新時代の魔法使い
60階フロアは、昨日も思ったが小汚い。
正直に言おう。汚い。全面ガラス張りのオシャレ空間にふさわしくないほど汚い。
物が溢れ、床の上には書類に見えなくも無い半透明な何かがぶちまけられ、そして何より……死体が2つ転がっている。
「ホラ起きて、ギリアム、ショーン!!挨拶!!」
どうやらニールは3人トリオの中ではお兄ちゃんのようだ。
魔法使いで言うならば私の5世代は下であろう。
…いや、10世代下より下……かもしれない。
ニールに蹴られた2人がぼーっと起き上がると、私の顔を見てズザザザと後ずさる。
はい、失礼。こいつら失礼。
「ほらほらいい加減にして。間違ったのはこっちでしょ?ちゃんと謝って、自己紹介!」
寝癖はあるが、サラサラ黄髪のショーンがためらいがちにオズオズと前に進み出る。
「あー…の、ディアナさん改めまして、ショーンです。ええと、昨日に引き続き、今朝もすみませんでした。……よろしくお願いします」
ペコリと下がる黄色い髪の毛。
ショーンか。うむ、顔色は悪いが、その顔色を補って余りあるほど若い!
「はよっす。ギリアムっす。眠い……」
ツンツン赤髪の彼は、眠たさを隠そうともしない。
うーむ、ワイルド。
見た目は三人の中で一番年上っぽいが、大魔女の目は誤魔化せない。彼はニールより若い。
「ディアナちゃん、失礼なヤツらでごめんね。仲良くしてやって?」
ニールがニヘラと笑う。
「仲良くするかどうかは置いといて、何でそんなに疲労困憊なわけ?あんたら魔力どうしたのよ」
昨日から思っているが、彼らの疲労は魔力切れとは別の問題だ。そもそも感じ取れる魔力が無いのだから。
私の問いにニールが返す。
「やっぱりそこ気になるよねぇ?」
当たり前だ。
「だよね。……とりあえず全員あそこに集合!」
ニールの指差す方には、作戦会議でもするのだろうか、大きな楕円形のテーブルがある。
ニールの声にギリアムとショーンも動き出した。
促されるままに着席して早々、ショーンが口を開く。
「ディアナさん、コーヒーでいいですか?あの、コーヒーぐらいしか出せないんですけど……」
「ん?え?コーヒー?」
「その、僕1番下っ端なんで……」
ボソボソと言いながら縮こまるショーン。
……なんといたわしいことか。
40年も下っ端とか嫌がらせも甚だしい。
「いいわよ。会社組織は何とかかんとかで私が下っ端なんでしょ?私がやる。みんなは?」
声をかけるとニールとギリアムが目を輝かせる。
「ほ、ほんとに!?これだよ、これ!僕らが求めてたのはまさにこれ!あ、僕カフェラテ甘めで!」
ニールが机から身を乗り出して手を挙げる。
「ディアナさんサイコーっす。俺、エネルゲンチャージMAX睡魔撃退味で!」
ギリアムが親指を立てながら言う。
「エネ…味。………ギリアムの単語意味不明なんだけど」
「あー…栄養ドリンクです。眠気が覚める…」
ショーンが隣で助け舟を出してくれる。
「ははあ、なるほど。ギリアム、こっち見て」
「んあ?」
ギリアムの赤茶色の瞳と目が合うと、私は彼に覚醒魔法をかける。
「…!?うおっ!眠気飛んだ!!」
「エネルゲン何とかは調べとくから、今日は別のにして」
「んじゃニールさんと同じで」
「あ、僕も……」
何だなんだ、全員甘党かい。
テーブルの上で手の平を広げると一瞬でホカホカ湯気を立てるカフェラテが4つ出て来る。
普段は甘いものなど摂取しないが、とりあえず皆と同じにしておいた。このぐらいは朝飯前である。
だけど彼らにはそうじゃなかったようで、全員キラキラした瞳でカップを見つめていた。
…あんたら魔法使いでしょうが。
喉元まで出かかったが、とりあえず言葉を飲み込んでおいた。
「…やっぱりすごいね。本物の魔法使いって」
ニールがポツリと言う。
「すげーっすね。カフェラテとか出すの超面倒なのに」
ギリアムが呟く。
「…僕まだコーヒー無糖しか出せない……」
ショーンは泣きそうである。
「…なんか悪いことした?何で呪いの儀式みたいになってんの?」
もしや私はそこにあるとか言う空気を読み損ねたのだろうか。
「ああ、違うんだ。ありがとう、ディアナちゃん。じゃあさっきの続きね。2人とも端末外して」
ニールの指示にギリアムとショーンがキョトンとする。
「…見てもらった方が早いだろ?」
「ああ、そっすね」
ギリアムが左腕の文字盤の無い時計を外す。
「久しぶりで緊張する……」
言いながらショーンが右腕の時計を外す。
そして最後にニールが左腕の、やはり文字盤の無い時計を外してテーブルの上に置いた。
3人が時計を外した瞬間に漂ってきたのは3通りの魔力。
今まではほとんど感じられなかった3人の魔力が空気中に広がる。
「ディアナちゃん、僕らの魔力……どう思う?」
どう……どう思う……か。
「私の知ってる魔法使いとは違う」
「そうだよね。僕らもそう思う。人間との混血だからね」
「…ふうん」
まぁ……そういう意味では無い。
人間がどうのこうのとか関係ない。あるのは違和感だけ。
大魔女の私でも記憶を引っ張り出すのが難しいほど、三人三様のとても珍しい魔力を持っている。
「僕らには少ないながらも魔力がある。だけど魔法を発動することはできないんだ。……この状態では」
「え?」
ギリアムがテーブルの上の時計を持ち上げて、言葉を発する。
「見とくっす。これは社長が作った特殊なウェアラブル端末。俺らは普段この中に魔力を溜めとくんす」
「うぇあ……ふんふん、つまり、時計つけてる間は魔力を吸われ続けてるって事?」
ニールが呟く。
「まぁ…充電してるというか………」
じゅうでん……
「チャージし続けてるんすよ。で、端末の中にはありとあらゆる呪文と魔法陣が入ってて、こうしてこうして…選んで…と」
正直ギリアムの言葉の一つ一つが意味不明だった。
だけど一つだけ確かな事は、絶滅危惧種である魔法使いはとてつもなく進化していた。
「ほいっと」
手元で小さな時計をポンポンと叩いたギリアムが出したのは、真っ赤な一輪の薔薇。
「お近づきの印っす」
………!!
彼らは……新時代の魔法使いだ。