爆破
サラスワに来てからほとんど夜眠ることなく過ごしている。
時折遠くから聞こえる銃声や破裂音が妙に寂しくて、王宮の玉ねぎみたいな屋根の上で月を見て過ごしていた。
本気で魔法を使えば、きっとこの争い事も止められる。けれどそれでは駄目なんだという事も分かっている。
人間はいつの時代においても、戦うのが好きで、争うのが好きで、競い合うのが好きだった。
そして私は人間が競い合うのを見るのがけっこう好きだった。
昔の魔法使いの争いは、戦う前からほとんど結果が決まっていた。
魔力が強い者の魔法は強い。魔力が多い者は圧倒的強者。それが魔法使いの理だった。
だけど私は人間によって学んだ。
強い者が必ず勝つわけでは無い。知恵と工夫で全ては覆る。
だから世界に絶対は無い。
……それが私の魔法の基本になった。
世界の魔法の……礎になった。
だから魔法使いは弱くなったのかもしれない。
『絶対』を失った魔法使いは、今も何かしらの『絶対』を信じる人間との生存競争に負けるしかなかったのかもしれない。
『絶対』は無二の力となる。
どんなに悲しい力であっても。
「なーんてね。あーあ、暇だと小難しいこと考えちゃうわねぇ。頭が良すぎるとツラいわー」
こんなに頭のいい大魔女の私に、馬鹿だ阿保だと平気で口にできるのは最近できた弟子ぐらいである。
まぁそれも仕方がない。
古来の魔法使いの力の序列に従うならば、アイツは私より強い。……いや、強くなる。
多分ゼインも本能的にそれが分かっているのだろう。そうじゃなければ私にあの態度はあり得ない。ほんと、ありえない。
つまり、しつけるなら今がラストチャンス………。
どうやってゼインを痛めつけようか、そんな事を真剣に考えていた時だった。
西の空に大きな空気の膨れを感じる。
「……魔力!?」
ただ事では無い空気の震えに思わず全身に魔力を帯びる。
「結界陣……夜の帳!」
まさかの魔法戦に備え、城壁内を囲むように隠蔽と防衛の結界魔法陣を施し、魔力の出所へと飛び立つ。
なんなのなんなの!?
まさかのまさかで魔獣でも出たってわけ!?
どうすんのよ!
魔法でドンパチやっちゃってもいいわけ!?
あーもう!何でこんな時に馬鹿弟子がいないのよ!
遠くで赤い炎が見える。
「あそこね!」
暗闇の中飛行速度を上げて炎を目指す。
段々と視界に大きくなっていく赤い炎。
それを見下ろせる位置まで来ると、そこが海の上であることに気づく。
「海の上で何かが燃えて…?」
光魔法を灯そうとしたその時だった。
「何が起こった!!」
「何の音だ!!」
「燃えてるぞ!!」
わらわらと小舟が集まってくる。
…マズいわね。
光魔法を諦め、手の平を握り込み固唾を呑んで成り行きを見守ること数分、空中にいるはずの私の肩を誰かが叩く。
トントン
…鬱陶しいわね、今それどころじゃないのよ!
トントン
しつこいわね!けっこう緊急事態なの…よ…?
トントン、トントン
バッと後ろを振り向くと、そこにはよく知る可愛い顔。
「あ、ディアナさん、こんばんは!」
「……ショーン……?」
「はい!お久しぶりです!お元気でしたか?寂しくなかったですか?」
「さび……いやそれより、あんたここで何して……」
ショーンが首を傾げる。
「え?勉強教えに来たんですけど……?」
「…………は?」
その日、明け方まで王宮は大わらわだった。
右に左に人が行き交い、錯綜する情報を王様に届けていた。
「…で?あんた何したのよ」
「僕は何もしてません。飛行機に乗ってここに…あ、ニュース速報来ましたね。一緒に見ませんか?」
王宮内で私にあてがわれたクジャクの羽みたいな色彩の部屋の中、そう言って例の薄いタブレットとかいう機械を取り出すショーン。
……マイペースっぷりが父親に似て来た気がする。
『…緊急速報です。本日現地時間午前2時頃、サラスワ連邦国上空を飛行中の民間機が、何らかの飛翔体により爆破された模様。繰り返します。本日サラスワ連邦国上空を…』
民間機…爆破?
「……酷いことしますねぇ。全く」
「ショーン…?あんた……何か隠してない?おでこ貸しなさい!あんたの脳みそ見せなさい!!」
「え、嫌です」
「は!?」
「あ、続報!続報来ますよ!」
「ぞく…」
『…先ほどお伝えした民間機爆破についての続報です。飛行機はネオ・アーデンに本社を置く株式会社ガーディアン保有のものと判明。民間機は、株式会社ガーディアンの社用機ということです。…追加続報です!ガーディアン社の飛行機を爆破した飛翔体は、シェラザード国製の最新小型ミサイルとの情報が入りました!…解説のゴードンさん、これは一体どういう事でしょうか。……そうですねぇ、そもそもなぜサラスワにシェラザードのミサイルがあったのか………』
「ですって」
「…ですって?待って、解説のゴードンさんにもう少し簡単に説明してって言って!」
「……ええと、手紙書いたらどうですか?」
「手紙ね!それ得意だわ!」
隣で若干白目になっているショーンを無視してゴードンさんへの手紙を折りたたもうとした時だった。
「…姉さん、それ本気じゃないっすよねぇ……?」
ボッロボロのギリアムが半目で立っていた。
「ギリアム!?あんた…どうしたの!?その顔!その手!その体!!待ってなさい、今復元魔法を……!」
「や、やめるっす!これは皮膚への合成画像で…ちょっと姉さん!俺は大丈夫っす!怪我人代表なんすから!」
とにかくもう訳がわからなかった。
でも久しぶりに会ったニコニコ顔のショーンとボロボロのギリアムを見て、なぜだかニヤッと底意地悪そうに笑う弟子の顔がチラついていた。




