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最上階

 エレベーターホールには数台分の乗り場があった。

 昔は人力でハンドル操作していたことなど皆知らないだろう。

 私も数十年前まで知らなかった。というかエレベーターなど使ったこともなかった。

 しいて言うなら滅多に歩く事もなかった。

 

 1番最初に開いたドアに潜り込み、行き先ボタンを眺める。

 運がいいことになぜか乗り込んだのは私一人。人間と同じ空間に閉じ込められるなどお断りである。

「さてさて最上階……」

 ズラリと並ぶボタンのうち、1番数字が大きいのは60。

 となると、最上階は60階で間違いない。

 ポンッと60の数字に触れると、エレベーターが上昇しだす。

 足元にかかる重力が少し不快だったが、しばし我慢である。

 

 それにしても……毎日毎日こんなに通勤が大変だったらどうしようか。

 こっそり転移するか……?

 いや、おそらく1階ホールにあったゲートみたいなものを潜らないといけない気がする。スーツの群れがピッピピッピ鳴らしながら潜っていたアレ……。

 となると駅までは転移、そこからは歩きが1番効率的か……。

「ったく何で私が人間に合わせて暮らさなきゃなんないのよ!!」

 それもこれも人間との生存競争に負けた私以外の魔法使いのせいである。

 


「はぁ……」

 何度目かわからない溜息をついた時、エレベーターが止まる気配を感じた。

 階数表示は60が点灯している。

「…よし、やるわよ!」

 再びぐっと拳を握りしめ、エレベーターが開くのを待つ。

 隙間から徐々に光が差し込むと同時に、思いがけない声が聞こえて来た。


「──防御結界!」


 ……は?


 エレベーターのドアが完全に開く。

 その瞬間私の目に飛び込んで来たのは、お揃いの時計を付けた3人組の男達が、私に向かって腕を突き出して威嚇する姿だった。



「動くな!」

 赤髪の男が叫ぶ。

「と、止まれ!」

 黄髪の男がなんか頑張って叫ぶ。

「何者だ!」

 金髪の男が……惜しい。そこは青髪であって欲しかった。

 そうすれば信号トリオとして私の記憶に残してやったのに。

 ああ…いや、そうじゃない。大事なのはそこじゃない。

 なぜ私は見ず知らずの男達に敵意を剥き出しにされているのだ。

 しかも結界魔法……?


「…ちょっと待って。ええと、動くな…おっけー。唇以外は動かさない。そして何者だ、と。ねえねえ、私何者だと思う?」

「「「…は?」」」

 へ?

 何か思ってた反応と違うんだけど。

 ああ、アレか。あの台詞が足りなかった。

「ええと…あやしいものではござらん」

 せっかくへりくだってやったのに、信号トリオのなり損ない達は明らかに不審人物を警戒するように目配せをし合って何かを相談している。

 おや、彼らは思念伝達できるのか?

 ほうほう、それは興味深い…などと考えた時だった。


「……捕縛」

 静かで冷たい声音が響いたかと思えば、あっという間に私の体がロープでぐるぐる巻きにされる。

「はっ!?」

「対象確保。お前たちもういい、下がれ」

 再び冷たい声が背後から……背後?

 首だけグルリと後ろを向けば、いつの間にか消え去ったエレベーターの扉の前に、漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ男が立っていた。

 

 何こいつ、いつの間に?

 それにロープ………

 眉間に皺寄せ考えること数秒。

「…あんた、もしかして、まほっむぐっ!むがっ!?」

「…煩い」

 はーー!?いったい何なのよ!?

 私を誰だと思ってんの!?

 猿轡なんかしていいと思ってるわけ!?

 ビルごと爆破するわよ!!

 …と頭の中で一瞬思ったが、なんだか面白い事が起きそうな予感がしたので黙っておいた。


 真っ黒男は3人組に何やら指示を出し、それに頷いた3人組があっという間に私の目の前から消える。

 …ああ…間違いない。この4人……魔法使いだ。

 400年の旅で1人だって見つけられなかった同族。よもや故郷で4人もいっぺんに見つかるなんて……。 

 何のために旅に出たんだか。

 帰ってみりゃ外国人扱いされて?働け働けうるさいし?働きに来てみりゃ捕まって?

 何という悪循環だ!!


 しかし何だろう……。

 この男から感じる魔力は私の知っている魔法使いとはだいぶ違う。

 歪で…妙な……

 と、ここまで考えたところでロープがぐいッと引っ張られる。


「…まね妖怪、ニンフ、ハーピー…いやセイレーン…身体も人型だとするとルサールカ……?しかし少女に擬態する話は聞かないな。悪魔…か?まあ何でもいい。…来い」

「ふぐぇっ!!」

 私の喉から出たとは思えないような声を出し、ズルズル、ズルズルと床を引き摺られながら黒男の後ろ姿を盗み見る。

 スーツ姿で踵を鳴らしながら歩く様は普通の人間そのもの。

 唯一違うのは、私を拘束するロープには絶え間なく魔力が流されていることぐらい。

 どういうカラクリなんだろう……。

 

 引き摺られながらも部屋の様子を確認すると、どうにも受付の看板娘が言っていた展望ルームとは程遠い景色が目に入る。

 一面ガラス張りではあるものの、どう見てもここは執務室だ。

 広々とした空間に机は4つしか無いが、何ともまあ雑然とした部屋である。


「……人を食ったことは?」

 黒男が口を開く。

 食った……?

「無いならば元いた場所に帰す。どこから来た」

 

 一つだけ逆向きの大きな机の前に着いた時、黒男が振り向きながら口を開いた。

 それと同時に猿轡が一瞬にして消え去る。

 ……元いた場所?


「それって時を遡れるってこと?私もみんなと一緒に世界から消えてしまえる?」

 純粋に聞いてみただけ。

 だってそれが可能なら、今日死んだっていい。

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