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墓参り

 どうしたものだろう。

 まさか歓待を受けるとは思っていなかった。


 わらわらと城門前で人間に取り囲まれた私たちは、やはりわらわらと城壁内へと招き入れられ、大きなテントの中で盛大にもてなされていた。

 とは言っても、彼らに可能な限りを尽くした…である。



「ディアナ様!私ネルです!覚えてますか?」

「ネ…ネル…ええと布を織ってた…」

「はいっ!ディアナ様が教えてくれた模様のおかげで、弟を学校に行かせる事ができました!」

「俺は!?俺のこと覚えてますか!?」

「目の下のホクロ……あ、ジン?」

「さっすがディアナ様!」


 覚えている。 

 私がこの国にいた頃、井戸掘りをする大人の代わりに一生懸命家の仕事をしていた子どもたちだ。


「ディアナ様もすっかり大人になられたんですねぇ」

「ほんとほんと!精霊も大人になるなんて知らなかったよ」


 ……格上げされている。ものすごく。

 そして極め付けはこれだ。


「お帰りなさい!今度はずっとここにいて下さるんでしょう?」

 

 ……さて、どうしたものだろう。



「あー……その、今日は墓参りに来たの。ええと……」

 ヤバい、夫の名前を知らない。

「彼女の主人が亡くなっているはずだ。今日は遅ればせながら御霊にご挨拶に伺った」

 愛想もへったくれもない調子でゼインが言う。

「ディアナ様、この方は……?」

 ネルがおずおずと尋ねてくる。

 そして皆が私とゼインに探るような視線を送ってくる。

「あー………うー………あー…………」

 進退ここに極まれり………

「上司だ」

 …と思った瞬間、ゼインが返事をする。

「「じょうし……?」」

 上司……いや間違ってはいないが、それでいいのか…?

「スッゲー!精霊にも上司がいるんだな!」

「金色の瞳だもの、間違いないわ!」

 ……それでいいのだろう。


「あんたたち、よかったらお墓に案内してくれない?ええと…祈りを捧げたいの」

 とか何とか言ってみる。

「もちろんです!あ、お墓じゃなくて、サンドール王の御霊廟(ごれいびょう)ですけど……」

「な、何でもオッケー!」

 サンドール…私の夫はサンドール……

 チラッとゼインを見ると、『よくやった』的な顔をしている。

 ……なぜそこまで墓参りにこだわるのか。




 案内された霊廟は、小ぢんまりとしたものだった。

 墓参りなどした事はないが、とりあえず石碑をじーっと見つめてみる。

 サラスワの文字が刻まれた、半円形の石碑。

 ん〜……いない。

 魂のかけらでも残っていれば、夫の顔を見られたのに。


「ゼイン、あんたの望み通り墓参りしたわよ。幽霊すらいないけど、何かいいことでもあるの?」

「いいことはこれから起きる。お前はいつも通りでいい」

 いつも通り……?

 私のいつも通りって何。


 霊廟の中を観察するのにも飽きた頃、おそらくゼインの言う〝いいこと〟が起きた。

 薄暗がりの霊廟を出ようと体を反転させてみれば、そこにはいかにも身分の高そうな民族衣装を着た初老の男が、頭に布を巻いた集団を引き連れて静かに立っていた。


 高そうな男と目が合う。

 そしてゆっくりと彼の口が開く。

「……父王に会いに来たものがいると知らせを受けた。その方がディアナ……第八夫人か」

 はち…?私は八番目の奥さんだったのか!

「そ、そう!……たぶん」

 高そうな衣装の男は、私とゼインを一瞥してクルッと背を向けると、一言だけ告げた。

「……着いて参れ」

 こーれーは、ちょっとマズいんじゃないの!?どう見ても歓迎されて無いんですけど!?

 という視線をゼインに送ると、ヤツはニヤッと一度笑って、そそくさと男の後を着いて行った。

 ……もう知らん!

 勝手にしてちょうだい!



 男の後に着いて行った先は、まぁそうなるだろう、ズバリ王宮の中だった。

 人間が作ったにしては精緻で高そうな絨毯の上に置かれた肘置きに半身を預け、人間が作ったにしては細工が凝った水差しを傾けながら、高そうな…以下略…男が口を開く。


「父王の形見分けならば済んだはずだが?」

 形見分け……はて。

「運が良いのか、第一から第七夫人は父王より先に逝ったのだ。そなたには妃としての功績に比べれば過分なものが払われたであろう」

 ……うーむ、わからん。

「失礼ながらサラスワ連邦国国主のスナイデル王とお見受けする」

 ほんとにマイペースな弟子がよくわからないタイミングで喋り出す。

 だが勝手にしたらいい。

「……いかにも。その方は……精霊などと名乗るでないぞ。民は欺けても儂は騙されはせぬ。そのような(なり)をしたところで無駄なことだ」

 ゼインがニヤリと笑う。

「ならば話が早い。私はこういう者だ」

 王様相手でも我が道を行く弟子は、あんたそれいつも持ってんの?といった具合に胸元から名刺を差し出した。


「株式会社ガーディアン、代表取……」

 王様が一瞬ゼインをハッとした顔で見る。

 だけどその顔はすぐに元に戻り、淡々とした声で喋り出した。

「……ネオ・アーデンの実業家がこの最果ての地に何をしに参った」

「ご存知頂いていたか。私がこの地に赴いた理由など一つしか無い。ビジネスだ」

 ビ、ビジネスぅ!?墓参りじゃないんかい!!

 頭の中は大混乱だが、私は火炙り系魔女である。顔には出さない。

「ビジネス………。砂だらけの我が国にネオ・アーデンの人間を満足させられるものなどありはせん」

「いや、ある。……我が社には、だが」


 何やらピリピリと緊迫した雰囲気だが、ちょっと離れてこの場を見れば、やや背伸びした少年がどう見ても王様な初老の男に生意気に話しかけているだけ、である。

 ついでに言えば、ゼインがペラペラと喋っているのは、聞くのも難しいサラスワ語をさらに小難しくした言葉である。

 ……翻訳という作業は必要だったのだろうか。

 

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