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時間魔法

「ほれ、虫」

「…いらん。私は竜じゃない」

「ちがーう!虫の動きを遅くしろって言ってんの!」

「………言われてないが」


 つべこべ煩いゼインと、屋敷の隅っこでゴソゴソしている。いい大人が虫を囲んでゴソゴソしている。

「だから、ショーンが言ってたのよ。幽霊屋敷の取り壊しはだいたい5日ぐらいかかるって。5日も待てるわけないでしょ!?もうだいぶ待ったわよ!!」

「なるほど、わかった。空間魔法と時間魔法を組み合わせて、外からは作業スピードが遅く見えるように細工する…というわけか」

「そうそう!大正解!」

 さすが私の弟子ね。私のかしこさがよく伝わって…

「幻視では駄目なのか?」

 …なかったか。

「駄目。幻視は一定の映像を見せ続けるだけだから。不自然でしょ?」

 そう言えばゼインが明らかに馬鹿にした様子でこう言う。

「なぜお前は魔法の時だけ賢くなるのだ」

「……………。」


 私が出した虫…小さく切り取った空間の中を這い回る虫に視線を落とす。

「…あんた知ってる?昔ね、この足がたくさんある虫を大量に詰め込んだ壺にね…」

「ああ、虫責めか。お前が口走ったから調べた。人間は本当に他人を苦しめるためにはよく知恵を絞る。それに乗っかる魔法使いも愚かだがな」

「魔法使いはね、時の権力者の側仕えだった事もあれば、権力の象徴として崇められてた事もある。人間と魔法使いは格段に近い場所で生きてたんだから」

 そう呟けば、ゼインが溜息をつく。

「今だってそうだろう?一方的に存在しない事にされているが」 

 ……そうか。そうだった。

「…あんたって、たまーにこう、核心を突いて来るわよね。古の魔法使いと論戦してみて欲しいわねぇ。あいつら頭でっかちで嫌なヤツばっかだから」

「それは面白そうだな。まず最初に虫責め魔法の中の虫とは、節足動物全般を指すのか聞いてみたい。六脚類、多足類を含むのであれば甲殻類はうんたらかんたら……」

 頭でっかちはお前もだったか。


 ゼインの講釈を聞き流すこと数十秒、ハッと意識を取り戻す。

「時間魔法!やるわよ!」

 ゼインもハッとし、そして呟く。

「時間魔法………」

「わーかってるわよ。あんたが読んだ書物には残されてなかったんでしょ?」

「そうだ。時を操る事にはリスクが伴うと、三大禁忌として記されていた」

「そうね、使ったら呪いを受けて体が溶けるとかなんとか書いた記憶があるわ」

「…書いた」

「適当に。要はね、強力な魔法を使う時の反作用に耐え切れるかどうかが問題なの」

 ゼインが頷く。


「…あんたに会った初日に言ったでしょ?時を戻すには大地に魔力が足りないって。強力な時間魔法は、自分が持ってる魔力だけでは到底発動出来ない。それこそ国全体の時を500年戻すなんて、私が20人いても無理。…だけど」

「…自分の魔力だけで操れる時間もある、という事だな」

「あったりー。賢い子どもは気づいちゃうのよね。時間魔法が姿を変えてあらゆる呪文に出て来ることに」

 トリオが歩き回る屋敷の隅っこの埃除けの大きな傘の下、カーペットの上に座り込む私たち。

 そこからトリオの作業を見つつ、ゼインへの修行を施す。


 しっかしあの3人が被ってる固い防具は何なんだろう。あん…ぜん…第一…?何かのまじない……などと頭に浮かべた時だった。

 ゼインがブツブツと呟き出す。

「…鮮度維持魔法…これは生活魔法の分類。見た目を変える変身魔法……ああ…医療魔法……」

 コイツは本当に頭だけはいい。

 果たしてアーデンブルクが残っていたら、誰に弟子入りしただろうか。

 私のところまで来ただろうか。

 ……いや、きっと早々に独立したに違いない。


「…よくできました。時間魔法の反作用を考えるのに一番適切な例えは医療魔法よ。時間魔法がふんだんに使われている」

「根本的な治療という意味では聖魔法の分野だな?」

「その通り。だけどあんたも知っての通り、聖魔法に適性を示す子は少ない。…ついでに言うと、聖魔法の使い手は戦場では使いものにならない。一番需要があるんだけど、属性の相性が悪過ぎるのよ、その場所と」

