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OJT

「つまりゼインとトリオが顔面真っ青で仕事してんのは、魔法使いに貧乏暮らしさせないためってこと?」

「さすがはディアナ様、実に明朗な表現でございますね。仰る通りです。そのためにガーディアンには理念を支える二つの活動指針があるのです。隠れ生きている魔法使いの発見に繋がるか、社会的地位向上のための資産の蓄積に繋がるか……」

「ふーん……。『魔法使いが当然に権利を行使できる世界を創る』ねぇ……」


 私とトラヴィスは、期初会議で言われた通りナナハラに向かっている。

 正確にはナナハラの中心にニョキっと佇む、アラタカ山に…だ。

 前回はトラベル世界地図で転移したあと空飛ぶ車で移動したとトラヴィスに言ったところ『ぜひ私にも貴重な体験の機会をお与え下さい!』とか何とか煩いので、前回と全く同じルートで向かっているのだ。


「崇高な志ですよね。ゼイン様のお力ならば、人間を意のままに操る事など容易いでしょうに……」

「いやいや、操ってるでしょうが。人間どころか大魔女で超偉い師匠の私を顎先で操ってるでしょうが!」

「ふふふ、仲が良くていらっしゃいますね」

「はあっ!?あんた目と耳ついてんの!?」


 前回と違うところと言えば、ピンクのオープンカーの運転席に座っているのがトラヴィスで、その彼の手により一番大事なポイントであるはずの空き缶が取り去られたことだ。


「ではディアナ様、ここで問題です」

「よ、よし来た!」

「今でこそガーディアンは世界中で多角的に事業展開をする大企業ですが、設立当初の主軸事業は何だったでしょうか」

「ふむ……?これまでの話を総合すると、ほぼ確実に世界征服」

「……………ふふふ?」

「…………護衛船事業」


 前回と違うところがまだあった。

 私はトラヴィスから『導入研修』なるものを受けているのだ。

 単語の響きを聞いた時には虫を口から導入する修行でもさせられるのかとビビったのだが、なぜか後輩社員であるトラヴィスから『ガーディアン設立の理念』なるものを聞かされている。

 トラヴィスはゼインからブラックIDを貰う時に、この辺りについて懇切丁寧に説明を受けたらしい。

 ……どういうことだと問い詰めるべき事案だろう。

 


「見えて来ましたね」

 トラヴィスの声で前方に視線をやれば、確かにぼんやりとだが雲に覆われた岩山が目に映る。

「ディアナ様、高度を上げます」

 返事をするより早く、トラヴィスがオープンカーに一気に魔力を注ぐ。

 このオープンカーは私の想像力で具現化した、要するに空箱に近い物体であるため当然ながら魔力操作で動かす……のだが。

「は……はやーー〜〜っっ!!」

 ゆるゆると空を飛んでいた空箱が突然猛スピードで宙を駆け上がり出したのだからたまったものじゃない。

「か、髪っ!か、かお、あばばばばばっっ!!」

 おそらく今私の顔面は、宇宙一ブサイクな生物のイトコあたりになっている。

 

 

「ディアナ様、下をご覧ください」

 空を爆走していたオープンカーがようやく水平に止まった時、トラヴィスが涼やかな顔をこちらに向けた。

「…………し、した……ウプッ」

 酒など飲んでいないのに込み上げてくるナニかに口元を押さえつつ、車体から身を乗り出す。

「ここからはOJTに入らせて頂きますね」

「おーじぇい……例のヤツ」

「ええ」

 めちゃくちゃ爽やかにニッコリと微笑むトラヴィスをじーっと見る。

 何となくだが、双子が彼にビビりまくっている理由が分かって来た。

 ……ついでに言うと、何で髪型が崩れないんだろう。

 

「私の場合、調査の第一歩は必ず頭の中に入っているイメージと実物をリンクさせる事から始めます」

 運転席に座っていたトラヴィスがフワッと移動し、私が座る助手席側の扉の外に直立で浮かぶ。

「国、都市、街…調査の単位は色々ですが、小さな建物内の調査でも、必ず最初は建物全体を上空から確認するのです」

 何となくおーじぇいは新たな修行のような気がした私は、ギリギリ卒業した見習いの経験を活かしてペンと紙を取り出す。

 魔法が使えなくて小難しいマニュアルに苦労したあの頃の私とは違うのだ。

「ふむふむ。理由は?」

 メモを書き書きトラヴィスに尋ねる。

「ふふ、理由は色々ございますが、第一に逃走ルートの確認ですね」

「……………………。」

 大したエレガントだ。



「さて、今回期初会議でゼイン様から受けた指令についてです。私どもはこのたび先遣調査を任されました」

「せんけん…調査?」

 ゼインの口からそんな単語が出ただろうか。

「はい。まずは私どもが下調べをした結果に応じてゼイン様が追加調査の有無を判断されます。問題解決のために必要な情報が出揃ったら、適切な人員を割り出し部隊を編成されるのです」

