操り糸の魔法
あれから3人は久しぶりに全員で酒盛りをすると言い出した。
お酒NGな私は空気を読まずにガーディアン・ビルへと帰って来た。
3人は引き止めてくれたが、ゼインの家を破壊でもしたら借金どころの話ではなくなる。
「…とりあえずミニカーを拡大するでしょ、それで遠隔操作って事にして動かせばいいのよね。うーん……操作……」
物体を操る魔法は基本中の基本とも言える。
実際私は毎朝の出勤ゲートをIDに潜らせている。
産まれた赤子に魔力があるか無いかが判明するのも、大抵は〝物が動いた〟時だ。
思い当たる魔法はたくさんある。
……でも教えたく無い魔法もある。
「うーん……操作……操作………」
60階の会議用テーブルに働く車のミニカーを並べてウンウン唸っていると、エスカレーターが動く音がする。
「…起きてたのか?もうすぐ夜なのに?」
相変わらず失礼な弟子が、ややくたびれた顔で現れた。
「なーによ、最近は朝も夜もなく働いてるでしょうが。あんたこそどうしたのよ。家に帰らないの?」
「仕事が溜まってるからお前を叩き起こそうと思ってな」
「……あんた一人でやった方が早いでしょうが」
「まあな」
……可愛くない。トリオを見習え。
「それよりそのミニカーはどうした。遊ぶ暇があるなら見て欲しい物があるのだが」
おやおやゼインが私に仕事の相談とは珍しい。
…てか遊んどらんわ!
ツカツカと失礼が服着て歩きながら会議テーブルへと近づいて来る。
「これなんだが、どう思う?」
そしてまだ見るとも答えていないのに、私にタブレットの画面を差し出す。
「…新種の…ウイルス感染?オスロニアで家畜に蔓延……。何これ、新聞記事かなんか?」
「違う。今日は定例の国際会議だったのだが、議題の一つが妙に気になってな。家畜が凶暴化してるらしい。新種の狂犬病のようなウイルスなのではないかという話だったが、原因の特定には至っていないという事だ」
「はーん。ウイルスって何」
「……………目に見えないほど小さな病気の素だ」
ほほう?
まあ人間は目が悪いから見えないものもたくさんあるだろう。
それにしても病気に素があったとは、勉強になる。
「それって動物だけが病気になる素ってこと?」
「今の所はな。だがウイルスならばそう遅くないうちに人へも感染する」
なるほど。ゼインの言いたい事はわかった。
「……あの3人を調査に行かせるにはちょっとややこしいってことね」
「ああ。魔法使いにどの程度ウイルスが感染するのかは未知数だ。何せ私は未だかつて病気になった事が無いから、統計の取りようが無い」
「それは右に同じく」
「……私は馬鹿じゃないからな」
「それも右に同じく」
「…………………。」
まあゼインが私に相談を持ちかけて来た時点で、人間が病気になるのを心配をしている訳では無い。
「……あんたの見立ては?」
聞けばゼインがタブレットに視線を落とす。
「……魔障の可能性を疑っている」
「ふむ、その心は?」
ゼインが眉間に皺を寄せ、息を吐く。
「……人間は非常に進化しているのだ。株の特定までは難しくても、〝ウイルスかどうか〟ぐらいはすぐに見破る」
「……かぶ……とりあえずなるほど」
私ももう一度タブレットの文章に目を落とす。
魔障が原因で魔獣化しているならば、人間の目に家畜としてしか映っていない事が気にかかる。
だけど人間では原因を突き止められない……か。
集団が凶暴化………嫌な記憶が蘇る。
「……ゼイン、あんたに一つ聞いてもいい?」
私の言葉に何かしら思うことがあるのか、ゼインがテーブルの対面へと座る。
「…あんたの魔法コレクションに…操り糸の魔法……は入ってる?」
私の問いかけに、ゼインが頭の中で何かしらの本をめくる。
「…確か中級闇魔法だな。あまり実用性が無さそうだったから人形を数体動かして以来使っていない。あいつらの端末にも入ってない」
「そうなのね………」
ここで話しておくべきか……。
でも話した結果、私は時々便利でそこそこ頭のいい弟子を失うかもしれない。
しかし本当にあの魔法が関係するなら………
「…話があるならちゃんと聞く。変な顔をするな」
「変な……否定できないわねぇ」
「そういう意味ではない。いつも通りとぼけた顔をしろ、という事だ」
……むしろ意味不明なんだけど。
「…おっけ。あんた元の姿に戻りなさい。私が感情的になったら雷でも落としてちょうだい」
ゼインの顔に疑問が浮かぶが、結局何も言わずに時計を外した。
「…ふう〜………」
大きく一つ息を吐く。
ゼインの金色の瞳を真正面から見る。
「昔話をするわ。昔話だけど、おそらくあんたが一番知りたかった話」
若者顔のゼインが目を見開く。
「聞いてどう思うかはあんたに任せる。…黙ったまま師匠を続けるのも卑怯だったと思うし」
「ディア……」
「ゼイン、500年前、私は弟子を殺したの」
「!!」
「…討った、なんて言葉で慰め合うのは、師匠同士が自分達を正当化するだけの言葉よ。間違いなく、私はこの手で、自分が子どもの頃から育て上げた弟子を……殺したの」
あの日、アーデンブルクは異常だった。
いつもの賑やかさも、豊かに満ち溢れる色とりどりの魔力も影を潜め、ただ一つ、ただ一つの歪な魔力が国を支配していた。
素晴らしい魔法の使い手だった。
育てた弟子の中でも飛び抜けて優秀な子だった。
だから私はあの子に自由を与えた。
思うままに魔法を発展させればいいと思った。
だけど片手で自由を与えながら、いつか後継として次の時代を築いて欲しいと、もう片方の手の中に閉じ込めた。
「……第5の属性の中でも、闇魔法は扱いが難しい。適性がある子は心を侵されやすいの。私は充分にそれを分かってた。だけど…あの子が優秀で、素晴らしい想像力の持ち主だったから、今までの魔法書を塗り替えるような、そんな魔法を産み出すと……」
テーブルの上に転がるミニカーを見る。
「……操り糸の魔法は、中級に分類される、そんなに難しくない魔法」
言いながら私は右人差し指で操り糸を出す。
ショーンが教えてくれたショベルカーが、私の指の動きに合わせて回り出す。
「…出せる糸は適性次第」
今度は5本の指から糸を出す。
テーブルの上を走り回るミニカーを、ゼインはじっと見ていた。
「両手両足ぐらいは訓練すれば糸が出せる。でもね、あの子の操り糸の魔法は……こうよ」
糸に魔力を流す。
ブワッッという重苦しい音を立て、指先の糸が分裂する。
その数おそらく数万本。
うねうねと行き場を無くして彷徨う糸が、固く握られたゼインの拳に伸びた瞬間だった。
「……闇を払い…魔を滅せ……」
呟く声とともに開かれる手の平。
……そして溢れる聖魔法。
「…正解。私は…その呪文で糸を消したの。…200万本の糸を。そして、アーデンブルクからは………」
「…魔力が消えた………」
静かに手の平を見つめるゼインの顔を、ただただ見ていた。




