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与えたもの、奪ったもの

『師匠、聞いて下さい!私呪文集発展編まで終わりました!』

『やるわねぇ。歴代でも1、2を争う早さよ。次からは難しくなるわよー?』

『頑張ります!新しい魔法作るの楽しみ〜!』



『師匠、私はいつになったら独立できるんですか?』

『何度も言ってるでしょ。あんたにはまだまだ足りないところがあるって。もう少し私の側にいてちょうだい』



『…師匠、私すごい魔法を作ったんです。見てください……』

『…あんた、二度とそんな魔法使っちゃ駄目!お願いだから人を幸せにする魔法を……』



『…ディアナ先生…?…もう私、師匠なんていりません……』

『あんた………一体……なにしたの……?』



 何重にも鍵をかけ、ずっと閉じ込めていた記憶の扉の隙間から、こちらを覗く顔がある。

 与えて、慈しんで、大切に育てたはずのあの子から、私が奪ってしまったもの。

 与えてしまったがために、奪わなければならなかったもの。

 そう、あの子の命を奪った日、私は罰を受けた。

 魔女としての集大成だったアーデンブルクを失ったのだ。






「……ずっと旅してた。アーデンブルクの魔法使い…弟子たちとそのまた弟子たち…みんなを探して旅してた」

「…ああ」


 砂の舞うサラスワの中心部、賑やかだった()()()を思い浮かべながら街を歩く。

 まばらな人影、一向に聞こえてこない声。

 色を失った街の姿に、またもや鼻の奥がツンとし出す。

 ……泣いたのなんかいつぶりだろう。

 人前で、弟子の前で泣いたのは初めてだった。

 

「ゼイン、私はこの国を最後に仲間探しを諦めた。この国ではね、魔法使いこそいなかったけど、不思議な力をみんなが信じてた。…他のどの国よりも居心地がよかったの」

 雨が降れば天からの恵みだと、病になれば何かの知らせだと、理由をつけては目に見えないものに祈ってた。

「最初のうちはさ、こっそり暮らしぶりを見てたのよ。その前までいた国とあまりに違ったから新鮮で」

「それはわかる。私もそうだった。人間が何のルールに従って生活しているのかしばらく観察して記録をつけた」

「…あんたらしいわね」

 

 私の魔力を抑え込むために、ゼインは時計を投げ捨てた。

 今の姿は自力で制御できる限界…つまりすっかり若者に戻っている。

 仕事で来たというのに、本当に申し訳ないことをした。


「そして分かった。人間との距離感は難しい。別にお前は間違ったことをした訳では無い」

 砂煙の中、ゼインの視線の方向には、かつて王宮と呼ばれていた場所が以前と変わらぬ佇まいでそこにあった。

「ここはサラスワ連邦国の東部ヨーシャ州。…首都だ。サラスワは色々な民族がそれぞれの州を治める国だ。10年ほど前、ここヨーシャは西部のイクバから侵攻を受けた。原因は……水、だ」

「…え?」

「日々の飲み水にさえ苦労する国に、数十年前豊かな水源が現れた。東部と西部の生活格差は目に見えて広がり、ある日その歪みが破裂したのだ。それがお前がこの国を去るタイミングと重なっただけ……泣くなよ……?」

 

 コクコクっと頷いて、私は自分の考えの足りなさを呪った。

 何がみんなを幸せにする魔法だ……。

 私は人間に区別なんてつけたことはない。楽しく暮らす人間の裏側で、恩恵を受けられない人間が存在したなんて思いもしなかった。

「…水源を東部で独占する事を選んだのも人間ならば、それを奪うことを選んだのも人間だ。だから…まぁ、気にしても仕方ない。お前は気まぐれな魔女だろう?」

 気まぐれな………そうね、私は魔女。

 だからこそ人間との関わりには細心の注意を払わなきゃならなかった。

 ゼインやトリオのように完璧に人間を理解して、人間の世界に溶け込んで……。

 それができないなら関わっちゃいけなかったんだ。


「行くぞ。あの城壁の中に入るのが長年の懸案事項だった。……墓参りだ」

 誰の墓へ行くのか、ここまで来てようやくわかった。

 あの城壁で囲まれた王宮にいた、この国で一番偉かった人。

 偉かったんだろうけど、別に特別立派でもなかった人。

 ……私の、夫だ。





「あやしいヤツらめ!何をしに来た!!」

「ここは通さんぞ!!」


 城壁の門は固く閉ざされていた。

 見張り台から顔を出す布を頭に巻いた男たちは、まるで憎い敵を見るかのように私とゼインを威嚇する。

 別にちっとも怖くないけれど、とにかくどう接していいのかわからない。


「……ほら、正直に言え」

 ゼインが肘で私を小突く。

 しょ、正直に……?

「あの〜……墓参りに来た……ですが」

 見張り台がざわつく。

「墓参りだと!?ますます怪しい!そこの女、名を名乗れ!!」

 チラッとゼインを見る。

「…だってよ。名乗っていいの?なんて名乗るの?」

「なんて……今の名前に決まってるだろう。何でそんなにアホなんだ」

 だから一つずつ確認するようにしたんでしょうが!

 今日一日で成長したのよ!


「ええと、私の名前は!ディアナ・セルウィンです!」

「……どこの子どもだ」

 ゼインの突っ込みが耳に入ってはいたが、私の目は見張り台に釘付けだった。

 名乗った瞬間、見張り台の男たちが目に見えて動揺していた。

 皆で何かを言い合い、一人、また一人と私の方を見る。

 見張り台から男たちの顔が消えたと思ったその時、ギギギギ……と鈍い音を立てて城門が開いた。

 そして目に飛び込んで来たのは、涙で顔をグシャグシャにしながら私に駆け寄る複数の人間たち。

 きっとあの頃は、まだ幼い少年だった人間たち……。

 


「「ディアナ様っっ!!」」

 人間が私に飛びかかって来る。

「ちょ、ちょっと待っ……」

 明らかに私よりデカい人間にもみくちゃにされる。

「ディアナ様!帰って来てくださったんですね!!」

「ずっとずっと…お待ちしておりました!!」

 城門前の騒ぎを聞きつけたのか、壁からどんどん人が出て来る。

「ディアナ様だって!?」「お帰りになられたのね!」「ディアナ様!?」「おぐしの色が…!!」

 わらわら、わらわらと次から次へと人間が現れる。


 人だかりで窒息しそうになっていると、ゼインから思念が飛んで来る。

『なるほど…。皆城壁内で暮らしているのか』

『あ、あんた悠長に感想言ってる場合じゃないわよ!何とかして!何て言えばいいの!?』

『………知らん。4文字ぐらいの言葉だろう』

 よ、よんもじ……!!


 い、いたっ!

 ちょっと足踏んだでしょ!!

 か、髪を引っ張るな!!カツラじゃないっっ!!

 なんなの…!?

 なんなのよ!!

 はっ!4文字……?


「……は〜な〜れ〜ろーーー!!!」


 ピタッと止まる人垣。

 静まる空気。

 そしてゼインからの思念。


『…馬鹿魔女が………』

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