目覚め
ギリアムの雨に打たれた時に、直感的に魔法では無いと思った。
雨を降らせる魔法が非常に難しいという理由だけではなく、あの時側にいた妖精が〝ずぶ濡れ〟だったからだ。
そう、妖精には魔法が効かない。
古木への魔力の注入を終えて、疲れた顔をしたニールとショーンが私たち3人の輪に加わる。
プライバシーに関わるから、本当はギリアムと二人きりの方がいいんだけど。
「……目覚めたって、どういう意味すか?」
いつもはやや鋭いギリアムの目付きが、不安に揺れている。
「あー…うん、話してやりたいんだけど、その…二人でこっそり、どう?」
暗に、あんたの根幹に関わることよ、と匂わせる。
ギリアムもそれは十分に理解していた。
だけどこの子はこう言った。
「俺に関することは、俺よりゼインさんとニールさんに話して下さい。あと、ショーンには成人指定じゃないなら聞かせてください」
せ…いじん…指定………
「あっはっはっは!あんた面白いわねー!成人指定か……。そうねぇ。ショーン、子どもの作り方知ってる?」
ギリアムの左隣のショーンに問う。
「おま、お前は突然何を言う!」
「ゼイン、うるさい。要はそういう話よ」
まあ、ほんのりお顔が赤くなってるから十分ご存知ね。てかみんなショーンを妙に子ども扱いするけど、人間年齢70過ぎよ?普通におっさん…人間だったら爺さんよ?
息を吸う。
「端的に言う。ギリアム、あんたには竜の血が混じってる」
そして一気に吐き出した。
何の遠慮もなく一気に言葉を吐き出した。
……結果、みんなポカンとしてた。
「竜……?」
最初に聞き返したのは、ニールだった。
「そう、竜」
「竜って……ナナハラから連れて来たミニ竜みたいな?」
次に言葉を出したのはショーンだった。
「ディアナ、ちょっと待て。人と竜が………?」
そしてゼインはなぜか勘所が悪い。
「あんたが最初に私を拘束した時、何て言ったか忘れたの?何でそんなにバーカなわけ?」
「バ…カはお前だ!私はもっと根本的な事を聞いている!」
「それは…あれよ、愛の……力、的な…何かよ」
「やはりバカではないか。最初から順番に説明しろ!お前は説明が超絶に下手くそだ!」
「ぐ………!」
収拾のつかないこの場を仕切ったのはニールだった。
「ゼイン、ディアナちゃん、ちょっと落ち着いて。ギリアム、大丈夫?」
ギリアムの顔を覗き込むニールを見て我に返る。
……しまった、そうだった。ギリアムの気持ちも考えずにゼインと言い争ってる場合じゃなかった。
「あー……あ、なんすかね。想像とは違う内容だったというか、いや、意外に大丈夫というか……」
「本当に?しんどかったら僕ら一旦引くよ?」
「大丈夫っす。てか俺だけだと多分理解できないす」
「…そっか、わかった」
そう言ってギリアムの肩をポンポンと叩くニール。
大人…!なんかすごく大人!もしかして真のリーダーはニール……?
「ディアナさん、そのう…ギリアムさんのご両親のどちらかは竜…という事ですか?僕ギリアムさんとよく釣りに行くんですけど、ご両親は…ねぇ?ギリアムさん」
ショーンが言葉を選びながらも話の核心に迫る。
「……そうだな。姉さん、俺の両親は…ちょっと驚くかもしれないすけど、古臭い…ええと由緒正しい…いわゆる昔の貴族って呼ばれる人間で、何よりも血統が大事な人種だったんす」
ほほう、じゃあギリアムも可愛いレース盛り沢山の服を着てたってことか。あとカツラ。
「まぁ色々あって15で家出したんすけど、両親どころか祖父母もその上も血筋が遡れるんす。多分、みんな人間だったと……」
ふむふむ。
人間世界での『由緒正しい』とはそういう事だろう。大魔女の私にしてみれば、嘘つけっていう例は山ほどあるが。
「ま、何も不思議なことじゃないのよ。竜はね、悠久の時を生きる。それこそ私たち魔法使いなんかの時間とは比べ物にならないほどの時を生きる」
パチンと指を鳴らし、竜の卵を空中に描き出す。
「あ、孵化した!」
映像の移り変わりをショーンが目を輝かせながら見ている。
「ゼイン、竜は人生の大半をどうやって過ごす?」
調べ物の得意なゼインに問いかける。
「あー…この間お前たちが捕獲してきた竜を育てるために色々と調べたのだが、竜には活動期と休眠期があるという事だった。種類によってそのサイクルは異なるが長いものだと1000年周期で………」
「はいはいはいはい、そういうこと!説明なっがいのよ」
ムッとするゼインを無視して、続ける。
「……遥か大昔はね、人の世とそうじゃない者の世界はとても近かったの。精霊や妖精、竜に神。いつの間にか伝説上の生き物になってしまったしまったけれど、みんなが混ざり合って暮らしていた時代は確かにあったのよ」
原始の魔法使いだって、その時代に生まれたのだから。
「私の見立てでは、ギリアムに流れる血は相当古いわ。でも、その血が目覚めるのは今だったのよ。先祖代々ずっとずっと眠ってたのねぇ……」
なんてロマンチックなの……なーんて眠る竜の背中の上に人間が町を作る映像を乙女モード全開で眺めていたら、ゼインから冷静な突っ込みが入る。
「それはわかった。だが問題はそこでは無い。ギリアムの魔力はどうなっている」
ギリアムもやや戸惑いがちに私を見る。
そうだった、そうだった。
「ゼインが作った時計」
再び皆の腕にはまった時計を順に指差しながら言う。
「とにかくよく出来てる。大魔女の私が嫉妬するレベルでよく出来てる」
「……は?」
ゼインがポカンとする。
「は?じゃないの。ギリアムの胸元見てみなさい。私のネックレスしたまんまでしょ?アレは純粋な魔力を抑えるの。魔封じなんだから。つまり今ギリアムが纏っているのは吸い切れなかった竜の力って事でしょうが」
「!!」
「……魔力というよりは、精霊とか、妖精に近い力……」
そう、神話と呼ばれる時代から在る、古き竜の天候を操る力。
私は映像を掻き消して、右手で3人が魔力を注いでいた古木を宙に浮かせる。
そして左手であのやかましい4匹の妖精の乗る船を宙に浮かせる。
「全員よく出来てる。とてもいい木になった。時代が時代なら箒でも作ってあげるんだけど、あんたら必要無いでしょ。いいこと?ここにある3本のうち、2本は魔木。杖や箒を作るならこれね。そしてもう1本は……」
4匹の妖精がそわそわしながら、あからさまに1本の木だけを見ている。
「ギリアムおいで。あの4匹にこう声を掛けて。………よ」
ギリアムの耳元で屋敷妖精駆除の仕上げの言葉を伝えれば、彼がやや照れ臭そうにぶつぶつ言葉を唱え出す。
「あー…今まで…ありがとう。次もよろしく」
ちょーっと違うんだけど、ギリアムの言葉と同時に、4匹がいっせいに目的の木を目指して飛び出した。
「ディアナちゃん、あの木…何か光ってるね」
私の隣に立ったニールがボソっと呟く。
「ふーん?あんたには見えるのね。あれはね、霊木っていうのよ」




