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種蒔き

 ギリアムの部屋を出た私は、ネオ・アーデンの夜の街を飛んでいた。

 

 どこか…どこか人のいない場所は無いの!?

 夜だっていうのに何でこんなに明るいのよ!!


 昔は野原に寝転がって見上げた満天の星が、今は眼下の地面に広がる。

 星と星を指で繋いでやった魔法陣を描く練習も、誰が一番明るい光を出せるか競った日々も、この蜘蛛の巣のように巡らされた光の糸の前では二度と取り戻せないのだと知る。


 少しの感傷に胸の痛みを感じるが、個人的な大問題はそこでは無い。

 とにかく大ピンチである。

 永遠の美少女の、大ピンチである。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい…ヤバい!!早く魔力減らさないと……!」

 ギリアムに貸した魔封石のネックレス、あれの分だけ魔力を減らさねばならない。

 早急に、明日の朝の出勤までに。

 …じゃないと美少女モードが維持できない。


 魔法使いの肉体は、保有する魔力を収められる形状を保とうとする。

 必然的に保有魔力が多い場合、若い青年期の肉体を保つことが多くなる。

 私の場合、火炙りモードがそれである。

「いやいやいやいやいや、ないでしょ。ないわ!!」

 ちなみに私は自分の本当の姿が大嫌いである。

 だって可愛くない。

 子どもは小さくて丸くて可愛いものが好きなのだ。

 ……いつの時代も。




 どこまで飛んだだろう。

 ようやく光の途切れを見つけた私は高度を下げる。

「…ここなら大丈夫かしらね」

 そろそろと小高い丘に降り立つと、念のため人間の気配をさぐる。

 …なんだって大魔女様の私がこんなにコソコソしなきゃいけないのよ。

 ひとえにそれは苦い記憶のせいである。

 人間が、目に見えない存在を信じなくなったせいである。

「あんたらの目に見えないだけで、ここにいるんだっつーの!」

 叫びながら空中から魔女の正装であるローブを取り出し、頭からすっぽりと被る。

 そして手の平に魔力を集め、それを小さな粒状に変える。

 ……私の魔力の結晶、銀色の種に。


「そーれ、大盤振る舞いよ!」

 キラキラと光る魔力の種をガッサガッサと空中に放る。

 種は地面に落ちると、たちどころに地面へと吸い込まれ、その色を失くす。

「枯れてるわねぇ…。花どころか芽も出やしない」

 豊かな大地ならば芽吹くであろう魔力の種。

 私に種蒔きを教えてくれたのは誰だったっけ……。



「それが種蒔きか?見たところただの魔力の放出のようだが……」

「!!」

 突然背中に届いた声に肩がビクッとなる。

「最初に会った時にも言っていたな。種を蒔いたらどうなるのだ」

 声の主など分かりきっている。

 ……真性ストーカーのあの男だ。


「…あんた、いつから尾けてたのよ」

 横目でゼインをチラッと見る。

「いつから?…最初からいたが」

「…は?いや、ギリアムの部屋にいたでしょう?」

「ああ。お前が家に帰らず空をフラフラしていたので追いかけた」

 か…監視…!?

「違う。聞きたい事があって家に行こうとしたら、未確認飛行物体がいたのだ」

「思念を読むな!あと、未確認飛行物体を追いかけるな!危ないでしょうが!!」

 ったく、この男には危機感ってもんが無いのか。


「……んで?聞きたいことって何よ」

 種蒔きの手を止め、ゼインと向かい合う。

 夜闇の中ゆらゆらと揺れる金色の瞳と、指に光る銀色の指輪。

 そして腕に巻かれているのは、彼がトリオに与えた贈り物。……ゼインの魔力を練り込んだ、ゼインにしか作れない特別な時計。

 そう、あの時計は相当にやっかいだ。まさか私が尾けられてることに気づかないなんて。

 それだけ優れた魔力制御機能があるということだ。

 もはや魔封石のネックレスなんて目じゃない。



 ゼインの唇が少し躊躇いがちに開く。


「……聞きたいことは山ほどある。お前は……アーデンブルクの魔女なのか?」


 ……ああ、そのことか。


「そうに違いないとは思うが、なぜ隠すのだ。お前の口振りから察するに、相当高位の魔女だったのだろう?……私の手元に残っている書物には、セルウィンという姓の魔女は出て来ない」


 ほんっと調べ物が得意なヤツだ。

 わかっている。いつかは話さなければならない。

 ゼインがこの地にただ一人残された魔法使いなのだとしたら、その計り知れない孤独の原因は間違いなく私だ。

 けれど………


「……ゼイン、私に弟子入りして良かったと思う?」

 金色の瞳がやや傾く。

「よかったも何も、それを判断できるほどの事はまだ教わっていない」

「まあ、それもそうね」

「けれど、楽だとは思っている」

「ら…く……?」

「それはそうだろう。知らないことがあっても許される。出来ないことがあっても笑い飛ばされるだけだ。……誰にも不安を与えない」

 楽……か。


「あんた頑張って来たのねぇ。あの3人があんたを好きな気持ちが理解できたわ」

「気持ち悪いことを言うな。それにお前の論に従うならば、弟子を大切にするのは当たり前のことなのだろう?」

 …なるほど。

 それを私が違えるわけにはいかない、か。

「わかった。あんたの質問に答えてあげる。でも1個だけね」

「………………。」

 ゼインをちょいちょいと手招きする。

 やや警戒心を浮かべた顔でヤツが近づいて来る。

 こいつの認識では、未確認飛行物体より私の方が危ないらしい。

 相変わらず生意気だ。


「…誰にも内緒よ?直弟子のあんたにだけ特別に教えるんだから」

「…ああ」

 耳元でヒソヒソと囁く。

「…セルウィンは……夫の姓なの。これで満足?」

「お………っと………?」

「そーゆーこと!ほらほらお子様はねんねの時間でしょ?さっさと家に帰りなさい!」

「おっと……?」

「しつこいわねー。1個しか答えないって言ったでしょ!」

 

 何がそんなに衝撃だったのか、固まったままピクリとも動かなくなったゼインをほったらかして、私はネオ・アーデンの夜の大地に蒔けるだけの種を蒔いた。

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