王様の秘密
「ディアナ様が旅に出られてすぐ、サンドール様がお体を悪くされたんだ。そこからはもう…グチャグチャだよ」
「…水源、ディアナ様が作ってくださった湖だけは守らなきゃって、ヨーシャのみんなで必死に戦ったんです」
サラスワに来て1週間、私は国中の街を見て回った。
どこもかしこも貧しくて、決してどこか1か所だけが豊かとは言えない状況。
それでも、水が有るのと無いのでは全く違うのだそうだ。
……心に宿る希望が。
「…ジン、ネル、案内ありがとう。ここまでで大丈夫よ。湖の状態を見るだけだから。あ、これ…みんなで分けて食べて」
あれ以来私は王宮に留め置かれている。
何をしろと言われるわけでもなく、出かけるなと言われるでもなく、ただこの国にいろ、それだけだ。
手の平に載せた王宮で出される菓子。私には必要ないから、こうやって顔見知りの彼らに分け与える。
この行為も、不公平になってしまうのだろうか。
いつか争いの種になるのだろうか。
「……難しいものねぇ」
呟きながら眺めるのは、10年前より水かさの減った湖。
大地の声を聞いて、地下を流れる水脈を見つけたのはもう何年前だっただろう。
湖面を見ながら思った。ネオ・アーデンを。
まるで世界中の幸せを吸い上げるかのように高く高く伸びて行く街を。
私と同じように魔法使いが手を出して作ったはずなのに、全く違う結果になったあの国を。
……私にあの弟子よりも優れているところなんかあるんだろうか。
そんな事を考えつつブワッと体に魔力を纏う。
どこかの魔女の遺物だというルビーの靴を脱ぎ捨てて、裸足で湖の上に立つ。
湧き出る水の力を感じようとしたその時だった。
「……もう長くはないのであろう」
静かに私に話しかける声がした。
「水の量は日に日に減っておる。…そなたがこの国を去った日からな」
声の主はもちろん…彼だ。
「…王様。珍しいわね、一人?危なくないの?」
彼はいっつも大勢の人間と一緒だ。
「そなたこそちっとは危機感を持ったらどうだ。そのような奇天烈な姿……人間に見られてもよいのか?」
「べつにー?人間は見たいものしか見ないし。王様だってそうでしょ?私が湖の上に立ってたって、精霊は信じない」
「…………………。」
水面をトンッと蹴って、ふわっと王様の元へと降り立つ。
「……長くないわ。でも原因は私じゃない。大地が枯れてるの。この国だけじゃない。世界中がそう」
「知っておる。……これでも国を預かる身だ」
「ふーん。あ、座る?」
湖を眼前に臨むほとりに、ゆったりとしたベンチを出す。
王様は少しだけ目を見開いたが、静かに衣ずれの音を立てて、私の隣に座った。
「儂がまだ子どもの頃、桃色の頭の珍妙な少女がこの辺りに住みついておった。そなたは知らんのだろうが、ここは元々王家の狩場なのだぞ」
「王様が子どもの頃……」
「そうだ。跡目争いを避けるため他国に留学に出されたのがもう45年も前のこと。…15の時だった。長らく国に戻る事を許されず、ようやく国に戻ってみれば、その少女は昔と全く同じ姿でこの湖を作っていた。いつの間にか出て行ったと思うておったら、このたび……大人になって帰って来た」
「へー!けっこう昔から私のこと知ってたのね。だったらもう少し早く連絡くれたらよかったじゃない。サンドール王様、けっこう前に死んじゃったんでしょ?」
そう言えば、王様が深い溜息をつく。
「…人ではないそなたに、人間同士の争いなど見せとうは無かったのだ」
「あれ?精霊は信じないんじゃなかったの?」
「人ではない何か、と言ったのだ。精霊などおらぬ。何十回、何百回祈ろうと、この国を救ってくれた事など一度も無い」
……なるほど。
「ねぇ、何で急に私を呼んだの?あんなにたくさんの……お金を使って」
ゼインが言っていた。
不審であやしい口座に多額の外国送金とかいうものが入ったから、私の口座は凍結されたんだろうって。
だとしたら送金されたのはつい最近という事だ。
…あえて、としか思えない。
「…湖を復活して欲しいとか、そういうお願いだったら、悪いけど今回は聞けない。私のポリシーに反するの」
弟子たちに散々言ってきた。悩んだ時にはみなを幸せにするために魔法を使え、と。
「……そうではない。この湖がいつか枯れることは分かりきっておった。井戸が枯れるのと同じことだ」
「じゃあ何で……」
「言うたであろう。人ではない何かに祈ったりせぬと」
じゃあ人には祈るってこと?
祈る…救いを求める……人間に?
私に人間の知り合いなんか………
「………まさか王様、ゼインを呼びたかったの?あ、ええと、ガーディアンの社長……」
私の言葉に、王様が黙ってしまった。
しばらくの沈黙のあと、ポツリポツリと話し始めた王様は、なんだかとっても小さく見えた。
「…この国は、歴史のどのページをめくっても、他国の都合の良い実験場だ」
「実験?薬作ったりするあれ?」
「まぁ…そうだな。先ほども言うたが、湖が枯れることは分かりきっておった。だから先王は国を預かるものとして民にこう言うたのじゃ。『水は配給制にする』と。少しでも湖の寿命を伸ばすには、そうする他なかった」
配給……。
「だが代替りの混乱につけ込み、他国がイクバを唆した。『ヨーシャは水を独占している。見ろ、豊かな東部の生活を』とな。…毎度のことだ。新型の兵器をイクバに与え、この国で大規模な実験をする」
「───!」
言葉が出なかった。
人間とはなんて複雑な生き物なのだろう。
「民は何千年と精霊を祀り、祈り、そして救いを求めて耐えてきた。儂はもう耐えぬ。人の業に抗うには、それより強い力をもってせねばならぬ」
王様の瞳に熱が宿る。
「だが他国に頼ることすらできぬこの状況。そんな折にネオ・アーデンから我が国に頻繁に調査に来ている企業の存在を耳にした。……賭けてみたかったのだ。ガーディアンに」
そして最後に小さく呟いた。
「……よもや最後に賭けた先が、人ならざるものだとは……。皮肉なものよ」




