
わかっている。
弟子が見つかった時からわかっていた。
400年探し続けたのだ。
私に止める権利は……
「ちょっとだけ勤務時間減らしてもらえない?」
「………………は?」
「は?じゃないでしょ!借金て月にどのくらい働いたら払えるの?給与天引…とかいうのなんでしょ?足りない分は木を売って払うから、個人的に週に40時間ぐらいだとありがたいわねぇ」
人差し指を顎にあてて、何かしらを計算している素振りのディアナを見る。
いや、計算した結果が週に40時間……?
「お前…旅に出るんじゃないのか?」
「出るわよ?」
「いや、本気で意味が………」
「何でよ。今までみたいに会社に寝泊まり出来なくなるじゃない」
「お前…頭…だいじょ……」
そう口にしかけた時だった。
「はいはいはいはい!あーよかった!もう、ディアナちゃん驚かさないでよ!」
「そっすよ!本気で焦ったす!!」
「ディアナさ〜ん!」
三人がディアナを囲んで涙ぐんでいる。
「な、何よ!私何か変なこと言った!?」
…こいつの体内時間は一日何時間なんだ……?
「ディアナちゃんがゼインを置いて居なくなるなんて有り得ないよね!ね!?」
「はー?てか本当ならゼインが私に着いて来るのが筋ってもんでしょうよ」
え……?
「いやいやいやいや姉さん、今は無理っす。ゼインさん超多忙っす。どうか姉さんが居てやって下さい!」
「そうですよ!ね!?ゼインさん!」
着いて行ってもいい…のか?
てっきり指輪を返せと言われるのだとばかり……。
そうか、そうなのか。
「あー……昼間は旅に出たらいい。夜はちゃんと帰って来い。お前はしばらく………夜勤だ」




