買い物
「いらっしゃいませぇ〜!まぁエヴァンズ様、ご無沙汰しておりますぅ〜!」
ゼインに連れられて向かった先は、唇が上手に動かせなくなった魔女のいる店だった。
マジカル・ジョークである。
魔女も妖精もいないが、どことなく懐かしい、古い木の香り漂うアンティーク家具の店。
郊外と呼ばれるエリアにある、趣のある店だった。
「こちらこそ久しく顔を出さずに申し訳無い。変わりなさそうだな、アンバー」
「ええ、ええ!本当にお会いできて嬉しいですわぁ。今日は何をお求めですの?」
アンバーと呼ばれた女はさも嬉しそうにゼインに纏わりついている。
はは〜ん、お姉さんピンと来ちゃったもんね〜。そういうの得意。伊達に年頃の弟子を育てて来たわけじゃないってね!
ふぅむ、ゼインも隅に置けないわねぇ。そうそう、ちょっと仏頂面だけど真面目でいい子なのよ。
そこしか取り柄ないけどお金はありそうだし、ぜひ魔法使いの個体数の増加に寄与して………
「ああ、今日用があるのは私では無いのだ。彼女に古木を見せてやって欲しい」
そう言ってゼインが私の方に顔を向けた瞬間だった。
「彼女………?」
ギギギギギ…と音のしそうな動きでこちらを振り向いたアンバーの顔が一瞬で引き攣る。
……慣れてるわよ、そういう反応。
はい、どうも。私が火炙り系魔女でございます。
人間じゃなかったら氷漬けにするんだけど。
「こ、古木でございますね。オーナーを呼んで参ります」
若干敵意のこもった瞳を向けた後、そそくさと店の奥に消えるアンバー。
はあ〜?何よ、まだなんもしてないでしょうが。
「だーから嫌だって言ったのよ。わかった?これが火炙りモードなの!……はぁ、何でこんなに怖い顔になっちゃったのかしらねぇ。子どもの頃はあんなに美少女だったのに」
溜息をつきながら言えば、ゼインがすかさず聞いてくる。
「ちなみに夫の前ではどちらの姿だったのだ。相手は人間なんだろう?」
「ああ……そりゃ……美少女モードよ、多分」
「…多分?よく分からんが、うまく歳を取っていったのだな。なかなかそれが難しくてな…。いつ老人になればいいのか毎度毎度タイミングに迷う」
真面目くさった顔して何言ってんだ、コイツは。
しかしそろそろ本当のことを伝えた方がいいのだろうか。
……パスポートの交換条件だったって。
「これはこれはエヴァンズ様。ようこそいらっしゃいました」
アンバーに呼ばれて出て来たのは、白い髭が似合う老紳士だった。
…ぶっちゃけ超好みの顔である。魔法使いと言えば渋い髭。年下なのが残念だ。
マジカル・ジョーク、パート2である。今日は調子がいい。
「アルバート、久しいな。商売は順調か?」
「ぼちぼちと言ったところですなぁ。市場価格が上がりすぎて、なかなか買い手が付きませんわい」
「木材は貴重だからな」
彼らはサラっと会話しているが、内容はとても悲しい。
木が消えたら木に宿る妖精は消える。
妖精すら消える。魔法使いよりも遥か昔からいる存在が。
みんな消える…。まるで初めからいなかったように、跡形もなく消える。
私だけ残ったら……
「ディアナ、見せてもら……どうした?体調悪い……ことなどある…のか?」
何なのよ、その変な心配の仕方は。
うたた寝して魔力MAX絶好調に決まってるでしょ。
「……大丈夫か?顔色が……」
「大丈夫よ、大丈夫。アルバート…さん?に50年前ぐらいの木が無いか聞いてみて。人間と話すの苦手なの」
「ああ、わかった」
卒なく人間と商売の話をするゼインを見て思う。
コイツはきっと人間としても生きていける。魔力を失っても、最後は人間のように生きていける。
でもそうはさせない。
早く一人前にしなきゃ。悪いけど、絶対に魔法使いとして生きてもらうわよ。
「……様、これなどいかがですか?」
髭がダンディーなアルバートが誰かと会話している。
「…こちらなどは65年前のナナハラ国の民家だったもので……」
ナナハラの言葉にパッと顔を上げる。
「ああ、よろしければ手を触れてお確かめ下さい」
顔を上げた瞬間に微笑むアルバートと目が合った。
この人間、私に話しかけてた……?
え、いつから?
「エヴァンズ様にはいつもご贔屓にして頂いております。御婚約の噂はかねがねお聞きしておりましたが、やはりあの方が選ばれた方ですなあ。纏う雰囲気がよく似ていらっしゃる」
は……?
纏う雰囲気は仕方がない。紛うことなき同族だから。
だがちょい待て。
何で好みのイケメンによりにもよってクソ生意気な弟子と身の毛もよだつ誤解をされにゃならんのだ!!
アホか!アホボケ人間!!
…と頭の中では悪態三昧なのに、言葉が出て来ない。
く、悔しい……!!
「ええと、これは杉よね…ですか?何本ある、ですか?」
アルバートが少し目を見開いて、また微笑む。
「よくお分かりになりましたね。その通り、杉でございます。柱だったもので、今4本ございますよ」
真っ直ぐな木目、角張った形状、これなら魔力を流しやすい。ただ問題は……
「ゼイン!こっちに来て!」
店の奥で、陳列されているアンティークのコンソールテーブルを食い入るように見ているゼインを呼ぶ。
「なんだ、気にいるものがあったのか?」
能天気な弟子の耳を引っ張って、私はヒソヒソ話をする。
「あの杉にする。でも想定より長いの。持って帰るのに魔法使ってもいい?あと、お金の払い方わかんない」
正直に言っただけなのに、ゼインが目を丸くする。
それから……
「…くっくっくっ……古の魔女にも分からない事があるのだな。あー愉快だ!」
…ムカつく台詞を吐き出した。
結局、支払いも運搬の手配もゼインにお任せで、私はトラックとかいう頭が大きい車に運ばれて行く杉を、ただその場で見送ったのだった。




