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見えないもの

 幽霊屋敷の2階には客間があった。

 雰囲気に合わせて10本の蝋燭を出し、部屋中に漂わせる。

 訪ねて来る人も少なかったのだろう。ここは目に映るものが少なかった。


「ちょっと疲れたわねぇ。ほんと年取ると嫌んなるわ…。まぁそこの若いの、座んなさいな」

 張り合うわけではないが、ゼインが出したソファよりやや見劣りするソファをで〜んと出し、ついでにお酒入りのコーヒーを出す。

「知ってる?〝魔女のコーヒー〟なんだって。初めて飲んだ時びっくりしたわよ。人間って面白いこと考えるわよねー」

 私が差し出すコーヒーカップを受け取って、躊躇いがちにソファに腰掛けるニール。

「これもカフェラテの魔法と一緒?」

「うーん……どう思う?実は1回しか飲んだことないの。正直お酒好きじゃないのよねぇ。魔力だだ漏れになってロクなことにならなくて。でも魔法で出してはいる」

「うーん…よくわかんないな」

 そう言いながらコーヒーを口にするニール。

「…やっぱりカフェラテの魔法とは違うみたい」

「あ、そう?んじゃ迷子味ね」


 目の前ではボンヤリとした初老の男の影が右へ左へウロウロしている。

「ニール、あの男は何をウロウロしてんの?」

「え?あ…見えてるの?」

「うん。魔力を目に集めてんの」

 霞がかった男は、右へ行ったり左へ行ったり、ベッドの側で屈んだりと、どうやら何かを探し回っているらしい。

「…何か探してるみたいだね。服装からして100年前ぐらいの人間みたいだ」

「ふーん?服装でわかるんだ。え、じゃあ私を最初見た時何年前の人間だと思った!?」

「……そもそも人間だと思わなかったんだけど」

「…ぐっ!」


 くだらない話をしていると、男が自分の頭をポンッと叩いた。

 叩いて…頭に乗ってる眼鏡を触って……膝から崩れ落ちた。

「………は?」

 ニールが声を出す。

「今の……見た…?」

 ニールの声が震える。

 バッチリ見てしまった。これはヤバい。

「ぶ…くくっ…ぶあーはっはっはっは!!何あの人間!!あったまわるーー!!リアルメガネメガネよ!!」

 ニールが口元を抑える。

「めがねめがね……ふっ!あはははは!めがねめがね!!」

「メガネメガネーー!だっはっはっはっは!ひゃ、ひゃくねんで、い、いちばん記憶に残ったのね!あっはっはっは!」

「え、え?だれの?めがねめがね…プッ!」

「そ、そりゃ、木、でしょ、木!」

「………木?」

「そーよ!あんたが見てるのは記憶よ。…水とか火とか…木の、ね」





「子どもの頃から僕の世界はこうだった。常に何かが見えてたから、本当に生きているものとそうじゃないものの違いもよくわからなかったんだよね」

 

 ソファの背もたれに首を預け、ニールが天井を見上げながらポツリポツリと語り出す。

「…僕ね、オランディアの生まれなんだ。魔女ならきっと誰でも知ってるよね。……地獄のオランディア」

 もちろん知っている。私が1年磔にされたところだ。

「僕はね、ディアナちゃんと全く違う行動をした。この目に映るもの全部……無視したんだ。無視して、誰にも気づかれないようにして……故郷から逃げた」

 そう語るニールの声は、とても淡々としていた。


 ニールが小さな声で呪文を唱える。

 すると指先に小さな炎が宿る。

「…僕さ、ゼインと300年ぐらい一緒にいるわけ。アイツが魔法使うとこ見てたらさ、何となくできるようになっちゃって……」

 師匠から盗む、の典型だ。

「でもね、魔法を使えるようになるたびに辛くなるんだよね。あの時…あの時魔法が使えてたら、僕は誰かを助けたのかな、それともやっぱり無視したのかなって。……僕は自分を信じられないんだ。だからゼインが望む通り、ゼインが教えてくれる通りにする事にしてる。……アイツ、真っ直ぐでしょ?」

 真っ直ぐ……か。


「あんたって変わってんのね」

「え?」

 指先の炎を消して、ニールが体を起こす。

「確かにゼインは真っ直ぐよ。でもそれはアイツがとことん魔法使いらしいからよ」

「魔法使いらしい…?」

「そうよ。仮にゼインが魔女狩の現場にいたとして、アイツならこう言いそうなもんだけど。『フッ、人間同士がする事に興味は無い。私の邪魔にならないなら勝手にするがいい』とかなんとか」

 ニールがポカンとする。


「目に見えるものを無視できるあんたが、目に見えないゼインの何かを頼りにしてるなら、それはあんたがそう望んだのよ」

「僕が……?」

「そうよ!見てみなさいよ、この指輪!!あんた達のためにはしっかりと呪を込めて時計を作ってるくせに、私にはその辺の店で買えるただの指輪よ!?これがアイツの本性なんだって!私だって魔力制御の時計が欲しいのに!!」

 ニールがますます分からないという顔をする。


「言ったでしょ?ギリアムの時に。その時計…単に魔力を吸収してるんじゃないわ。ギリアムには聞きたくない声が聞こえないように、あんたには恐らく…悪いものが見えないように…そんな感じの呪が込められてんのよ。あんたがゼインにそう望んだんでしょ?」

 ニールがハッとする。

「確かにそう言ったかも。生活するのに不便だからって……」

「そうでしょうよ。つまりあんたが時計をしてる限り、その目に映るのは……〝悪くないもの〟ね」

 それこそが師弟の絆を結ぶ儀式。

 弟子は師匠に自分の弱さを補ってもらう代わりに、師匠の理想を体現する。

 そして師匠は弟子を守り育て、一人前になった魔法使いを広い世界へと送り出す。


 ソファから立ち上がってニールに言う。

「ゼインは過保護だからねぇ。弱さを補うってさ、見えないようにするばっかりじゃ無いでしょ?」

 ニールが俯く。

「………………。」

 彼の頭をポンポンと叩く。

 おそらくゼインが唯一頼りにしているニールの頭を撫でる。

「こりゃ本格的に馬鹿弟子をのびのび魔法使いに育てなきゃなんないわねぇ……」

「え?」

 ニールが顔を上げる。

「てことで!さあ、ニール、なぜこの屋敷が幽霊屋敷なのか、そろそろ答え合わせといこうじゃないの!」


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