黒男
「何を言っている。時を遡る魔法は禁忌……待て、どういう意味だ」
黒男の眉間に皺が寄る。
「あ、やっぱり無理?そりゃそうよね。私も何度か試したんだけどさ、大地に魔力が足りないわけよ。コツコツ種とか蒔いてもみるんだけど、それだと後100年ぐらいかかるわけ。できれば早めに…」
黒男の瞳が見開かれる。
「…待て。いやまさか、ありえん……」
ブツブツ言いながら目の前で眉間に皺寄せ何かを考えている無表情黒男。
しばし床の一点を見つめていたかと思えば、ゆるゆると腕を持ち上げ、なぜか私の頬をつねる。
「…なにふんのよ。あんたたいがいひつれーなんだけど」
仏の顔も三度まで、とはどこの国の言葉だったか。
とりあえず後一回だからな。
「…解除できない……。お前……まさかとは思うが、本物の…魔……女…なのか?」
頬から手を離した男が私に問いかける。
「質問の意味がわからないわねぇ。何がどうなら偽物で、何がどうなら本物なのよ」
「…………その姿は…人型への擬態では無い…と」
「はあ?」
「その身から溢れる禍々しい魔力は魔物由来では無いと?」
「は、はあっ!?」
まさか……さっきの残念信号トリオとこの男、私を魔物扱いした……?
ほーう、いい度胸をしている。
生意気!!
縛られたロープに魔力を流し、ハラリと解くと首を左右にコキコキ鳴らす。
「なんか思ってた面接と違うから帰るわ。それじゃあ…」
クルッと振り返って、引き摺られたルートを辿ろうと足を一歩踏み出すと、冷たい声が追いかけて来る。
「待て!面接とは何だ」
背中に当たる声に適当に返事をしながらも、私は足を止めない。
「なんか働けって言われたから来たんだけど」
「働く…?ここで?誰の指示だ」
「移民局のお節介」
「……………。」
ピタリと私の後ろを尾けていた足音が止まる。
よしよし、さぁ帰ろうと歩みを早めた時だった。
黒男が誰かと話しだす。
「…ああ、私だ。今日の面接の件で……そうか。それならこちらで引き受けた。…ああ、それでいい」
横目でチラッと様子を窺えば、腕時計に向かって何か喋っている。
時計と喋るとは頭おかしいんじゃなかろうか。いや、もしかすると魔道具かも……
などと思った瞬間だった。
「…という訳で、本採用だ。ディアナ・セルウィン」
本…採……用……?
信じがたい台詞が耳に入る。
「ちょっと待ちなさいよ!何言って……!」
くるっと振り向いて最大限の抗議に入ろうとしたその時だった。
今の今まで真っ黒だった男の瞳が金色に変わったかと思えば、全身からもの凄い魔力を発する。
「……!!」
「…逃げても無駄だ。世界の果てにいようが連れ戻す。諦めて私の元で働け」
静かで冷たいが、あり得ないほどの凄みを持つ声に正直言って面食らっていた。
「…あんた、どうやってそれを隠してたのよ……?」
「質問は後だ。返事は」
「…返事?」
「ああ。私の元で…」
「断固拒否」
「は?」
「拒否ったら拒否!!もう帰る!」
「ちょ、ちょっと待て!」
「待つわけないでしょ!バーカバーカ!!」
私は振り向きもせずその場から転移した。
「はぁ……」
あー…やってしまった。
大人気ない。どう見ても年下のガキんちょ相手に感情的になるなんて。反省だ、反省。
思わず飛び出したビル。降りたったのはやはりあのスクランブル交差点。
「……はぁ」
出るのは溜息ばかりである。
……何百年探したと思ってんのよ。
生き残ってるならそう言いなさいよ。
私が最後の1人なんだと思ったから、つまんない世界でみっともなく生きてんじゃないの。
新しく生まれる魔法使いのために、つまんない人間の世界にしがみついてるんじゃない。
世界中旅して、世界中に種を蒔いて………。
なのにあんなに巧妙に魔力を隠してさ。
「…いたんじゃない。ずっとこの国に。…バッカみたい」
魔法使いを見つけたら、色々聞きたいこともあった。
私たちの国はどうなったのか、私以外の魔法使いはどうなったのか、私はこれからどう生きればいいのか……。
でも今日のことでハッキリした。
あの黒男と話してもつまらん。
多分、時間と穏やかな心の無駄である。
「…出るか、この国」
どうせあと6日で国外退去である。
ここには魔法使いがいた。その事実を得られただけでも結果は上々。
「そうねぇ、密林とか無人島とか行ってみようかしら。労働とは無縁のパラダイス……いいわねぇ」
そう思えば気持ちも上がってくるというものである。
「よし!荷造りだ!」
気持ちを切り替えつつ、何となく家路まで歩いてみる。
人間の振りをするのもこれで最後なら、歩いてみるのも悪くは無い。
昔の人間ならばこう例えたに違いない〝うなぎの寝床〟のようなアパートを目指してテクテク歩く。
今の住まいは、世界一物価が高いとデビットが自慢げに言っていたこの都市で、破格の安さを誇る世紀の事故物件。
蟻塚のようなアパートは過去に大規模火災が起こったらしく、その時の被害者の怨念が住み着いているらしい。
ちなみに断言しておく。何もいない。
しいて言うなら、あやしい女が住み着いているぐらいだ。
……私だっつーの。
一人脳内ギャグを繰り返しながら辿り着いたアパート。
決めた。二度と歩かない。
「…ぜーはー…ぜーはー……。ったく歩くしか能がない生き物に、なんで、生存競争で…負けんのよ!!」
疲労困憊でようやく自室前に来てみれば、そこには疲れを倍増させる人物が待ち構えていた。
「……随分と遅い帰りだな」
「…く、黒男……!!」
こいつ……ストーカーに違いない。
くたびれた私はその場に膝から崩れ落ちた。