適性
「…ごめん、ゼイン。端末壊しちゃった」
「それはどうでもいい。体はどうなんだ」
「あー……目がよく見える」
「そうか。…それなら…よくは無い…のか?」
「いや…何かしっくり来てるんだよね、不思議と」
自宅へ転送されたあと、丸三日眠っていたニールがようやく目を覚ました。
本当に限界まで魔力を使い切ったのだろう。
…ったくあの魔女はどこまで無茶をさせるのだ。
「あの二人、ただの物盗りってわけじゃなかったね」
ニールがベッドのヘッドボードに体を預けたまま話し出す。
「そうだな。端的にいうと強盗だ。…連続強盗殺人犯だな」
「…ディアナちゃん、知ってたのかな」
「知るわけないだろう、あの空っぽ頭が。まぁ、なぜか幽霊屋敷にはお前を連れて行きたかったようだが」
「…はは。何かたくさん怒られた気がするよ」
何なのだろう、あの魔女は。
至極単純な物事が、何故こうも複雑化するのだ。
簡単な話だったはずだ。
…ただ新居を探すだけ、そうだろう?
あの日ディアナから見せられた水の記憶。
狭い部屋を執拗に荒らし回る二人の男。
あれは偶然部屋に押し入った者の行動ではなかった。そこに必ず〝何か〟がある事を知っていた者の行動だ。
そう〝何か〟……。
答えは簡単に見つかった。金貨だ。
よもやトランクに詰め込まれているとは魔法使いでさえ予測が付かない中、何故あの二人が的確にディアナのトランクを狙ったのか。
そこを繋ぐのに少しばかり時間がかかった。
……ニールをこんな状態にせねばならないほど、実はディアナも追い込まれていた事を知ったのは一昨日の事だ。
「不動産屋も捕まったって?」
「ああ。二年前にディアナに部屋を斡旋した男だ。本当にあの女は無防備にも程がある」
「……そうだね。でも凄い魔女だ。何一つ知らずにあの屋敷に行ったんだったら、全てをその場で判断して、そして僕を訓練したってことでしょ?」
「あの魔女の頭の中はそれしか無いみたいだがな。全てが教育現場に見えているらしい」
「……なるほど。ゼイン愛されてるね」
…………は?
ニールがおもむろにベッドから起き上がる。
「なーんかお腹すいたかも。ちょっと付き合ってよ」
「あ…ああ」
ニールが私を食事に誘うなど初めてのことだ。
この数百年、私がほとんど食べない理由を尋ねて来たことも無いし、ほとんど眠らないことをとやかく言ってきたことも無い。
こいつはお喋りなくせに、他人の事情に踏み込んでは来ないのだ。
ほとんど物が無いギリアムの部屋と違い、ニールの部屋はそれなりに生活道具が揃っている。
どこで情報を仕入れるのか、最新の家具、家電が。
「座って座って!えーと、確かこの辺に……」
バーのような造りのカウンターテーブルに座り、ゴソゴソと何かを探すニールをジッと見る。
…魔力の波長が変わった。落ち着いたと言うべきか、穏やかになったと言うべきか……。
「あ、あったあった。多分これだと思うんだよね。昔何かで見たはず」
私の対面に立つニールの手には、1本のリキュールが握られていた。
「見ててー」
そう言うと小さく呪文を唱え、私の目の前にコーヒーを出した。端末は無い。
「ニール………」
「…飲んでみて?僕がディアナちゃんに習ったこと、ゼインに話しておきたいから」
そう言ってニールは柔らかく微笑んだ。
「…目が合うかどうか………」
「うん。僕も今までの経験上、幽霊とそうじゃないものが発する色…は違うと思ってたんだけど、両方とも似たような場所にいるからさ。目を合わそうとか思ったこと無かったし」
「…確かに」
「今回の件、ディアナちゃんも予想外のことだらけだったんじゃないかな。……超怖かったよ」
「そ、そうか。怖い……」
フワッと鼻に抜ける甘い香りのコーヒーに口をつけてみる。
同じように酒が入ったコーヒーは飲んだ事があるが、魔女のコーヒー……。
「……怖かったんだけど、でもすっごい綺麗だった。薄明かりにキラキラ光ってさぁ。何であの威厳のある姿を隠してるんだろ」
「ブッ!!」
ニールがぼんやりとした様子でコーヒーをスプーンで掻き回している。
「結局さ、僕が怖かったのは人間だった……って分かった」
コーヒーに口付けながら、コソッとニールの表情を盗み見る。
「僕さ、自分の目が良く見える分、他人も自分の事を見てるんじゃないかって思ってて……。間違った事をしたら責められるんじゃないか、それこそ間違ってるって思ってるのは自分だけなんじゃないかってグルグルグルグル……」
「……間違っていたかどうかは、やってみてから考えればいいと常々言っているだろう?私たちは孤独と引き換えに、時間だけは膨大にある。……反省も後悔も、嫌というほど出来るんだ」
そう言えば、ニールが微笑みながら頷いた。
そして最後はいつも通り掴みどころの無い男に戻るわけだが……。
「あ、ゼインも次に贈り物する時はピアスにした方がいいんじゃない?」
「………は?」
「元彼に負けて欲しくないんだよねー」
「は?は?」
は?
ニールの部屋を出て、会社へと戻る。
今回は私としては得るものが大きかった。
会社の方では、副社長不在の穴を実務的にショーンが、対外的にギリアムが埋めたという事実は本気で喜ばしい。ギリアムもやればちゃんと話せる。
もう一つは……聖魔法。
魔法の方が使い手を選ぶ特殊魔法。
当然試した事はある。
…だが明らかに相性が良くなかった。
それに魔力の消費量が莫大だ。3人に使わせるには適さないと判断したのだが……。
「お前はニールに聖魔法の適性があると分かっていたのか?」
もはや寝床に留まらず、枕を持って所構わず空中でフヨフヨ寝ている魔女に話しかける。
「んぁ?…聖魔法……?あぁ、そんなわけないでしょ…使えもしない魔法……むにゃ…」
ディアナの真下に重力魔法陣を展開する。
「むにゃーーわっっ!!」
ドスンという音とともに、魔女が無様に尻餅をつく。
……威厳?ニールには辞書を引かせねばなるまい。
「何すんのよ!このタコっっ!!」
「そこなのだが、お前が酒が嫌いな事は何となく理解できる。心拍数の上昇に伴う魔力量の一時的増加は、何だったかな、永遠の……何とかを保つのに不利だからな。だが聖魔法が苦手、使えないとはどう言う事だ」
「…あんた……よくもまぁそこまで自己中道を突き進めるわねぇ……。見たらわかるでしょ!私はお尻が痛いのよ!さっさと魔法陣消しなさい!!」
「聖魔法は使い手を選ぶ。…私だって褒められた生き方をしてきたわけではないが、発動はできる。ディアナ……」
そう呼びかけると、真上から頭突きが落ちて来た。




