魔法陣
「ギリアムはなかなか勘が鋭いわねぇ。これは呪文の構成式にも繋がる考え方なの。魔法陣を描く時は、描き終わりをどこにするか考えながらやると上達が早いわね」
会議テーブルに全員を集め、白紙と羽根ペンを空中から取り出す。
「ショーンもイメージできるでしょ?枝に火が付く様子。風に火を突っ込んでも炎にはならない。火に風を送る…が正解ね」
私は小さな円…風を表す属性陣を描き、その円と円の繋ぎ目から大きな円を描き始める。そして半円を描いたところで再び小さな火の陣を描き、繋ぎ目からもう半円を描く。
そして大きな外周円と最初の風の陣が繋がった瞬間にそっと魔力を流す。
青白い魔力の軌跡が陣を形どった時、ポンッと音を立てて小さな炎が産まれた。
「あー…なるほど。これってもしかして蝋燭の陣の元になってたりする?」
ニールがいい事に気づく。
「そうそう、魔法陣の基本は全部同じ。これを二連環、三連環…って増やしていって、大小様々な属性魔法やら具現化魔法の陣を繋げていくの」
「はぁ〜!奥が深いですねー」
ショーンが感心している。
「でしょでしょ?呪文は早くて便利だけど、効果は一時的で不確実。要は使い手の魔力に作用される。けれど魔法陣は、正しく描けさえすれば効果は永続する。魔力の強さよりも努力、根性!の世界なわけよ」
実際に戦いの場に出る魔法使いは、保護魔法陣を服に刺繍したり、属性魔法陣を矢の一本一本に彫ったりして、詠唱魔法より効果の高い使い方をしていた。
魔法は経験と想像。
だからゼイン級に魔力が強くて多くても、優れた魔法陣使いに絶対勝てるとは言いきれない。
「俺……何となくわかったかもしれないっす」
黙って私の解説を聞いていたギリアムが口を開いた。
「俺、何度となく呪文の詠唱を練習して来たっす。でも何故か指先あとちょっとの所で毎度毎度力の入れ具合が分からなくなって……」
なるほど、ギリアムに流れるニ種類の力が邪魔をするのだろう。
「でも魔法陣はそのグチャグチャの指先でも触れれば発動できるっす。俺……魔法陣の方が好きな気がします」
「そうね、あんたは反転魔法陣も上手に描けたし、指先器用だし合ってるかもね。何より好きだと思えるのはいい事よ。…私の弟子はことごとく魔法陣の修行を嫌がったのよねぇ…。何でかしら?」
「…………1000枚のせいじゃないの?」
ニールの呟きは小さすぎて聞こえなかった。
「さて…と、それじゃあ方向性は定まったわね。ここからはそれぞれに別の課題を出す」
トリオがゴクリ…と喉を鳴らす。
「ニールは屋敷に入って、記憶を持つ木を取ってくる。心配症なご友人がお供されるそうだから」
「ゼインが?わかった」
ニールの返事に頷き、次にショーンを見る。
「ショーンは屋敷周辺にミニカーを配置して、拡大魔法で本物そっくりな大きさにして頂戴。あんたが適任だわ」
「わかりました!」
いい返事をするショーンの頭をクシャクシャして撫でる。
あーんもう可愛い!ほっぺたスリスリ……
「ディ、ディアナさんっっ!」
「…失礼。ええとギリアム、私と一緒に魔法陣を作りましょう。……ぶっちゃけ私も面倒なのよ」
「了解っす!」
それぞれが空き時間を利用して下準備をすることになり、実際の屋敷の取り壊しは10日後、株式会社ガーディアンの完全休業日に決行することとなった。
まあはっきり言って、一番大変なのはおそらくギリアムである。
働く車の動きがサッパリサッパリな私では、どの車に何を反復させればいいのか皆目見当が付かない。
夜な夜な60階では試作魔法陣との戦いが続いていた。
「前に進んでアームを動かす…ここまではショベルカーもブルドーザーも同じすね。後は上からすくうか、下からすくうか……」
「上からすくうスプーンの動きじゃダメだったわねぇ」
「そっすね。イメージ的にはツルハシで崩した壁をスプーンですくうみたいな……」
「ツルハシ……ははあ」
むかーし、鉱山掘りが好きだった弟子がいた。いや、掘るのは好きじゃなくて、掘るための道具を作るのが好きだった子が。
まあ、ブラックダイヤのリオネルである。
あの子が使った魔法陣……恐ろしい速さで岩を掘り進める……
「あ、わかった。今1000年振りに降りて来たわ」
「それは長旅お疲れ様っす」
「ツルハシとスプーンね。ツルハシ何回につきスプーン何回?」
「え、ええと、すくうだけなら他の車もあるっすから、ツルハシ5回にスプーン1回…でどうすかね」
「オッケー!何とかなりそう」
とりあえず試作の陣を紙に描く。
「まあ、大体の魔法陣は先人の真似に要素を加えるのよね。この間は順番考えて描けって言ったけど、複雑な魔法陣でそれはなかなか難しいでしょ?」
「てか多分無理っす」
私が描いたのは雷、闇、風をメインに大小様々な属性を配置した三連環の魔法陣。
「やり方は人それぞれだけどね、私は一番肝になるものから描くようにしてる。補助的な魔法陣で、メインを補う…って感じ」
「……なるほど」
しげしげと私が魔法陣を描く様子を眺めるギリアム。
「ギリアム……、あのね、こないだはああ言ったけどね、魔法陣を本当の意味で使いこなそうと思ったら、やっぱり魔力が必要になるの」
「え……」
ギリアムが少し驚いたような顔をする。
「高度な魔法陣使いは、ペンなんて持ち歩かないわけよ。つまりね……」
「ああ……そっすよね。姉さんも空中に指で描いてますもんね。〝描く〟段階で魔力がいる……」
物分かりのいいギリアムに少し切ない気持ちになるが、あえて明るく話をする。
「そうそう。結局ね、みんなが魔法陣を嫌がる理由はそこなわけ。同じ魔力を消費するなら、呪文の方が早いのは間違いないし」
「……緊急事態なら尚更っすね」
私はこくりと頷くと、少しだけ声を落とす。
「……でもね、ここだけの話、最上級魔法って呼ばれるシロモノは、魔法陣の形でしか存在しないの」
「さい……上級?」
「そうよ。あんたは竜の力でやれちゃったけど、本来なら雨を降らせる魔法だってそうだし、死者を送る葬送魔法だってそう」
ギリアムが目を見開く。
「魔法陣はね、世界の理を盤上に現したものなの。ただ属性陣の配置を覚えただけの魔法使いには決して辿り着けない崇高な精神を……とか何とか言うたびに魔法陣が嫌われてくんだけど」
肩をすくめておどけてみせれば、ギリアムは真反対の真剣な表情をしていた。
「姉さん……俺、一日1000枚の課題やるっす!」
「え……本気で言ってんの?ポンポンタカタカがあるじゃない」
「本気っす。理を理解して使うのと、そうじゃないのでは意味が違うと思うんす」
お、おおー……!
「それになんか…こう、モヤモヤが晴れそうな気がするんすよ」
モヤモヤが晴れる……か。
私が魔法に初めて出会った日も、同じ事を感じた。
「おっけー!そんじゃ大魔女流にビシバシしごいてあげるわ!まずは今作った魔法陣を10秒で描けるように特訓よ!!」
「あ、そこまではまだ望んでないっす」
「はあっ!?」
「とりあえず教科書的なもの貸してもらえたら充分っす」
………ああそうかい。
あんたの師匠は間違いなくアイツだったわね!!




