宿題
「ギリアム…ごめんね!ほんっとーにごめん!!」
網から転がり出た私は、ギリアムに土下座せんばかりの勢いで謝っている。腰を90度に曲げて謝っている。
数千年に一度の大魔女の本気謝罪である。
「ああ、いっすよ。船も無事ですし」
「ギリアム………!あんた…なんていい男なの!性格も良けりゃ見た目もワイルド!私があと1000才若かったら……なーんちゃって。1000才なんてねぇ?影も形もないってねぇ?」
「…うす」
あー危ない危ない。
思わず乙女の秘密を暴露するところだった。
「…ゼイン聞いた?ディアナちゃんゼインの倍は生きてるよ」
「ああ。よもや1000年超えとはな…。まるで樹齢だ」
…………バレてる。
「あー…コホン。あんたたち?魔法使いに年齢は関係ないのよ?私は永遠の美少女、ディアナ。誰が何と言おうと永遠の美少女なのよ!!」
「「………………。」」
「姉さん、今は大人の姿っすよ」
「……しまった!」
両手で顔を隠して恥を忍ぶ私をゼインが堂々と無視し出す。
「馬鹿は放っておいて話を進めるぞ。ギリアムの魔力量が増えている。…しかも大幅に、だ」
「…そうみたいっすね。端末で吸収できない分が漏れてます」
「てことはギリアムってまだ成人してなかったってこと?」
「いや、体の老化と魔力の釣り合いは止まっていた。成人していなかったとは考えにくい」
ふーん、なるほど。
3人の話を聞きながら、覆った手の隙間からギリアムを凝視する。
伸びた髪を妖精によって三つ編みにされているギリアムの体は、確かにゆらゆらとした魔力に包まれている。
あの時計が持つ魔力の吸収許容量がどの程度かは知らないが、ギリアムが言うように『漏れている』のならば、確かに魔力が増大したとも言える。
だが私の数千年の研究結果から言うならば、『それは無い』だ。
ショーンにも話したが、魔法使いが獲得出来る魔力量は、誕生時……つまりは胎児の時には決まっている。
今度は嬉しそうにギリアムにまとわり付く妖精たちを凝視する。濡れた髪から粒子を振り撒きながらはしゃぐ妖精……。
私にしてみれば、魔力量云々よりも気になるのはさっきの大雨の方だ。
天候を操る魔法は確かに存在する。
だがそれにはかなり高度な魔法陣が必要だし、無詠唱で、しかもあんなに局所的に発動できるような代物ではない。
……魔力、天候、睡眠……そして、妖精……。
「…というわけだ。ディアナはどう考える」
ゼインが突然無視をやめる。
「んー……ん?私?んーーー…………ん、ん?」
「ニール、背中でも叩いてやれ。こちらの老婦人は喉に何か詰まっているらしい」
「あはは!……ちょっとゼイン、やめてよ。僕は何も言ってないからね?ディアナちゃん、タコ食べる?」
「ゼインは後でシメる。ニールは3日後シメる。タコは食べる」
何かが出て来そうで出て来ない。
非常に気持ち悪い。
「ごめん、少し調べさせて。すぐには出てきそうにない」
そう言うと、ゼインが少し驚いた顔をした。
『お前にも分からないことがあるのか?』
おっと、久しぶりに思念が飛んできた。
だからさー、考え事してるでしょ!?あんたほんっとに空気読めない男よね。
『当たり前でしょ。それに軽々しく口にできないことだってあんのよ』
『…見当はついているんだな。…そうか、よかった』
…はいはい、親バカ親バカ。
「ま、私も宿題をもらったことだし、本格的にあんた達には妖精の駆除をやってもらう」
そう言うとニールから笑顔で質問が返ってくる。
「えー…と、あんた達…に僕も入ってる?」
「当然。ゼインを抜いて、ショーンを加えた3人よ。いいこと?屋敷妖精の駆除は見習い魔法使いのお小遣い稼ぎなの。ここがポイント!今のあんたたちにはピッタリだわ」
「私は……」
「あんたは仕事」
「………不公平だ」
「あんたにこの修行は意味ないのよ」
4匹の妖精がキーキー文句を言う声を華麗に無視し、私は空中から一冊の本を取り出す。
「何すか、その本」
長髪ギリアムが本から目を離さずに尋ねる。
「……教科書。500年前まで魔法使いの学校で使われてた…本物の教科書よ」
「ええっ!?それってすごく貴重なんじゃない!?ねぇゼイン!!」
「ああ。なぜお前が……」
「とにかく!この教科書は生物学の教科書なの!妖精のことも正しく載ってる。あー……その、アーデンブルクの古語は読める?」
ニールとギリアムがお互いの目を見ながら何かを話している。
……仲良しかい。
「僕とギリアムは何となく読めるレベル。ショーンはゼインから英才教育受けてるから問題ない」
「オッケー。じゃ、今日の仕上げをやったら私は帰るわ」
魔法でクルクルと髪をまとめ、後ろ手で首にかけていたネックレスを外す。
その瞬間、体から魔力の風が吹き出す。
目を見開いて固まる3人を無視して、私はギリアムの目の前に立つ。
「ギリアム、あんたにこれ貸すわ」
「え…と、これ…は?」
「…魔封石のネックレス。魔力を抑えてくれるから、うまく制御できるようになるまでつけときなさい」
おずおずと差し出されるギリアムの手に、銀色の五芒星が彫られたコイン大の黒い石のネックレスを乗せる。
ギリアムの手の平にネックレスを握らせ、パンパンッと手を叩く。
「さあて妖精たち、少し静かにしようかしらね」
なんだかんだでずーっと喋り続けていた妖精たちを、元いた1メートルほどの船に乗せると同時に、先ほどギリアムが練習していた防音結界魔法陣を船に描く。
「発動時間の指定とかもできるけど?」
ギリアムの方を振り返りながら言う。
「マジすか?」
「あー……旧暦換算でよければ」
「全然問題ないっす。俺頭の中ではまだ日の出と日の入りで時間把握してますんで」
「ふふ、おっけ!んじゃ夜の間だけ発動するようにしとく」
魔法陣に細かい紋様を書き加える様を、ゼインが食い入るように見ている。
…ふむ、現代時間に直した陣はこいつに作らせよう。
「さてと。んじゃギリアム、約束守ってよ?いい夢みなさい」
一言言い残して、私はその場から転移した。




