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再会

 どこまで潜っただろう。

 ほとんど更地となった幽霊屋敷。だけど地下室だけはそのままだった。

 その地下室を足がかりに、土を水に変化させ何度も何度も潜っては戻り、潜っては戻りを繰り返す。

 何も無いはずはない。

 何かがあるから目玉の幽霊が現れたのだ。

 

 古代の遺物や遺跡、人間によって奉られた物体は時に魔力を帯びる。

 もしくは呪物。強い怨念を込められた物体は名前の通り呪いの力を持つ。

 地下室で起きた目玉の幽霊の件は、呪いに近い感じはする。

 …ただ、一瞬で魂の欠片を悪霊に変えるほどの魔力を、私が感じ取れないなどという事があるはずがない。

 一瞬…あの時一瞬だけ強く起こった魔力の渦。

 まるで何かしらの魔法の発動条件のように、一瞬でナイフに残った欠片を悪霊に変え、再び消えてしまった魔力……。


 ……私にも知らない魔法があるのだろうか。

 いや、当たり前だ。これこそが驕りだ。

 私にも知らない魔法、分からない魔法がある。

 500年前にこの身を持って経験したではないか……。


 再び地下室へと戻り、頭の中を整理する。

 やっぱり闇雲に探しても駄目だ。地下の世界は広くて深い。

「面倒だけど、正攻法が一番か………」

 足にかけた変身魔法を解き、魚の尾びれから普通の足に戻す。

「偉い人間が言ってたもんだわねぇ…。急がば回れってね」

 含蓄のある言葉は人間が残したものの方が多い。

「魔法使いの名言……永遠の時は……何だっけ、今日か明日終わるんだっけ。いやいや、あのオッサンの言葉が名言て、笑かすわ」

 年を取ると昔の話が増えるのは間違いない。

 私の場合、問題はどこからどこまでが昔なのか…だが。



 地下室を出て屋敷跡地の真ん中に立つ。

 手の平に魔力を集め、敷地に碁盤目状の線を引く。

 これもどこぞの国で人間が地面に埋まった爆弾を探す時にやっていた事だ。

 人間は賢い。いつの時代だって、その時々で賢かった。

 なのに優劣の付け方はいつも戦。手を変え品を変え、戦に勝つためにこそ最大の知恵を絞る。

 ……それに加担して来た〝昔〟もある。


 魔力でキラキラと光る区切られた地面。

 一番手前の南側左端から、土魔法で地面を隆起させる。

 柱状に立ち上がる土の塊を風魔法で霧散させながら、異物が無いかを確認する。

「……地味ね」

 非常に私向きでは無い。

 でも仕方がない。大規模爆発で地面を抉って、〝何か〟まで破壊しては意味が無いのだ。

 夜だけど十分に明るい街の一角。建物に囲まれたこの場所は、通りからは切り取られた工事中の空間としてしか認識されていない。

 その空間の中で私は何本も柱を立ち上げては、中を確認して元に戻した。

 何も無かった箇所には地面に魔法で×を書き、ひたすら同じ作業を続けた。



 何時間経っただろう。

 魔力としてはまだまだ余裕があるが、妙な焦りから徒労感を感じる。

 …何も無かったら?

 …調査をやり直す?

 …何のために?

 …誰のために?

 …何かを見つけたいのは私だけ。

 何かがあって欲しいのは……


 ある区画の土を立ち上げた時だった。

 それは想像もしない形で現れた。

 魔法を繰り出す手が震えて止まらなかった。

 手だけじゃない。体中が震える。震えるのに、駆け寄らずにはいられない。

 地中から現れたその物体、いや、懐かしい姿に向かってつま先がどんどん近づいて行く。


「…な…に、してん…のよ…?あんた…ここで、なにしてんのよっっ!!」

 

 地中から現れた、土まみれで何の魔力も感じない、ただの石像となった彼に震える声で叫ぶ。

 だけどあの頃と変わらずにそこにある耳飾りは間違いない。

 常に私の側にいた、私の弟子、私の愛弟子……


「──リオネルッッ……!!」

 

 幽霊屋敷の跡地。

 碁盤目状に光る地面。

 その北側中央部、冷たい石の塊となった愛弟子を、私は500年振りに震える手で抱きしめた。

 

 





「ショーン、風呂を沸かせ!ニールは食べ物だ!ギリアム、石像を運べ!」



 物凄い形相で帰って来たゼインの声で、瞬時にただ事じゃない事態になったんだな、と思った。

 ゼインとは、300年前に戦場で出会って以来、もう数え切れないほどの修羅場を一緒に潜り抜けて来た。

 だけどコイツはどんな時でも嫌味なぐらい冷静で、生粋の魔法使いにはやっぱり人の心は無いんだな、とか思ってた。

 その少し不健康そうな顔色を変えたのだって、全く懐いてくれなかったギリアムが初めてゼインの事を『ゼインさん』って呼んだ時と、ショーンを初めて腕に抱いた時ぐらいでさ、焦って目を血走らせたり、真っ青になったりするヤツじゃなかったんだよ。


 そのゼインの腕に収まっているのは、毛布でくるまれた何か。

 土まみれだけど、毛布から溢れる銀色の髪から、それがディアナちゃんであることは間違いなかった。

 だけどいつも感じるような堂々とした魔力が無い。

 ……本当に、ただ事じゃない。



 屋敷を取り壊したあと、フッと消えてしまった彼女。

 馬鹿でも気づく。一人で〝何か〟をやろうとしていた事は。

 だけど僕らは彼女の意志に従った。きっと、足手まといになると思ったから。


 ゼインからピシピシ頬を叩かれても、いつものように雷を落とすでもなく、ただグタッと垂れ下がる真っ白な腕を見ながら、あの屋敷の地下室で起きた事をぼんやりと思い出す。

 あの時ディアナちゃんが僕を守りながら最善を尽くしたことは、後々になって彼女の行動を振り返る内に理解した。

 最初の一撃…あの赤黒い閃光がほとばしった時、彼女は自分には防御魔法をかけなかった。

 だからこれは推測じゃ無い。

 彼女は危機的状況になったら、絶対に自分を大事にしない。


 ゼインはそれを僕より分かってる。

 ディアナちゃんが屋敷で何か危ない事をするつもりなのもきっと分かってたんだろう。

 だから皆を自宅に集めてた。

 最初は待つつもりだったんだと思う。

 だけどギリアムの耳に届く地面の揺れる音が消え、僕の目から遠くの空が光る様子が消えた頃、ゼインの姿も消えていた。

 二人でまた口喧嘩でもしながら帰って来るもんだと思ってたのにな……。


 ギリアムがリビングに運んで来た石像、精巧に象られた、まるで生きているような人の像。

 その耳に光る黒いダイヤを見た時に、ああ、彼女は再会したんだな、と妙に冷静になったんだ。


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