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二人組

 この屋敷に〝悪いもの〟がいないことは、中に入って数歩で分かっていた。

 だが激ニブな人間が取り壊せないほど恐怖を感じる〝何か〟がこの屋敷にはあるのだ。


「ニール、実は人間も魔法に近い力を使うことがあるんだけど、何だか分かる?」

 2階客間をそっと出て、静かに元来た廊下を歩きながら右隣のニールに話しかける。

「人間が……?」

「そうよ。あんたが人間として生きていた頃にその目で見て来たもの。大魔女の私でさえどうにも出来ないほどの大きな力……」

 そう言うと、ニールの瞳に昏い色が宿る。

「………群衆心理」

 ニールの言葉に私は頷く。

「いいこと?呪文が生まれる遥か昔から、言葉には絶大な力があった。この屋敷を幽霊屋敷に変えたのは人間よ」

 ニールがしっかりと頷く。

「群衆心理…『噂』の力を利用した人間がいるって事だね」



 私とニールは吹き抜けになっている階段手すりから1階の玄関ホールを見下ろしていた。

 ギリアムほどは良くない私とニールの耳にも、明らかにこの場所に近づいて来る車の音が届いたためだ。

 口にはしなかったが、それと同時に、ここにはいない何か〝良くないもの〟の気配がどんどんと迫って来ていた。


「…ヒソ…今後生きて行きやすいように教えとくわね。幽霊っていうものは〝そこにいる〟の。こういう言い方は嫌かもしれないけど、だいたいは…体の一部とともに」

「…骨とか、髪とか…?」

「まぁ、よくあるパターンね。珍しいものだと爪の先とか。魂のカケラが引っかかるって聞いてるわ。いいこと?彼らは何か悪さをしようってんじゃないのよ?…ただね、魔力に晒され続けるとたまーにおかしくなるっていうか……」

「……なるほど」

 ニールが玄関ホールをジッと見ながら口を開く。

「ホールを行き交う〝何か〟は、幽霊じゃないんだね」

「そうよ。あれも記憶。この屋敷に使われている〝木〟の記憶ね」



ガチャガチャッ


 突然、玄関のドアノブが回される音がする。

「…誰か来る!」

 ニールが警戒を強める。

「最後に教えておくわ。〝記憶〟と〝そうじゃないもの〟の違いはね…コソ…相手と目が合うかどうか、よ」

「!」


ドンッ!ガンッ!


 玄関を激しく叩く…多分蹴ってる音がする。

 ガタガタドガンッッ!!という音とともに扉が開け放たれ、そこからニュッと2人の男が顔を出した。

「──うおりゃっ!!ったくよー!誰だよ、鍵掛け替えたの!どんだけ固ぇんだよ!」

「全くだ。しっかし化け物屋敷に借り手がつくかもなんてな」

 二人は玄関こそ乱暴に開けたが、それ以降はまるでよく知った場所であるかのように一直線にどこかへ歩いて行く。


「ふーむ、私たちの仲間かしらねぇ…?」

「はっ?仲間?ええと、ディアナちゃん…そういや鍵どうしたの?」

「さっき魔法で開けた」

「は!?不動産屋で借りたんじゃ無いの!?」

「え、鍵って借りられるの?何て言って借りるの?幽霊見に行くから貸してって?」

「………ゼインが側にいてもそのレベル?」

「ほんっと使えない弟子なのよねー、アイツ」


 隣から大きな溜息が聞こえる。

「この際自分たちのことは棚に上げておく。ディアナちゃん、あの男たち、君の部屋に侵入した二人だ」

「えっっ「し──っ!」

「ご、ごめん。…ヒソヒソ…何でわかるの?」

 屋敷の中はかなり暗い。外の方が街の灯りで眩しいくらいだ。

「……僕の目は、顔の皺一本だって見逃さない」

「───!!!」

 私の耳元で囁くニールの声に、さすがの大魔女の私も背筋がゾーッとする。

 よし、ニールに会う時は丹念に顔を作り込もう。それか仮面をかぶろう。そう固く心に誓う。

「ディアナちゃん、僕…好きにやってみてもいい?」

 ニールの瞳に魔力が集まる。

「お、いいわね!いざゴーストバスターズッッ!!」

「……だっさ」

 ……結局あの師匠にしてこの弟子ありか。




 足音がしないように、浮遊魔法を駆使して二人の後を追う。

 彼らは迷いなく台所の床板を外し、隠し階段を降りて行った。

「…幽霊どころじゃない怪しさだね」

 ニールが現れた階段を見ながら言う。

「ほんとね。あんた隠蔽魔法使える?」 

「当然でしょ。…行く?」

「当然でしょ!ニール、おでこ!」

 ん?と顔を上げたニールの額に触れる。

「行くわよ!」


 地下室で何やらゴソゴソしている二人を、天井近くから覗き込む。

「…どうするよ、これ。今夜運び出すには多すぎるぞ」

「だな。換金も手間だし、半分は諦めるか……」

 どうやらこの二人は屋敷の地下にお宝を取りに来たらしい。

 少年の夢第3位ぐらいで有名なトレジャーハンターだろうか。


『…なるほど、ここは盗品の隠し場所ってわけか……』

 私の隣でニールは全く違うことを考えていた。

 なるほど!こいつらは泥棒なのか。

 泥棒はたくさん見たことあるが、だからどうした、としか思ったことはない。

 盗んで得られるものの中で、師匠の魔法より価値があるものなどこの世に無い。


 しげしげと泥棒を見ていると、ニールが地下室の階段に魔法で小石を落とす。


コツン…カラカラカラ……

 

 突如鳴り響く物音に、泥棒二人がバッと振り返る。

「……何だ、今の音」

「わからん。誰か入って来たのかもしれん」

 頓珍漢な泥棒二人に思わず笑いが込み上げるが、ここは我慢である。

「トーマス、見て来い」

「あ?チッ、俺かよ」

 トーマスと呼ばれた筋肉モリモリが地下室から消える。

 残された目つきの悪いヒョロ長が、大きな袋に宝を詰め込む様子をしばらく眺めたあと、ニールが男に睡眠魔法をかけた。

「…はぁ?なんで…急に………ぐー………」

 お見事!!である。


「ディアナちゃん、コイツらは人間の管轄だ。警察に……」

 ニールがそう口を開いた時だった。

 階段を見ていた彼の瞳が大きく見開かれ、その瞳の中に〝何か〟が映る。

 ニールの瞳を見た私は咄嗟に体に魔力を纏う。

「ピート、上には何もいない。念のため武器を……」

 階段下に姿を現したモリモリが口を開いたと思ったら、突然大きな叫び声を上げる。


「…ぐ…ぐぁっ…!ぐっ…ぐあ───っっっ!!」


 その咆哮の一瞬後、地下室に赤黒い閃光が走った。

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