妖精と大雨
「ギリアム、考え直せ。お前はまだ若い。何も最終手段に打って出る必要は無いんだ」
「いや、何でゼインさんがここに……」
「最終手段って何よ」
ゼインが飛んで来た。
文字通り高層アパートの窓ガラスをすり抜けて、どっかから飛んで来た。しかもベイビーバージョンでやって来た。
なのに可愛くない。飛翔魔法と壁抜け魔法のダブル技で来るとは生意気至極。
しかも飛んで来たゼインはさっきからずっと訳の分からない台詞を垂れ流していて、はっきり言って邪魔である。
…ついでに言うと、台詞の中身がちょいちょい癇に障る。
「いいか。確かに物珍しくはあるが、中身は怪物だ。決して見た目に騙されてはいけない」
「さすがゼインさんっすね。何でわかったんすか?」
「確かに。怪物ってほどじゃないけど何でわかったの?」
「何の話だ。お前は帰れ!私のギリアムに近づくな!」
「はあっ!?ギリアムに頭下げられたから来たんじゃない!!」
「ゼインさん、姉さんが第一発見者っすよ!帰れはさすがに失礼す!」
「………………なるほど、説明を」
……何しに来た。この男。
「妖精…………」
ほとんど物が無いギリアムの部屋で申し訳程度に置かれたソファに足を組んで偉そうに座り、まるで我が家で寛ぐように書物をめくったゼインが呟いた。
ちなみにめくっているのは呪文で取り寄せた『魔法世界の迷惑生物』とかいうけったいな題名の本だ。
「…善悪の判断基準が人とは異なり、彼らなりの規範に則った行動を取る。大多数は豊かな自然の中で生まれるが、時に古来から存在する遺物や豊富な魔力に晒された物質由来のものもいる。人と同様の倫理観や良心を求めてはならない。見かけても声をかけるべからず。ほう……」
ほう、じゃないっての。
「あんた、妖精見に来たんじゃないの?」
「……似たようなものだ」
「何がよ」
4匹の妖精は興味深そうにゼインを見ては、何やらヒソヒソ話し合っている。
見た目は可愛らしい小人のようだが、妖精は厄介な存在だ。言うことを聞かない。
『おとうさんきたー!』
『おうちくれたー!』
『ひいおばあちゃんしょうわる』
『おいはらって!』
あらカッチーンである。
「……なるほどなるほど?んじゃゼイン、弟子として後の事は頼んだわ」
「は?」
戸惑いに僅かに揺れるゼインを見ながらニッコリと微笑んで見せる。
「あんた子沢山ねぇ?作るだけじゃなくてしつけもちゃんとやらなきゃねぇ……?」
「はっ!?」
「ついでにあそこからガン飛ばしてる金髪も呼んで頑張っておやりなさい」
隣の建物に潜んでいる覗き魔を指で示す。
「やるとは……何をだ」
眉根を寄せるゼインに、大魔女の微笑みを絶やさずに言う。
「駆除」
「!!」
私の微笑みと美しい声に妖精が騒ぎ出す。
『おにばば!』
『くろまじょ!』
『としま!』
『ぶさいく!』
大魔女の微笑みを絶やさずに…… と思ったが、脳の何かがブッチーンと切れた。
「……このクソ妖精が………。来世の目標は立て終わったんかゴルァ!!」
両手に最大級の黒炎を発動。消すならば痛みすら感じる間もなく灰燼に帰す。
いざ4匹に飛びかかろうとしたその時だった。
「姉さんやめるっす!船!俺の船!!」
悲鳴に近い声を上げ、ギリアムが私を背中から羽交締めにする。
「ええい止めるなギリアム!生意気な妖精など消し炭にしてくれるわっ!!妖精に魔法は効かない!?やってみなきゃ分かんないわよ!!」
「な、何のはなし……や…や………やめろーーっっ!!」
刹那、私を羽交締めにするギリアムの体がカッと光ったかと思えば、私の頭上に滝のような雨が降り注いだ。
「……………え?」
ジュワッと消える黒炎、部屋中に降り注ぐ大雨。
呆然とする私、目玉が飛び出そうなゼイン。
そして立ち尽くすロン毛。もとい、急激に髪が伸びたギリアム。
流れる静寂。
煩い4匹の妖精さえ目をギョロギョロさせて口をつぐむ中、それを打ち破ったのは……
「あっれ〜ギリアム髪伸びた?……超局地的大雨?」
お気楽な覗き魔のニールだった。
「ギリアム、端末を出せ」
「…うす」
「…今日使った魔法は?」
「内勤だったんで、転移…3回、転送…6回、それから…ええと、姉さんに魔法陣を習ったんで……」
……やってしまった。
人様の家で火炎魔法なんて非常識……。
私はこの数百年何を学んで来たのだ。
ゼインとギリアムがリビングルーム中央のソファで話し込んでいる。
ギリアムの体に起きた変化をゼインが調査しているのだ。
私は部屋の隅っこで壁を向き、膝を抱えて大いに反省していた。
気分は最悪である。妖精の戯言は無視が一番。分かりきってたはずなのに。
鬼婆、年増、不細工……どれも本当のことだ。むしろそんな言葉はぬるい。だから私は永遠の美少女モードで生きている。
だけど黒魔女は……。
そうならないように、そんな子どもを出さないように、それなりに必死にやってきた。
……できると思っていた。
わかってる。
そんな私の驕りが、過信が、アーデンブルクを滅ぼした。
「……ディアナちゃ〜ん…だよね?」
大いにしょんぼりしている私に、能天気な覗き魔から声がかかる。
「部屋の修復終わったよ。ディアナちゃんも早く服乾かしなよ。風邪って…引くのかな?」
……引かない。
「なーんか色々てんこ盛りって感じ」
てんこ盛り……。
何と何を何に乗せたんだか。
「はぁ〜…世話が焼けるな〜……」
ニールの呟きとともに背中に温風があたる。
「…干しイカ」
ん?
「蒸しダコ…」
んん?
「…カニ、それともエビ……」
き、聞き捨てならん……!!海産物は大好物!!
少しだけ顔を回転し、チラッと横目でニールを見る。
するとニッコリ微笑む青い瞳と目が合った。
「はい釣れたー。正真正銘の美魔女ゲットー」
……やはりこの男もクセ者だったか。
ニコニコ笑顔が放った投網に絡め取られた私は、ずるずる、ずるずると、だだっ広い高層アパートの最上階の床を滑っていくのだった。




