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カフェラテの魔法

「いえ、その、何となく!何となく、ディアナさんの言葉を聞きながら呪文を唱えてみたんです!」


 ゼインの興奮は凄まじいものだった。

 自分が呪文無しで物質を再現した事よりも、ショーンが時計に頼らず、自分の口で唱えた魔法が発動した事が相当嬉しかったらしい。

「ショーン、よくやった!本当によくやった!」

 まるで幼い子どもにやるように、ショーンをぎゅうぎゅう抱きしめて、いつもの無表情はどこへやら。

「ちょ、ちょっとゼインさん!恥ずかしいですって!」

「何を言う。今日は祝いをせねばならん。最高級のレストランを……」

「やめて下さいっっ!…もう、本当に勘弁して……」

 何となくそうだろうと思ってはいたが、ゼインは想像以上に親バカだった。


「ディアナさんからも何か言って下さいよ!」

 困り切ったショーンが私に助け舟を求める。

「そうねぇ、親の好意は素直に受けとくもんよ。とは言え、他の魔法はまだ出ないんでしょ?」

「ええ…はい。経験と想像…でしたよね。まだ色々と足りないんだと思います」

 こらゼイン、子どもの方が冷静だぞ。

「いや、これが呼び水となるはずだ。〝全くできない〟と〝一度でもできた〟その差は大きい」

 まあ……そんなもんかもね。


「そんじゃ、今夜はゆっくりお祝いでもしておやり。どうする?思わぬ修行の成果が出たけど、例のアレ…必要?」

 私がそう口にすれば、ショーンが勢いよく応える。

「もちろんです!それが本来の目的です!すごく難しいんです。専用の呪文が無いから……」

 なーるほど。そうだったのか。

 ゼインの魔法コレクションにもなかったか。

 そりゃそうだわな。魔法使いがせっせと呪文集を作った時代にはカフェラテなぞ無かった。


「ゼイン、私には時計の仕組みがわかんないんだけど、この子たちはどうやってカフェラテを出してんの?」

 そう問えば、ゼインがショーンの肩を抱いたままややこしい説明を始める。

「簡単な話だ。端末には一時保存機能を付けている。複合魔法を作る時に便利だと思ってな。カフェラテは6つ…甘くするなら7つの工程が必要だ。一つ目でコーヒーを出し、二つ目で濃度調整……」

「ああハイハイ、もういいわ。よくわかった」

「…聞いてもいないのにか」

「あんたって……頭いいんだろうけど、なーんかアホくさいのよね」

「なんだと」

 いや、頭は確かにいい。だけどねー………。

「複合魔法に辿り着いたんなら、自分で呪文作りなさいよ」

「……は?」

「は?ってあんた……まぁいいわ。あんたの修行の着地点がわかった。とりあえずカフェラテね。うーむ………」

 

 確かに時計を操作してカフェラテを出すのは相当面倒くさい。ニールやギリアムの言ってたことは間違ってない。でもこの子らにとってはゼインの贈り物こそが命綱……。

 とにかく明晰な頭脳をフル稼働して、生意気な弟子と美少年魔法使いに施す修行内容を脳内で仕上げる。


「……完璧。整ったわ」

「は?」「え?」

 同時に私の方を見る親子を右手で宙に浮かべ、左手で出したベンチに座らせる。

 草原にはブランコかベンチ。鉄板。

「……ゼイン、それからショーンよ。コーヒーの呪文を唱えてみたまえ」

 私がそう口にすれば、二人が目を見合わせたあと声を揃える。

「「……『朝でも夜でも手にはコーヒー』」」

「………大・正・解っっ!!」

 叫びながらカッと目を見開き、ショーンをビシッと指差す。

「ショーン!!呪文はどうやって覚えたの!?」

「は、はい!ゼインさんが毎朝コーヒー飲むんですけど、端末を作る前は呪文で出してたから覚えました!」

 ふむふむ。

 

 今度はゼインの眉間をドビシッと突き刺す。

「あんた!コーヒーの呪文の術式を言ってみなさい!」

 ゼインが目をパチパチする。

「……術式」

「術式も知らずに呪文を時計に入れたとかそういう破門真っしぐらな行いをまさかよもややったりやらなかったり……」

「ま、待て!…デルアト カサ コンサルトレ アント ナミアレド……」

「カーーーット!!」

 ちゃんと覚えてそうな雰囲気を察してゼインの言葉を遮る。

「……聞いておいて随分な態度だなぁおい」

 

 ヒクヒクと口元に青筋を浮かべるゼインを無視し、指を鳴らして黒板を取り出す。

「ショーン、今あんたの性格の悪い父親が言ったこと分かった?」

「おい」

「ええと、呪文が出来る前の段階…ですよね。呪文はそれを構成する術式の集合体だと習った気が……」

 ショーンの言葉に今度は私がパチクリする番だった。

 あれ?てっきりゼインは過保護だから、とことん弟子を甘やかして来たもんだとばかり……。

「その通りよ。ショーン、このコーヒーの呪文は炒り豆、粉砕、湯沸かし……てな具合に沢山の術式が組み合わせて作られている。術式の構成が完璧で、誰が唱えても同じ成果が得られるようになった場合、作者はそれに名前をつける。これが呪文の作り方」

 

 黒板にいくつかの術式を書きながら説明すれば、ショーンだけじゃなくゼインも頷きながら聞いている。

 そしてポソリと呟いた。

「……なるほど。構成術式自体に手を加えれば新呪文ができ、成果物のみの差異ならば〝経験と想像〟の範疇ということか」

「ま、そゆことね。事はそう単純じゃないんだけど、理解としては合ってる。そーこーでよ!ショーンは今ミルクの書き換えに成功したでしょ?」

 ショーンがこくりと頷く。

「だったらコーヒーも同じように書き換えちゃいましょ。カフェラテに使うコーヒーは濃いめだから、それを舌と脳で覚えんのよ!」

「……え゛」

「にっがーいコーヒーとおいしいミルクが時計の中で組み合わせられれば、あとは『天使か悪魔か白きもの』で甘さを足せばカフェラテの完成じゃない!」

「……う………で、ですね。苦いコーヒーがんばります」

「うむうむ!」

 ……なーんてね。

 めちゃくちゃ強引なんだけど、タカタカポンポンの裏にあるのは、昔の魔法使いの汗と涙の結晶なんだって知ってくれりゃいいのよ。

 

 コーヒー道具一式を準備するショーンの背中を見ながら、今度はゼインに話しかける。

「あんたは新魔法の方やるのよ」

「……え」

 ゼインの顔を見ずに続ける。

「カフェラテなんていう見通しのついた魔法なんかじゃつまんないでしょ?」

「い、いや別につまらなくは……」

 私がつまんないんだっつーの。


「ソフトクリーム」

 ゆっくりと目だけをゼインの方へ動かしながら言う。

「ソフト……クリーム」

 ゼインが眉根を寄せる。

「そう。あの時代には影も形も無かったお菓子。まさに新時代の魔法使いに相応しい呪文」

「…………新時代の…呪文」

 神妙に呟くゼインに心の中で爆笑しながら言う。

「頑張んのよ、大魔女ディアナ様の弟子!」

「!!」

 見開かれる黒い瞳を見つめながら思う。

 

 …しめしめ、成功すればソフトクリーム食べ放題。

 

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