「…なるほどな」

 だから普通の魔法使いは、怪我をした人間の時間を早める事によって怪我を治して来た。

 自然治癒可能な範囲にはなるが。

 反作用は進めた時間だけきちんと歳を取るし、他に病を持っていた場合、それも当然ながら進行する。

 ……時間を遡る魔法は、それ以上にリスクがある。



 ゼインが頭の中で魔術式の分解を始める。

「…書く?」

 そう声をかければコクリと頷き返す。

 巻き紙と羽根ペンを渡せば、すごい勢いで術式を書き落として行く。

 うーむ…やっぱり他の弟子と切磋琢磨する姿を見たかったわねぇ……。

 同じ年頃の魔法使いと競い合う環境があれば、ゼインはもっと豊かな感性を磨けただろう。

 それを奪ったのは他でも無い私なんだから、けっこう頑張って〝ゼインのびのび魔法使い化教育〟を施してやってるのに、この弟子にはちーっとも伝わっていない。

 ギャフン化計画……いや、のびのび……やっぱりギャフンと言わせるには大魔女モードで痛めつける方が効果的か……?


「時間魔法を示す術式はわかった。このアデとレディがそれぞれ進むと戻るを表すから……」

 例のごとく、頭の中が次の修行方法でいっぱいになろうかという前にゼインが口を開いた。

「はっや!!あんたの脳みそどうなってんの!?」

 思わずゼインの頭を両手で掴めば、弟子の眉間に皺が寄る。

「触るな!髪が乱れるだろうが!……前にも言ったが、私は独学だったのだ。書物の暗記が基本だった」

 ゼインが私の手を振り払いながら言う。

「……さようか。んじゃ最初の虫に戻ってやってごらんなさい」

 大魔女の知能を見せつける作戦が失敗した上に、胸にガツンとカウンターを食らってしまった。

 


 切り取られた空間の中、ゼインが唱えた術式によってカサカサとした動きの虫が徐々にノロノロとその動きを弱めていく。

「おめでとう、優等生。あとは空間魔法との複合化ね。偉大な師匠があんたに術式構築の真髄を見せたげるわ。何となくお詫びよ」

「は?」

 立ち上がり、指先に魔力を集めて上方に腕を伸ばす。

「屋敷の面積だいたい魔法の絨毯80枚分……今日一日の作業を5日間に引き伸ばす。…阻害対象に私たちを指定するわよ?そして切り取った空間に投影する。昼と夜を分けるからそうね……」

 空中に猛スピードで術式を書きながら、目をまん丸に見開くゼインの方を見る。

「……あと何か必要そう?」

 ゼインがしばらく目をパチパチさせたあと、言葉を出した。

「……名前を付けるのでは?」

「あ、そうね!使い捨ての魔法だけど名前付けちゃいましょ!うーんうーん……決めた!!『いないいないお化け屋敷』にするわ!ピッタリ!」


 ゼインが一歩後ずさる。

「……私は唱えないからな」

「何でよ。あんたにやりやすいように呪文作ったんじゃない」

「いや、作る過程を見せてもらって、非常に勉強になった。あとはお任せする」

「…やれ」

「断る」

「は──っっ!!?」


 幽霊屋敷の隅っこ、ギャイギャイ言い合う私とゼインの姿を、トリオが無言で生温い目で見ていた事は与り知らぬことである。

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