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お金

 会社に戻ってからというもの、心が休まる暇がない。

 ベッドで寝ていようものなら妖精が起こしに来る。

 ……煩わしいことこの上無い。

 虫を出せと騒ぐ妖精をシャボン玉シャワーで誤魔化して黙らせれば、今度は竜がピーピー鳴く。

 …すっかり餌付けされおって。

 とりあえず真面目な私はオフィスを掃除して、妖精と遊び、竜に餌をやってから転送されて来た書類仕事に取り掛かる。


「ふむふむ?グローバル企業に対する制裁金が課された裁判例を過去30年分抽出して8カ国語に訳せ……」

 知るか。

 どこの呪文だ。

 

 そうこうする内に真裏の国の朝が来て、私はサラスワへと転移する。

 長いことショーンに任せきりだった学校建設が本格的に始まったからだ。

 教育システムの構築と教師の選定、教科書の翻訳に複製、提供する食事のメニュー決め、やる事は山ほどある。

 そしてなぜかガーディアンの社員として、サラスワの国中に配備された〝海水を真水に変える機械〟を見て回る。

 ゼインが最初に王様にお土産として渡したのは、これの家庭用だったらしい。

 どうでもいいが、はっきり言おう。

 忙しい!!信じられない労働量だ。

 一日が24時間だというのが本当ならば、おそらく26時間は働いている。

 だが、私はこの仕打ちを甘んじて受けているのだ。

 そう、全てはある目的のため………。

 


 

 話はしばらく前に遡る。

 可愛い後輩である私は、それより可愛いショーンと砂漠でお喋りしていたのだ。


『ディアナさん、とりあえず拠出された資金でサラスワ中で学校建設プロジェクトが始まりましたけど、すごい金額ですね。どのくらいの期間貯蓄してたんですか?』

『はー?知らないわよ。とりあえずあるだけ出しといてってゼインに伝えたんだけど』

『あるだけ……。ファンドの資金量…100億くらいあったんですけど……』

『ふーん?それって何が買えるの?』

『何って…ギリアムさんの部屋なら二つか…』

『二つ?大したことないじゃない。二つじゃ学校足りないわよ』

『……サラスワの学校なら1500個ぐらい作れますけど……』

『1500!?は!?何で?』

『……何ででしょうね。世界の七不思議的な感じですかね』


 

 そう、世界は広かったのだ。

 大魔女の私でも聞いた事が無い七不思議が存在したなんて。

 そもそも銀行口座というものを持ってから100年、ロンダルディーのカジノスロットでスリーセブンを出した時も、ダレマシティの宝くじで1等を出した時も、お金はどこに行くのか不思議だった。

 ニールと行った銀行で初めて口座の中身とかいうものを見たわけだが、数字がダラダラ書いてあるだけだったので、今の時代のお金というのは数字なのだと判断した。

 数字なんか持っていても仕方がない。

 全部使っていいとゼインに預け、それを最後にロンダルディーの口座は解約の運びとなった。

 ようはスッカラカンになったわけだ。

 

 ショーンの話を聞いた後ならば、ギリアムの部屋一つ分ぐらいは数字を残しておけばよかったとちょっぴり思ったのだが、新しいブラックID(茶髪の火炙りモード写真付き)と一緒に渡された公式25才の新しい口座にも今後数字で給料が入ると聞いて、その気持ちには蓋をした。

 そう、数字が500,000になったら……500,000になったら私は部屋を借りるのだ!!狭くてもいい!風呂付きのアパートを借りるのだ!

 500,000あれば部屋を借りることができると教わった事がある。

 なーのーに!がむしゃらに働いても、口座番号が書かれた紙の数字は『0』のままである。

 一生懸命に働けばすぐに500,000ぐらい溜まるとゼインが言っていたにも関わらず、である。



「ねぇニール、私ってまだまだ働きが足りないの?すぐってどのくらいの時間?」

 ある日、60階で何やら難しげな顔をして動く映像を見ていたニールに聞いてみた。

「…ん?ええと、どういうこと?」

 ニールが映像から顔を上げ、モップに床磨きの魔法をかける私を見る。

「私引越ししたいのよ。魔力バランスが悪くてねぇ、お風呂に入りたいわけ」

「ああ…風呂……」

 ニールが何だか気まずそうな顔をする。


「これ見てよ。公式25才の可愛い後輩の紙!いつまでも『0』なんだけど!!顧問だった時はたくさんお金もらってるって銀行の女の子言ってたじゃない?可愛い後輩はどうやったらお金もらえるの!?」

 私が目の前に突き出す紙をジッと見た後、ニールが溜息をついた。

「…どこから説明しようかな。ええと……あー……んー……」

 何よ、なんかすごく複雑な事情でも……

 両腕を組んでウンウン考えていたニールが口を開く。

「ディアナちゃん、その紙は魔法使いが発行したものじゃないでしょ?だからどれだけ待ってても数字が変わることは無いんだ」

「!!」

「昔は残高とか取引明細は郵送されて来たんだけど……ちょっとこっちに来て」

 そう言って手招きをするニールが、自分の机の隣に椅子を用意する。

 そこにストンと腰を落とすと、出ました、いつもの板の機械。


「ええと今の時代は、自分のお金は時計とか電話とかこの機械の中で管理するんだ。あんまり気乗りしないけど、ディアナちゃんの口座も僕の端末で登録するからちょっと待って」

「う、うん……」

 気乗りしないと言われても、任せる以外には無い。

「…ほら、こうしてネット上で……ああいや、とにかく、こうしてこの機械で自分の口座の中身を見るんだよ」

「おお〜……?お金入ってる?数字500,000になってる?」

「なってるね」

 なんだ、そうだったのか。じゃあ働きすぎたな。

 今日から適当にボチボチにしよう。


「部屋借りたいんだっけ?」

 板の機械を片付けながらニールが言う。

「そうなの。何かお金が500,000あれば1年ぐらいはアパートに住めるってデビットが言ってたから」

「デビット?」

「移民局のお節介」

 ニールの眉間に薄く筋が入る。

「…………ちょっと待って、振り出しに戻ってもいい?」

 どこの振り出し?とは思ったが、とりあえず頷く。

「ええと、ディアナちゃん。この間まで住んでたアパート、どうやって借りたの?」

「どうやって………」


 思えばなぜ私はアパートを借りる事になったのか。

 それはネオ・アーデンで暮らすためには働かなければならないと言われたからだ。

 最初から働く気などさらさら無かったが、口答え出来るはずもなかった。

 とりあえず働くには定住先が必要で、紹介された不動産屋で部屋を借りるために家賃を前払いしろと言われたのだ。

 お金が500,000あればいいと聞いたから、トランクに入っていた金貨を適当に積んだら、ニコニコ顔の不動産屋から例の狭苦しいアパートになら向こう100年ぐらい住んでもいいと言われた。


「……トランクに?金貨?家賃100年分?」

「うん。事故物件だから安かったみたい」

「あー……もしかして、トランクに…金貨入れっぱなし?」

「え?ああ、そうね。入れっぱなし」

 ニールが動く映像を見ながら呟いた。

「……なるほど、そういうことか」と。

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