ギリアムは不眠症
「ショーンばっかりズルいっす。えこひいきよくない」
「はー?だってあんたらショーンに教えたカフェラテ、ショーンより早く出せるようになったじゃない」
「あれは画期的だったす。…てそうじゃなくて、俺は知ってるんすよ。ディアナさん…社長にも魔法の修行つけてるっすね?」
「あ…ん?ああ、あんた地獄耳だったわねぇ」
早いもので私がガーディアンに入社して半年が経っていた。
その間私は自称顧問に上り詰めていたが、日々の掃除と雑用はこなしている。
とにかく慈悲深い大魔女である。
そんな品行方正な私なのだが、今朝は一日内勤だというギリアムにハンモックの下から詰め寄られていた。
「地獄の音までは聞こえないっす。でも半径2〜3キロの音は勝手に入ってくるんすよ。んで、悩んでるんす」
「悩み……。何事にも動じなさそうなあんたに悩み。何それ!おっもしろそー!どれどれ、永遠の美少女、そして大地のように広い心のお姉さんに話してみなさい!」
ハンモックから体を乗り出し、ドーンと胸を叩いて見せる。
「お…ねえ……」
「ああん?」
「姉さん」
「うむ。なんだね、ギリアム君」
ギリアムが若者かどうかはさておき、とりあえず若者の悩み、大好物である。
だいたい相場は恋の悩み。ムフフ、さてさてどんな子が好きなのかな〜?
「眠れないんす」
「あー、そうよね。よくある症状だわ」
「気になって気になって、気づけば毎日朝なんす」
「まあっっ!!重症ね!重症!それでそれで?」
「眠れる魔法教えてください」
「ん〜…ん?」
「音が気にならなくなって、眠れる魔法教えてください」
「……………つまらん」
果てしなくつまらん。
「人が真剣に悩んでるのに随分っすねぇ。いいんすか?バラしても………」
ギリアムの目が据わる。
「バ、バラす…?あんた何て恐ろしい事を…!やっぱりアレなの?海賊だった頃は首切ったり大砲に詰めたり目隠しして海に突き落としたり……」
「そっすね、一通り……ってアホかい」
「!!」
ギリアムが……心を開いた……?
「そうじゃなくて、バレたらゼインさんが激怒するような秘密の話っす」
「何よー?私は別にバラされて困るような事ないわよ。清廉潔白な会社員だっつの」
ギリアムが白けた目を向ける。
「へー……?そう言えば不思議なんすよね、入り口ゲート。姉さんが60階に出勤してから音が鳴るんすよね。……何ででしょうね」
こ、こいつ…!どんだけ地獄耳なのよ!!
これでは私が自宅からここまで転移していることがバレてしまう!!
とっくの昔に通勤に飽きて遠隔操作魔法でIDだけゲートを潜らせてることがバレてしまう!!
「わーかったわよ。ホレ、耳栓」
空中から取り出した耳栓をギリアムに渡す。
「………なんか違う」
「冗談よ。そうねぇ、あんた普段どこで寝てんの?家あるの?それとも船……」
「足洗って250年経つっす。普通にアパート暮らしっすよ。なるべく静かな場所を選んだんすけどね」
「…ふーん?んじゃ今日あんたんち見に行くわ。環境を調整すべきか、自己魔法が必要かはそれ見て考える」
私がそう言えば、ギリアムがガバっと頭を下げる。
「よろしくお願いするっす!」
眠たいのに寝れないのは地獄だからね。
あ、ほらやっぱり地獄耳なんじゃない。
とまあそんなこんなでお宅訪問!なわけだが……。
「な、な、な、なんじゃこりゃ〜!!!」
「なんじゃって…普通のアパートっすけど」
「ふつ、ふつうだぁっ!?普通!!はぁっっ!?」
訪れたギリアムの部屋のなんとまぁ広いこと!!
広いだけじゃない。ガーディアン・ビルとまではいかないが、超高層ビルの最上階ワンフロアが全てコイツの部屋と来たもんだ。
「何で顧問の私を差し置いて、あんたがこんな暮らししてんのよ!!」
「顧問……?よくわからんすけど、高いとこの方が周りの音が入って来ないんすよ。ここなら隣に誰も住めないし、下の階も買い上げたんで平和に眠れるはずだったんすけどね。はぁ……」
「し、下の階………」
開いた口が塞がらないとはこういうことか。
信じられん……!
私なんてあの極狭のアパートだって渋々しか借りられなかったっちゅーのに!!
「……許せん。許せ〜ん!!」
とりあえず人の家で地団駄踏んでみる。
「んなこと言ったらゼインさんなんてこのネオ・アーデンで一軒家に住んでますよ。まぁ、ショーンが間借りしてるっすけど」
「一軒家ぁ!?くっそ生意気!!何なのあの男!!」
「…社長っすよ。世界的大企業の」
何なんだこの世界は!!金か!?金なのか!?あんな使い道のわからんもののどこに価値があるっつーのよ!!
「プリプリしてるとこ悪いんすけど、俺ここでもやっぱり人の話し声が聞こえるんす。もう…頭おかしくなりそうで」
「ああん?…人の声?」
だだっ広い割に、家具もほとんどない、がらんどうに近い部屋の中で耳を澄ます。
……無音。
というか恐ろしいほど静かである。
「…美少女モードじゃ駄目ね。よっこいせっと」
体内の魔力量を増やすため、私は大っ嫌いな火炙り魔女モードに戻る。
「ね…ねえさん?」
「…何よ」
「なんすか、その姿……」
「はぁ?…あぁ、あんま見るんじゃないわよ。女の素顔見て動揺してちゃフラれるわよ」
「素顔ってレベルじゃ………」
「しっ!静かに!」
魔力を聴覚に集中し、部屋の中で耳を澄ます。
『ねぇねぇ、まじょいる』
『ほんもの?いきてた』
『あかげのなかま?』
『ひいおばあちゃん?』
………いる。
完全に何かとんでもなく失礼な生き物がいる。
というか………
「そこだーー!!」
バターンとリビングに備えつけられたコレクションボードの扉を勝手に開く。
「………お前らか。失礼な生き物は……!!」
開け放った扉の中には、木組みの模型の中で震えながら私を見上げる4匹の妖精がいた。




