やり残したこと
ゼインがサラスワに乗り込んで来た。
今度はビシッとした社長の姿で、100人近い人間を引き連れてやってきた。
「…サラスワ連邦国の国王陛下に置かれてましては、このたびの弊社従業員に対する迅速な救助活動に御尽力頂き、誠に感謝申し上げます」
「…何をおっしゃるか。国際社会の一員として当然の事をしたまでのこと。代表自ら遠い我が国に足を運ばれるとは。お会いできて嬉しく思いますぞ」
…そして今度は王様も堂々と迎え出た。
二人でやや引き攣り気味の笑顔を交わし、その姿をたくさんのカメラに撮らせていた。
そしてそれを王宮の窓から覗き見る私。
……何もかもがどういうことだ。
「ディアナさん、教科書の件ですけど……聞いてますか?」
「きょうかしょお?それどころじゃないでしょ!!アレ何なの!?何でゼインと王様がニコニコ握手してんの!?」
窓の外を指差しながらそう詰め寄れば、ショーンがコテンと首を傾げる。
「え?それはゼインさんが欲しい物を手に入れるからでしょ?」
「ほしいものって……島?」
「そうですよ。そしてサラスワ連邦国は必要なものを手に入れる。ウィンウィンの関係ですね!」
ういんういん…
「わからん!!」
ショーンが私を軽く無視して話を続ける。
「ディアナさんもやり残したことがあったら早く仕上げた方がいいですよ」
「何でよ」
「…ゼインさんがあなたを連れて帰るからですよ」
「… なんでよ?」
「………欲しいものは絶対に手に入れる人だからですよ」
「え?」
「とにかく、ディアナさんの仕事も急いで仕上げましょう!という訳で教科書の件ですけど……」
とにかくよく分かんないけど、サラスワともお別れなのか。
結局どのくらいここにいたんだっけ。
小難しいことばっかり考えて、夫の顔も調べなかったっつーの。
はて、夫……?
何か大切なことを忘れている気がする……が、思い出せないことは大切ではない。
とにもかくにも、私がやりかけていた仕事は学校作りだ。
魔法を使わないからちゃんとした建物も出してやれないが、せめて人間の子どもとして基本的なことだけでも学ばせてやれないもんかと、隣のショーンに相談したのだ。
『そうですねぇ、ネオ・アーデンの子どもはそもそもホームスクーリングがメインですし、土地がないから規模の大きな学校っていうイメージが湧かないです。どんな感じなんですか?学校って』
これには流石の大魔女もジェネレーションギャップに打ちのめされる他無かった。
70歳の爺さんのショーンが学校がわからないなんて、実は私は夢の中を彷徨っているのでは…とさえ思った。
『違いますよ!僕が学校に通えるわけないから、ゼインさんがネオ・アーデンはホームスクーリング制をメインにしたんです!』
ジェネレーションギャップじゃなかった。
凄まじく親馬鹿なバカ弟子のせいだった。
てか、あの男はどこに権力を使っている!!
…とまぁこんな感じで遅々として進まない。
「……聞いてますか、ディアナさん。ですから、社長の人間観察用の本棚に昔の教科書があるみたいです。それを翻訳して使うのはどうですか?……って3回ぐらい聞いたんですけど」
ショーンが私の顔を覗き込む。
少しイラッとしているらしい顔も可愛い。
「聞いてる聞いてる。けったいな本棚を作るんじゃない!って脳内で弟子をしばいてたの。……でもそれいいかも。ゼインに献上するように伝えてちょうだい。あと紙にしてよ!紙!!」
教科書は紙に限る。何度も何度もめくってシワシワにするのがいい。
「紙……コスト計算やり直しますね。あとは資料動画で見た校舎っていう建物ですけど、これは土地の所有権も絡んでくるから簡単じゃないなぁ…」
あーはいはい。しょーゆけんね。
アーデンブルクとは何もかも勝手が違う。
……学校作りはお手のものだったはずなんだけど。
その日の夜いつものように玉ねぎの上でぼんやり夜のサラスワを眺めていると、晩餐会とかいうのを終えたゼインがやって来た。
……かーなりホクホク顔で。
「全部うまくいきましたって顔ねぇ……?」
「まあな。九割は私の実力だが、一割はお前のおかげだからこうして屋根の上まで礼を言いに来た」
「その一割さえ私には何が何だかさっぱりなんだけど」
「追々話す。どうせいっぺんに聞いても理解出来んだろう」
「……………陰険腹黒頭」
だが確かにゼインの言う通りだ。
一連の流れを紙芝居にでもしてもらわないと、おそらく何も理解できない。
「……学校を作るそうだな」
ショーンから聞いたのだろう。ゼインが切り出した。
「まあね。しょーゆけんで引っかかってるんだけど」
「所有権だ。アホ」
……相変わらずくっそ生意気。
「それについては考えがある」
「え、ほんと?何とかできるの?」
「ああ。だけど一つ解決しなければならないことがある」
解決か……。
「……そういうのはあんたに任せるわ。私は腹黒のあんたと違ってピュアだからね。悪知恵は働かないの」
「ピュア……?お前意味わかってるのか」
「たいがいにせえよ」
ったく何しに来たんだこの男。
おいこら、隣に座るな!
「ディアナ、セルウィンの姓に思い入れはあるのか?」
ゼインが突然思いもよらないことを聞く。
「……は?」
「セルウィンで居続ける理由があるか、と聞いている」
砂混じりの風が私とゼインの間を吹き抜ける。
「何よ、唐突に。思い入れって…」
「一応聞いておこうと思ってな」
こいつの言うことはいつも半分以上理解不能だ。
「思い入れ……は別に無いわね。まぁ便利ではあるわ。特にネオ・アーデンで生活するには」
ゼインが静かに月を見上げる。
「………ディアナ・アーデン。……それがお前の本名なのだろう?」
ゼインの言葉に心臓がビクッと鳴る。
「アーデンブルクの叡智を作り上げた始祖の魔女…。ここで学校を作るのは、この地を次のアーデンブルクに……ディアナ?」
……何でこいつは事も無さげに話ができるのよ。
そこまで分かったなら、何で私を問い詰めないのよ。
「泣くなら大人しく頼む。というかなぜ泣く。私はずっと会いたかったのだ。500年近くずっと……」
月を見上げていたゼインが、私の瞳を見つめる。
「D・アーデン……。お前の残した魔法書が、私の生きる支えだった」
「!!」
夜闇に輝く金色の瞳を見る。
「…だからその、なんだ。サラスワの学校へは、日帰り出張という形で、好きな時に…来たらいい…では無いか」
「出張……?」
「ああ。ちゃんと帰って来い、ネオ・アーデンに。お前の居場所は、今も昔もあの島だ」




