注ぐ
「さあ、あんたたち!私がめちゃくちゃ苦労して手に入れた木よ!心して修行なさい!!」
どこから突っ込んでいいものか、大して苦労もせずに手に入れた古木を前に、ディアナはいつも通り偉そうだった。
古木を運び込んだのは、もちろんギリアムの部屋。
長さ6メートルの角材を4本収めても空間に余裕のあるこの部屋は、周囲の音に悩まされるギリアムが初めて私に頼んだ探し物だった。
それでも反転魔法陣を施さねばならぬほど聴覚が鋭くなっていたとは……。
気づいてやれなかったことはひたすらに申し訳ない。
しかし反転魔法陣………。
あの魔女、絶対に碌な使い方をしてこなかったに違いない。
「ニール!屋敷妖精との交渉に必要なものは何!?」
「ええと、出て行って欲しい時には、その屋敷より古い屋敷を紹介する…だよね」
「その通り!でもよく考えてご覧なさい。こっちの言葉を素直に聞かない妖精相手に、どうやって離れた場所にある他の屋敷に移ってもらうの?」
「あー……確かに」
見習い魔法使いのお小遣い稼ぎとはよく言ったものだ。
屋敷妖精は別に古い屋敷に住みついているわけではない。要は、魔力の豊かな木材を依代にしているのだ。
古い屋敷…魔法使いが長年暮らす屋敷にその傾向が強いだけ。
だから、古木に魔力を注いで即席の依代を作る今回の修行内容は、この3人にピッタリだと言えた。
「姉さん、言われた通り全員端末外したっす。次は何をすれば……」
「僕、わかりました!そこにある木に魔力を流す…んですよね?」
「ショーン!あんた賢いわねぇ!!う〜ん可愛い可愛い!」
…おいコラ変態魔女、私のショーンに頬ずりするな。馬鹿が染るだろうが。
ったくこの魔女はどうにも一筋縄ではいかない。
師としては優秀なのだろう。少し話しただけでそれぞれに足りないものをすぐさま理解し、相応しい修行を施す。
そう、育て慣れている。
私への直接的な指導はあまりないが、こうして3人の修行内容を見せることで、暗に私に足りないものを自覚させているのだろう。私の場合は、この魔女から盗むのが修行だ。
だが………
「…ニール、怖がらなくていい。あんたの魔力はとても正確。よく自分を理解してる。放出も制御もとても上手。足らないのは行き先ね。身の内から溢れる魔力を、どこに伝えたらいいか思い描いて」
「どこに……。そっか、この木に満遍なく……」
「そうよ、よくできました」
……優しい。
「ショーン、前は魔力を一点に集めたわね。あれで熱が生まれた事を覚えてる?」
「はい!だから今回は薄く…を意識してるんですけど……」
「そうね、その理解で合ってるわ。もう一つヒントを出すと、その木をしっかり触ってご覧なさい。温かい?それとも冷たい?」
「…どうでしょうか。そのどちらでも無いような……」
「それよ。今回は燃やしたいわけでも凍らせたいわけでもない。魔力で満たしたいの。木と同じ温度を意識して」
…やはり優しい。
この魔女は、私以外には優しい。ほぼ間違いない。
子どもを亡くした母親なのだと思ったが、あれはおそらく誤りだ。
そして人間との結婚も……いや、姓が変わる何かはあったのだ。だが人間との間に結婚生活があったとは考えにくい。
はっきり言って、人間の前でのディアナはポンコツだ。
普段あれだけよく回る口はどうしたのだと言うほど言葉が出ない。
そして、人間と暮らしたのであれば当然に知っているであろう生活に関する知識が全く無い。
……風呂に入るぐらいか?
まあそれはどうでもいい。
問題は、なぜ隠すのか、だ。
私が同族を探し求めている事も十分にわかっていて、なぜ何も語らない。
1000年の時を生きたのならば、500年前に起きた事も知っているのだろう?
なぜ…何も語らないのだ。
どこにいた、何をしていた、誰といた、知りたいことは山ほどあるのに、私も何も聞けない。
そう、孤独の中読み漁った書物に出て来る〝銀色の魔女〟は…………
「ゼイン、ちょっと来て」
偉そうな口調で魔女が私を呼ぶ。
「……何だ、何かあったのか?」
呼んだくせにこちらを見もしないディアナの目線の先を追い、隣にしゃがみこむ。
彼女の目は、ギリアムから溢れる魔力に釘付けだった。
魔力……?ギリアムの魔力……か?
「ギリアム、あんた今普段と同じように魔力出してる?」
ディアナが問う。
「あー……いえ、モゾモゾと勝手に出て来るものを垂れ流してる…的な」
言い方…とは思ったが、ギリアムの状態はそれに近い。
「ギリアム、その状態で火を出せる?」
ディアナが再度問う。
「火すか?」
「そう。手の平を上に向けて、呪文を唱えてみて」
ディアナの問いかけにギリアムが小さく頷くと、火球を呼び出そうとする。
しかし手の平からは溢れんばかりに力が湧いているのに、火どころか煙すら出ない。
「うまくいかないっすね……」
少し寂しげに呟くギリアムに、胸が痛くなる。
「待て、ギリアム。私は少し違うと思う」
何を言っているのか自分でもよく分からないが、感じるのだ。
「違う…?ゼインさん、俺、なんか間違えましたか?」
「そういう意味ではない。お前とはもう250年の付き合いだ。お前の魔力の色は直接見なくても頭に描ける。今溢れているその力は、魔力……では無い」
「……え?」
衝撃を受けるギリアムに、何と伝えてやればいいのだろう。
何百年生きてみても、なぜこんなに分からない事ばかりなのだ。
言葉に詰まる私と、呆然とするギリアム。
その私たちの頭をポンポンと無遠慮に叩く手。
……ディアナの手。
「ゼイン、よくできました。間違ったら破門にするところだったわ」
温かい手と正反対に、素っ気ない言葉。
そして、唐突に紡がれるギリアムへの祝福の言葉。
「おめでとう、ギリアム。目覚めた気分はどう?」




