原始の魔法
「「錬金術師!?」」
「そうよ。リオネルはそう呼ばれてたわ」
ゼインの家のどこかの部屋、簡単なテーブルセットとショーン特製のコーヒーが用意された空間で、私たちは〝状況報告〟とやらをしていた。
もちろん、部屋の真ん中には動かないリオネル。
「錬金術師って、色々な物を作り出せる人ですよね?」
「へぇ、ショーンよく知ってるじゃない。あんたにプレゼントした本も、ニールにあげた眼鏡も、リオネルが作ったのよ」
「へぇ〜!」
賢くて、超のつく変人だったのよね……。
「リオネルはねぇ、ほんっとに小さい子どもの頃に私のところに来たの。とっくの昔に弟子を卒業して独立してもよかったのに、ず〜っっと側にいたのよね、この子は」
アーデンブルク最高の錬金術師と呼ばれながらも、偏屈で変人だったリオネル。
すっかり若返ってしまったけれど、ギョロギョロとした大きな三白眼には面影を感じる。
「ええと、その、二人は…何か特別だったんでしょ?お揃いのピアスつけちゃうような……」
ニールが伺うような視線を寄越す。
「特別?私にとって弟子はみんな等しく可愛い弟子よ。でもリオネルとは長い事一緒に暮らしたからね、特別っちゃ特別よ」
リオネルほど私からゲンコツを貰った弟子はいない。
「あのう……」
顔色の悪いショーンが口を開く。
「リオネルさん…で間違いないですよね?僕本当に何かしらの失敗をしちゃったと思うんです!あそこにいるの、リオネルさんですよね!?」
涙ぐんで私を見つめるショーン。
「大丈夫よ、ショーン。あそこにいるのはリオネルよ。リオネルがあんたぐらいの歳だった頃の姿に間違いない」
そう言えばウルウルした瞳をパチパチさせて超可愛い。
「姉さん、さっきのニールさんの続きなんすけど、お二人が付けてるピアスって同じ石から出来てるっすよね」
ギリアムが私の耳たぶを見ながら言う。
ニールはリオネルの方をジッと見ながらギリアムの言葉に頷いている。
「魔封石の件といい、なんか意味があってのことなんでしょ?」
……なるほど。確かに引きこもりが自ら採掘までした石で作ったピアスだ。
家の実験室を爆破粉砕したお詫びの品だった気もするが……。
「ピアスねぇ。初めて貰ったアクセサリーなのよねぇ。ブサイクには似合わないのどうのこうのって……」
それ以外に何かあっただろうか。
指先でこめかみをトントンしながら考える。
何か事件があったような……いや、そもそも何でリオネルはお爺さんになったんだったか…。
今度は顎に手を当て考える。
リオネルリオネル……若者リオネル……
「あ、思い出した!!」
そう言って顔を上げれば、なぜか場の空気が微妙な事になっている。
「え、なに?私変なこと言った?」
ゼインが真顔で私を見る。
「いや、続きを聞かせろ」
ようやく口を開いたかと思えばこれである。
世話になったとは言え、ヤツはこの15日間でますます偉そうになったらしい。
「とりあえず思い出したんだけど、900年ぐらい前にリオネルが未来に行く装置を作ったって言ってきた事があって」
「未来に…?それってタイムマシーンですか!?えー!!今の科学でも実現不可って言われてるのに!!」
ショーンの瞳が輝く。
「そうなの?とにかくリオネルはその装置にコッソリ入って、1時間後に何食わぬ顔で出てきたんだけどね、よく見たら老人になってたわけ!笑えるわよねー?お爺さんになる装置作るなんて!!」
「「笑えない」」
ニールとショーンからなぜか鋭い突っ込みが入る。
「えー?みんな爆笑だったわよ?それからリオネルはずーっとお爺さん。その後だったかしらねぇ、何でかピアスをくれたのよ。珍しい石が取れたって」
楽しい昔話をしたつもりが、4人は押し黙ってしまった。
悲しい要素がどこかにあったというのか。
やや混乱気味の私を無視して、ゼインが口を開く。
「ニール、ディアナのピアスに何か見えるか?」
「あー…やっぱりそう来る?そうだねぇ、すごく強い力を感じる割に不思議と何も見えないんだよ。ほんのりとゼインの指輪と同じような膜…というかオーラ的なものがある気がするけど」
ゼインの指輪…チラッとヤツの左手にはまる指輪を見る。
呪を込めて、相手のことを想いながら作る指輪…。
「これで一つ解決だな。リオネルは未来に行った。結果、その石が必要になるとわかってお前に贈った。お前に独立を許されるぐらいの魔法使いの贈り物だ。深く考えずともその意味はわかる」
「え?」
「呪を込める……つまりはお前を守るために作られたピアスという事だ。……そして目玉の幽霊」
ゼインの言葉にニールが続ける。
「なるほど。あれって、ディアナちゃんを守るために吹き出した魔力だったってことか。あの時強盗が武器を取り出したもんね」
私を…まもる……?
右手でそっとピアスに触れる。
もう何百年とともに過ごしてきた親指の先ほどの大きさの石……。
ガタンと立ち上がりリオネルの元へと駆け寄る。
リオネル…もしかしてずっと私の側にいた…?
あの100年間の封印……まさかあんたが?
ギリアムがポソリと呟いた。
「……愛ってヤツすかね」
愛……?
「原始魔法………」
私の呟きを今度はショーンが拾う。
「原始魔法って何ですか?」
くるっと皆の方を振り返り、少し微笑む。
「もしそうなら、私はリオネルを………」
皆の視線が私に寄る。
「………ぶん殴らなきゃならないわねぇ………?」
「は?」「へ?」「え?」「はい?」
フワッと浮き上がり、リオネル像のこめかみに拳をあてる。
「弟子に守られて……私が喜ぶとでも思ってんのっ!?こんの馬鹿弟子がぁっっっ!!!」
グリグリグリグリこめかみに拳をめり込ます。
「ディ、ディアナさんっ!!」
「ね、姉さんっ!」
ギリアムとショーンが飛んで来て私の体をリオネルから引き離す。
「ええいっ離しなさい!!リオネル聞いてんの!?私はいっつも言ってたわよね!私は充分長く生きたんだって!私のために何かしようなんて考えるなって!自分の幸せだけを考えなさいって何百年も言い続けたわよね!!」
ゼーハーと息が荒くなる。
「……呪われたんだと思ったじゃない。私じゃ…解いてあげられないんだと……」
肩が震える。
こんなに悔しいことってあるだろうか。
「目覚めたら魔法陣一日一万枚私が飽きるまでの期間の刑だからねっ!!」
『師匠にこれをやろう』
『えーなになに、宝石?へー真っ黒い石!似合う?』
『んー……ブサイクは何着けても無意味じゃな』
『…はーん?宝石下げて喧嘩売りに来たわけよ?』
『師匠に喧嘩売るほど馬鹿に見えるか?』
『…どういう意味よ!!』
遠い過去の記憶が蘇る。
愛……魔法が生まれるよりも遥か昔から、目に見えない力で対象者を守り慈しんで来た原始の魔法。
その効果は、果てしなく深い自己犠牲の上に現れる。
親の心子知らず…とはよく言ったもんだわね。
リオネル、私はあんたに自己犠牲魔法を使わせるために育てたんじゃない。
愛されて、守られるべき存在はあんたの方なのよ。
…でも子の心を、その愛をわかっていないのは、親もまた同じなのかもしれない。




