御祝い
パチンと指を鳴らし、皆の前にテーブルと椅子、それから食べ物と飲み物を出す。あ、ケーキもいるわね。
御祝いだからパーっと盛り上がらなきゃ!
無事に4匹の妖精をギリアムの船から追い出すことに成功した私たちは、なぜか新生ギリアムの誕生日パーティーをすることになった。
親バカゼインが例の如く最高級レストランをどうのこうの言い出したため、力の安定しないギリアムが『部屋でなら……』とかなり嫌そうに百歩譲った結果である。
「さあさあ座って!私が他人をもてなすなんて1000年に一度あるかないかよ!」
これは紛うことなき事実である。
生まれてこの方、もてなされる事はあっても、もてなした事などない。
私はこう見えて、泣く子がさらに大泣きする大魔女だ。
私の掛け声に、皆がそれぞれお互いに顔を見合わせて遠慮がちに席に着く。
そしてテーブルの上に並んだ料理をおずおずと口にする。
「あ…おいしい!なんだろう、いつも食べてる食材と違う」
ショーンが感想を口にする。
そうでしょう、そうでしょう。現代っ子が食べてる工場産の食品とは訳が違うのよ。
「…魔法の書き換えが必要だな」
うんうん、ゼインもわかって来たわね。
「ディアナちゃんってグルメなんだねー。普段ぜんっぜん何も口にしないのは何で?」
「そういやゼインさんもあんまり食事取らないすね」
そう来たか。
「うーむ……乙女のプライド…というか……」
「魔力が増える。魔力が増えると会社の経営に支障が出る」
ゼイン、童顔を気にしてると正直に言え。
「ディアナちゃんも同じ理由?」
ニールが相変わらずの透き通った目で私を見る。
「あー…そうね。もう今さらだけど、私この顔好きじゃないのよね。どのくらい前だったかしらねぇ。魔女狩が流行ってた時期あるじゃない?」
私の言葉に、ニールの肩がピクッと動く。
……何だろ、触れちゃいけなかっただろうか。
「俺はあんまり関係無い国で育ったんすけど、相当ヤバい事になってたって話は聞いた事あります」
ギリアムがワイルドな顔と口調に似合わず綺麗な所作でナイフを操っている。
「ディアナさん、もしかして…魔女狩にあったんですか!?」
ショーンの叫びに全員の手が止まる。
「んー?魔女狩っていうか、私本当に魔女じゃない?だから人間に見せつけてやろうと思ったわけ。本物の魔女と人間の女の子の違いを。だから火に炙られてみたってわけよ」
「みたってわけ…じゃないだろう!何でそんな事を!」
ゼインが怒り出す。
「本物の魔女がどんなものか分かれば、人間相手の馬鹿な魔女狩なんか収まると思ってね。若気の至りよ。なのにさー、なんなの?人間て。今度は私を人間に戻すんだーとか言って、1年くらい?ずっと磔」
まぁほとんど寝てたからあっという間だったんだけど。
ケーキにブスッとフォークを突き刺す。
「その時よ!その時!庇ったはずの女の子達が何て言ったと思う!?『なんて恐ろしい顔なの?銀色の瞳が生き血を求めてるようだわ』って!!いい加減にしろって話よ!…とまぁ、そこで完全に理解したのよね。何で私の顔見て子どもがワンワン泣くのか」
ふと顔を上げれば、場の空気が完全に冷えている。
「どうしたの?あんたたち。ほらほら食べて!300年ものの本物の食材よ!……ゴルァ!何でフォークを置く!!」
せっかくのとっておきなのに!あー勿体無い!!二度と手に入らないのに!!
「…ディアナは…人間が嫌いか?」
ポツリとゼインが呟いた。
「んー?好きとか嫌いとか考えたこと無いわねぇ。私は人間から生まれた魔法使いの子どももたくさん育てたし、トリオに人間の血が混じってるって聞いて嬉しいわよ?だって魔法使いを愛してくれた人間がいるってことでしょう?」
そう答えると、4人の顔がポカンとする。
「え?何か変なこと言った?」
「ディアナちゃんて……懐深いんだね」
ニールがポツリと呟く。
「そう?長く生きてるとねぇ、大抵の事はどうでもよくなるもんよ。それよりギリアムの御祝いなんだから、ギリアムの話が聞きたいんだけど」
何となくしんみりしてしまったことは、空気の読めない私でも分かった。喋りすぎた。
ギリアムの海賊時代の話は面白かった。
海軍の船を乗っ取った話、大王イカを釣ろうとして失敗した話、海に縁の無かった私にはどれも新鮮だった。
ゼインとニールも長いこと海の上で暮らしたらしく、『そうそう』とか『嵐は最悪』とか皆で盛り上がっていた。
仲間っていい。
思い出話ができる相手は本当に貴重だ。
私にはたくさん弟子がいた。働き者で、賢くて、皆優秀な魔法使いだった。
弟子がまた弟子を育て、どんどん増えた魔法使いの仲間。
そしていつの間にか国ができた。
……魔法使いが暮らす、アーデンブルクが。
ぼんやり皆のやり取りを聞いていると、ゼインが真面目な話をしだした。
「今後の課題は、ギリアムの固有能力をいかに伸ばして、いかに制御していくか、だな」
「固有能力…すか?」
「ああ。お前たちに持たせている端末には、安全のため…というか、私が使ったことのある魔法しか入っていない。ギリアム、天候を操る魔法は一つも入っていないのだ」
「え……?」
さーすが魔法オタクのゼイン。よく勉強してるわ。
「天候を操る魔法は、昔は雨乞いなどと呼ばれた事もあるが、手練れの魔法使い数人で大規模な魔法陣を用いなければならない。お前がディアナに降らせた雨はおそらく、竜の血が為せる技なのだろう。…これから勉強するが、今の私ではどうしてやればいいか見当がつかない」
正直に心の内を語るゼインに、ギリアムが微笑む。
「俺、目覚めたのが今でよかったっす。毎日様子見に来てくれる兄がいて、一緒に釣りができる弟がいて、心配症な父親も……あ、ええと、長兄す」
ギリアムの言葉に、3人の瞳が潤む。
「それに、姉さんもできたっすからね。なーんも心配してないすよ。今でよかった。幸せっす」
ギリアム、生意気だぞ。大魔女の私の弟なんて。
……ちょっと目が潤んだじゃないの。




