本人確認
「支店長、うちの従業員がお騒がせしております」
「いえいえ、こちらこそ窓口で失礼な対応をして申し訳ございませんでした」
ニールが変身した。
ちょこっと席を立ったかと思えば、大企業の副社長に変身して戻って来た。
いつもはクシャッとしている金髪をガッチリかき上げて、少しだけ歳を取った姿にネクタイとスーツの戦闘モードに変身した。
それと同時に、私たちは窓口から個室へと移動させられた。
「こちらの誤登録でしょうな。現在情報に修正させて頂きます」
「し、支店長!ですが口座開設日が……」
「うおっほん。…セルウィン様、一つだけ確認させて頂いてよろしいでしょうか。これに応えて頂けたら何よりの本人確認なのですが」
「…はい」
あーいやいやいやいや、よろしくない!
「旧姓は?」
あーもーダメダメ、言いたくないんだってばー!!
「………アーデン…」
私の呟きに、ニールが大きな溜息をついたのがわかった。
「……ゼインは知ってるの?」
「ゼイン…どうだろ。あえて伝えたりはしてない」
「……そっか」
「…うん」
いつかは話さなきゃと思ってた。
最初に話すのはゼインだとも思ってた。
ニールか……。おそらくニール経由で話が行くな。
気まず。
ものすごく時間がかかったのだが、どうやらニールのおかげで銀行口座の凍結は解除されたらしい。
とりあえずの問題は解決したのだが、何となく直接会社に帰る気になれず、私はニールとともに銀行のビルのてっぺんに座り込んでいた。
「……小さな島だよね」
ニールの言葉に、海の上にポッカリ浮かぶ、剣山のようなネオ・アーデンを見る。
「かーなり埋立して拡張してはいるんだけどさ、やっぱり……小さな島だよ」
蜘蛛の巣のように小さな島々が橋と橋で繋がるネオ・アーデンを見る。
「でも、ゼインにとってはこの島が全て。大陸だって手に入れられただろうにさ、ゼインが望んだのはこの島だけだった」
ポツポツと語るニールの視線の先には、首都中央駅を見下ろすガーディアン・ビル。
「あそこに昔何があったのか、ディアナちゃんなら知ってるのかな」
何があったか……。
「人が吸い込まれていくあの駅は、アーデンブルクの叡智の源だったってゼインが言ってた。じゃあその向かいにあったのは?ゼインは何を必死に守ってるのか、僕にだって教えてくれないんだ。けれど、それでいいと思ってる。ゼインが一人で生きて来れたのは、きっとその何かがあるからなんだろうし」
「………………。」
ニールが立ち上がる。
「僕先に行くね。こう見えても忙しいんだよねー。一応副社長だし?あ、口座の中身についてはちゃんと相談した方がいいよ。明らかに不審!!」
口座の中身については………。
……中身ってなんだろ。
一陣の強い風を残し、ニールが姿を消す。
私は日が暮れるまで、ガーディアン・ビルが街全体に作り出す影を、ただただ眺めていた。
とまぁ色々と思うことはあっても、語り合える友などいない。
そういう寂しい女は、妙な生き物と話し出すのが世の常である。
「でさー、不審なんだってー。どう思う?あんたたち」
『まじょふしん』『しってた』『いつもねてる』『むしちょうだい』
「超スピードで知恵つけてんじゃ無いわよ。は〜ぁ。何で私の白魚のような手から虫なんか出さなきゃなんないのよ。だいたいこの魔法は拷問用なんだからね!」
「そうなのか?」
……何かしらねぇ。あんまり振り向きたく無い声が後頭部に突き刺さるわねぇ。
「拷問用とは知らなかった。なぜ虫を出すのが拷問になるのだ」
「……あら、ゼイン!出張終わったの?お帰りなさい!」
「………誰だお前は。何を企んでいる」
ああん?どういう意味だコラぁ!滅多に出ない笑顔を褒めんかい!
とは思うが、三日ぶりに会うゼインに何となくお茶でも出してみた。
「……こ、怖い。とてつもなく恐怖を感じる。まさかこのお茶も拷問用……」
あー…この男アホね。会社大丈夫か?
「お茶くらい出すわよ。何か私すっごいたくさんお金もらってるんでしょ?銀行の女の子に羨ましがられちゃったわ」
「ああ……そうか?昼寝分差っ引いてるはずだが」
「あ、そう?それなら良かった」
「……嘘に決まってるだろう。別に社内規定に則った普通の金額だ。なんだ、何か話でもあるのか」
「うーん…………あるような、ないような…」
「…はぁ。後で事務処理手伝え」
「わかった。嫌だけど」
「………あ?」
眉間に縦筋を一本入れたゼインに促されるままに、会議用テーブルへと移動する。
「どうした。トラブルか」
「んーん、トラブルは多分ニールが何とかしてくれた。でもちょっと見て欲しいものがあって」
言いながらゼインの方へ数枚の紙を滑らす。
「口座の…履歴?」
「そう。不審なんだって。何が変?」
しばらくジッと履歴とやらを眺めていたゼインが、はぁ〜……と溜息をついた。
「過去一度も出金されていないではないか。これではどうやって日々暮らしているのか人間には不審に思われる」
出金……。
「それから何だ?相続分の入金?最近誰か親戚でも死んだ…のか……?」
「んなわけないでしょ。相続って何?それで親戚を見つけられるの?」
だとしたらもの凄い事なのだが。
数千年遡って私の親戚を見つけられるなんて……
などと考えていたのがバレたのか、ゼインが今度は皺の寄った眉間を指で押さえる。
「……はぁ。相続というのは、簡単に言うと死んだ人間の財産を引き継ぐ事だ。お前の口座に入金されたということは、通常であればお前の……」
「私の…何よ。死んだ人間どころか生きてる人間にも心当たりなんかないんだけど」
「……………。」
「ゼイン?」
黙り込んだ男がゆるゆると眉間から手を離す。
「お前……どこかの富豪でも騙したのか?」
「は?」
「それか、詐欺でも働いたか」
「同じ事でしょうが」
「10億入金されてる。……死人から」
「じゅうおく……え、それっていくらなの?」
「…………馬鹿魔女が!!」
どうやら私の口座は、とてつもなく不審なんだろうという事だけはわかった。




