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私の師

 ずっと知りたかった。

 アーデンブルクから魔力が失われた理由、そして数百年を経てもこの土地に魔力が戻らない理由。

 沢山の魔法使いが消えて行き、残った者が人間との戦いを諦めた理由。

 でも真の意味で知る覚悟はできていなかったのだと思わされる。

 ……胸を蠢くこの感情は、何と呼ばれるものなのだろう。



 200万本の糸……恐らくは当時この島に住んでいた魔法使いのほとんどが、たった一人の闇魔法によって操られたという。

 途轍も無い魔法だ。

 あらゆる魔法の知識を持つであろうディアナでさえ、取れる手段が一つしか無かったのだから。

 

 そう、長い年月をかけて育て上げたこの地を、自ら滅ぼさねばならなかった魔女。

 子どもの頃から心血を注いで育てた弟子を殺さねばならなかった魔女。

 そして己の全てとも言える魔力を……消し去らねばならなかった魔女。



「…この間、聞きかけたでしょ?何で私が聖魔法を使えないかって……」

 ディアナが俯く。

「……あの時唱えた聖魔法は一時的に私の魔力も消し去ったの」

 こくりと頷く。

「……でもね、あの子の操り糸は高度に練られた自作魔法でね、ただ消すだけじゃ駄目で……使い手を…使い手自身の闇を……」

 ディアナが顔を両手で覆う。

「……あの子に……あの子の体に、魔法陣を刻んだ。浄化の、最上級の聖魔法、血で…たくさんの血で……」

 ディアナの押し殺した嗚咽を聞きながら、伸ばしかけた手をグッと握り締める。

 左薬指の指輪が熱を持ち、まるでディアナの嘆きに呼応するかのように脈打つのを感じるのだ。

「……もういい。もう、話さなくていい。だから……泣くな」


 ……この魔女は、半端じゃなく優れた魔女だったのだ。

 そして悲しいほどに師匠として生きる事を貫いていた。

 私だって知識としては知っている。

 例え魔力が僅かしか無くとも、魔法陣なら発動できる。だがそれはあくまでも普通の魔法陣だ。

 ただでさえ莫大な魔力を必要とする聖魔法の陣を、魔力無しの状態で発動出来たとは考え難い。

 ディアナはおそらく、弟子の指輪を聖魔法発動の触媒に使った。

 〝あの子〟の指にはまっていたのであろう、ディアナの魔力で顕現した、弟子の指輪を。

 まさに師弟の絆を断ち、〝討った〟のだ。

 そして……それがディアナにとって最後の聖魔法となった。

 

 ……人を癒し、慈しむことを基本とする聖魔法。

 その聖魔法で命を奪ったものは、魔法自身に拒絶される。

 そう、永久に……。

 


 窓の外を睨むようにして、静かに涙を流すディアナを見る。

 ディアナが絶望の淵に立っていた日、私は生まれていたのだろうか。

 ……側に居てやれればよかったのに。

 生まれていたとしても何も出来なかっただろうが、せめて一緒に泣くぐらいは……

 いやいやいや無い。それは無い。

 今数秒間頭によぎった気色悪い思考回路は即時放棄だ。

 

「あー……要は、オスロニアの件には操り糸の魔法の可能性がある、と言っているわけだな」

 ディアナが驚いた顔をしてこちらを見る。

「なんだ、違うのか?」

「あ、ええと、そう、そうなのよ。可能性としては限りなく低いんだけど、もしそうならもっと本格的にあんたたちに修行をつけなきゃならない」

「……わかった。やはり私の計画は間違っていなかったな。こういう時のための魔力探知衛星だ。小型なら今ある発射場でも打ち上げられる。とりあえずはそれを使って……なんだ、汚い顔をこちらへ向けるな」

「は…はあっ!?怖いとか不細工ならまだしも、汚いって何よ!?」

「汚い。ドロドロで化けの皮どころじゃないものが剥がれかけている」

「ぐぬぬぬぬ……!」


 清浄魔法を重ねがけする馬鹿魔女を見る。

 ……弟子というのも歯痒いものだ。

 何が『どう思うかはあんたに任せる』だ。

 着いて来いとはきっとこの先も言ってはもらえないのだろう。

 だが甘いな、ディアナ。

 お前は私のことを何もわかっていない。


「そう言えばこのミニカー……お前…ショーンから奪って……」

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!!是非ディアナさんにって献上されたのよ!これで家を壊すんだから!」

「なるほど、それで操り糸の魔法。…ボソ…私は少しずつ壊せ、と言ったつもりだったのだがな……」

 アホに遠回しな表現は伝わらない典型例だ。

 

「あの3人の修行に使うつもりか?」

「う、うん。でも操り糸の魔法は嫌なの。教えたくないし、知って欲しくない。あの3人に闇属性の適性は無いと思うけど……」

「そうか……」

 その言い分だと私には適性があると言っているようなものだろうが。

「重力魔法陣と反転魔法陣で動かせないか?」

「そうねぇ、動かすことはできるでしょうね。でもこの腕みたいなものを上げ下げしたり、口を開かせたりは難しいでしょ?」

「ふむ……」

 

 お前は何も知らないだろうが、私は誰とも魔法談義をした事は無い。

 頭の中で、D・アーデン……銀色の魔女、そう、お前とずっと対話して来た。

 残された膨大な呪文集と魔法陣を、お前が書いた魔法書で読み解いたのだ。

 悩んだ時にはお前が弟子に語って聞かせた説話を読んで、時に弟子が書き残したお前の伝承を読んで、ずっとずっと語りかけて来た。

 ようやく現れた本物の師から、離れるはずがないだろう。


「……陣魔法の中に反復動作をさせるものがあったな。動作を描き込むのが面倒な……」

「ああ!あったわねぇ、反復魔法陣!使い勝手悪すぎて、もはや陣形もあやふやだわ」

「確かにあれならば自分でやった方が遥かに早いし、人間が作った工場ロボットの方が1000倍性能がいい」

「…でも使えるわね……。あの子らには魔法陣を描く訓練もさせたかったのよね。あんた甘やかし過ぎなのよ」

「そうは言うがな、ショーンより下の年代の人間は、もはや文字すら書く習慣が無いのだぞ」

「世も末ね………」

 ……進化の過程かもしれんがな。



 一通り方向性が決まったところで、ディアナが口を開く。

「仕事、何が残ってんの?私に出来ることならやっとくから帰ったら?あんたんち、今頃盛り上がってるから」

「…酒盛りか。というかお前、私の家に入ったな……?」

「お呼ばれしたんですー。ショーンの部屋しか入ってませーん」

 二重結界じゃこの魔女には無意味だったか。

「いや、酒はいい。それより……飯でも食いに行くか?」

 ディアナがキョトンとした顔をする。

 キョトンとした顔をして……

「ははぁん?あんた…相当仕事溜め込んでんでしょ。そうよねー、大魔女の私に手伝わそうってんだもん、土下座しながら最高級のレストランに連れてくのが当然ってもんよ!」

「………………。」


 傍若無人、唯我独尊、非常識、そして馬鹿。

 でもまぁ、どうでもいいがな。

 ……どうせ矯正するには、永遠でも足りない。

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