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ディアナ・アーデン

「座れ。とりあえずこの状況についての説明からだ。どうせ一つずつしか記憶できないだろう」

「ぐっ………!!」

 

 

 どこまでも偉そうなゼインが、分厚い書類束を魔法で取り寄せ、か弱い私の膝の上に載せる。


「調査した結果、お前は12年前にサラスワのセルウィン王族籍に登録されていた。…平たく言えば、当時のサンドール王の第八夫人になった」

 紙を捲りながらゼインの話に耳を傾ける。

「ふんふん、なるほど……えっ!私15才で結婚したの!?サンドール王様70才!?……大した年の差じゃないわね」

「…………………。」


 口の中が苦そうな顔のゼインを無視して話を進める。

「何となくわかった。私はセルウィンじゃなくなったってことでしょ?だからパスポートは無効になったし、この世界に身分を証明するものも無い。つまり噂のバツイチ……」

 ゼインが首を横に振る。

「違う。最初から無かったことにした」

「無かったことに?」

「そうだ。サラスワには離婚の制度は無い。ついでに言うならば夫が死んでも未亡人にもなれない。あのままではお前は死ぬまでず───っとサンドール王の第八夫人だった」

「はぁっっ!?死ぬまで…つまりほぼ永久!?永久に見ず知らずの人間の夫持ち!?」

 

 ゼインが溜息をつく。

「だから聞いただろう?セルウィンという名に思い入れがあるか、と。お前が特に無さそうな様子だったから、12年前に遡って婚姻自体を無効にしたのだ」

「な、なるほど…………」

 よくわかった。私には優秀な弟子が必要だ。

 性格の悪さには目をつぶろう。

「それより前の足跡は追えなかった。不法入国だから仕方がないが」

 うむ、それは仕方がない。

 

「しかし問題はそれだけじゃ無かったのだ。お前は…というか、ディアナ・セルウィンという人間は、10年前に難民として国際機関に保護されていたのだ」

「なんみん……ほご?」

「ああ。難民は分かるか?分からなくても解説はしないから調べろ」

 じゃあ聞くな。

「10年前に起きたクーデターでサラスワの情勢が悪化した際、現地の民間人を保護する為に救援機が飛んでいる。お前はその飛行機に乗ってリトバリアの救援施設に行ったはずが行方不明となり……なぜか約1年前にはネオ・アーデンにいた」

「なぜかって……里帰りでしょうが」

 余計な事を言ったらしく、今度はゼインの額に青筋が立つ。

「お前は難民保護施設から脱走して国際手配されてる逃亡犯だと言ってるんだ!」

「は?何で私が人間相手に逃げる必要があんのよ」

 と言ってみたところで聞いちゃいない。


「…ああ…島の人間を放任にするのでは…まさか入管がこれほど杜撰…よもや犯罪者を入国させるなど……ブツブツブツ……」

 頭を抱えてブツブツ言い終わったあと、ゼインが顔を上げてこう言った。

「だからとりあえず25年前に産まれたことにしてある」

「え?」

「もはや新たに誕生させる以外に取れる手段が無かった」

 何が?

「ディアナ・アーデン。25年前にネオ・アーデン中央区インナー・シティで誕生。ストレーガ大学外国語学部中退後、サラスワ連邦国で国際ボランティア活動に従事。帰国後、株式会社ガーディアンに入社。今に至る……だ」

 今に至る………だ?


「あー……ゼインちゃん?質問いい?」

「誰がちゃんだ。気色悪い。何だ」

「私25歳なの…?」

「そうだ。ニールと練りに練った経歴だ」

 25歳………!!

「最高よ!あんた最高ね!!」

「は?」

「25歳!公式プロフィールが25歳!これは来たわね!次は永遠の可愛い後輩って事じゃない!」

 両手を広げて空宙を舞い、天井から花吹雪を振り撒く。


「……認識に誤解があるようだから言っておくが、お前の見た目はどう贔屓目に見積もっても可愛くない」

「!!」

「見た目の割に頭が弱くて落ち着きが無いという判断をした結果だ。だから経歴上三十路を迎えるまで…そうだな、5、6年は大人しく暮らせ」

「……………許さん」

「は?」

「誰が可愛くないって言った!!この口か!!この口が言ったのか!?ああっ!?」

「や、やめろ!口に土を……!!」

 


 一先ず自分の置かれた状況は分かった。

 私はディアナ・アーデン。

 ネオ・アーデンの、ディアナ・アーデン。

 ちょっとややこしいけど、それでもやっぱり本名はいい。


「ありがとね、ゼイン」

 生意気な弟子に、とりあえずの礼を言う。

「別に大したことはしていない。この国では大抵のことは何とでもなる」

「へ?」

「この国の基幹システムは私が作ったからな。簡単なことだ」

「……………あっそ」

 よく分からんが何となく怖いから、言われた通りしばらくは大人しくしよう。



 ゼインがソファを消し立ち上がる。

「さて…と。部屋に侵入したものについてだが、警察は後回しだ。都市監視システムを確認する」

「任せるわ。まぁ、私も見る方法はあるんだけど」

 そう言えばゼインの耳がピクッと動く。

「人間相手に魔力を追跡する方法があるのか?」

「魔力追跡…とはちょっと違うけど」

「ぜひ知りたい!」

 今までひたすら淡々と喋っていた男の瞳がキラキラ光る。

 途端に子どもだ。


「そうねぇ、あんたが何でサラスワのシャロマ…だったか、島をそんなに欲しがったのか教えてくれたらね」

 腕を組んでフフンッと体をそらす。

「何だ、そんな事か」

 え、秘密にしてたんじゃないの?

 そんな事?

「シャラマ島は緯度0度の上に、周りは全て海。砂地以外何もない島だ。雨もほとんど降らず気候条件も素晴らしい」

「……ん〜……?」

「これほどロケット発射場に相応しい島は無い」

 ロケット………

「発射場〜!?」

「そうだ。新型の偵察衛星を打ち上げる」

「な、なんのために……」

 

 そう問えばゼインが真顔になる。

「ディアナ、一つだけ言っておく。お前は諦めたと言ったが、私は諦めるつもりは毛頭無い」

「……まさか」

「新型衛星には魔力感知システムを搭載する。私は探す。この星の隅々まで」

 ──!!

「なんで、なんでそこまで……」

「言っただろう?死に場所を探している、と。精霊、魔獣、怪物に竜。そして魔法使いを一人見つけるたびに、ここは死に場所では無いと明確になる。……私の生きる場所だという確信が持てる」

「ゼイン………」


 私は弟子の心の傷を量り間違っているのかもしれない。

 胸に重たい塊がグッとのしかかった気がした次の瞬間、マイペースな弟子がこう言った。

「まぁお前を見ていると、あと500年はじっくり探せるな。1000歳で認知症もその程度なら展望は明るい」

「………………。」


 何となくわかった。

 こいつに気を遣う必要はない。

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