「……へぇ〜」

 めんどくさ。


「…ってちょっと待ってよ。部隊の編成も何も、私ら6人……いやマカールも入れていいんだったら7人?しかいないじゃない。パッと行ってパパッと解決すれば……」

「いいえ」

 トラヴィスが首を横に振る。

「ゼイン様が動かす人員には、人間の社員も含まれます。実のところ古代竜討伐の裏でも大量の人間が動員されたのですよ」

「マ……マジで?人間も竜討伐に関わってたの?」

「はい。とは言っても完全に統制された情報の中で…の話ではございますが」


 開いた口が塞がらない。

 つまり何?ゼインたちは魔獣なんかを倒しながら人間にもアレやコレや指示出したり働かせたりしてるってこと?秘密を守りながら?

 それって……

「めちゃくちゃ大変じゃない!!寝る暇あんの!?」

 いや、これはもう失言だ。答えなど聞かなくても分かる。

「………アイツ、ほんとに超忙しいんだ」

「……ええ。ですから皆様の負担を減らすためにも、下調べはとても大切なのです」

「…………………。」


 私はちゃんと分かっていなかった。

 旅に出て魔法使いを見つけ続ければ、またあの頃のような世界が訪れるのだと簡単に考えていた。

 忘れてはいけない。ここは人間が支配する世界なのだ。

 この世界で魔法使いが堂々と生きていくためには……ああそっか、ガーディアン設立の理念……。


「……なんか私、もう少しちゃんと働くべきね。弟子の苦労も知らずに……」

 と口にしたところで、なぜかトラヴィスの顔が苦痛に歪む。

「………ディアナ様を賃労働に従事さているこの状況を祖父に知られでもしたら私は有肺類のプールに沈められ二度と己の肺で呼吸する事はかなわない事態だというのにこれ以上の負荷など……」

「え」

「……ですがディアナ様が運命の弟子であるゼイン様と行動を共にされるためにはどう贔屓目に見積もってもディアナ様の方にご苦労頂かねばならないこの手詰まり感……!」

「は?」

「という訳でディアナ様のスキルアップを誠心誠意お手伝いさせて頂きます」

「……………………。」

 という訳でちゃんと働けと言われたことだけは分かった。




 とりあえず宇宙からの盗撮写真と実際のアラタカ山を見比べたあと、私たちはミニ竜が暮らしていた巣穴付近へ降り立った。

「ここでナナとハラを捕獲したのでしたよね」

「そうそう。あの頃のトリオはほんっとヒヨコも同然でねぇ。縮小魔法が成功した時なんてピョンピョン飛び跳ねて喜んじゃって……」

 もはやそんな時期があったのかどうかも思い出せないぐらい、あの3人は超スピードで成長している。特に魔法使いとしての精神面で。


「この時代に魔力を顕現されたのです。あの御三方はあえて強くならないように無意識に力を抑えていらっしゃったのでは?」

 トラヴィスが面白い事を言う。

「なるほどねぇ……。いや、そっちは明らかに過保護のせいなんだけど、回り回れば私のせいでもあるわけで……ってそれは置いといて、今あんた良いこと言ったわ。〝この時代〟てとこ」

 ナナとハラが暮らしていた横穴を見上げながら言う。

「ショーンが竜を見つけたっていう報告を聞いた時ね、私の頭の中にも同じ事が浮かんだの。『この時代に?』って。……やっぱり確かめておくべきだった」

 あの日、ミニ竜を捕獲したあと本当は巣穴を覗きたかったのだ。

 でもあの時はショーンを何とかする方が先だと思った。

「トラヴィス、私に調査のやり方を教えてちょうだい」 

「畏まりました」

 私たちは竜の巣穴へ向けて飛び立った。




「……光玉」

 薄暗い巣穴の中を照らすため、周囲に光の玉を浮かべる。

「松明の方が雰囲気出るけど、両手空けときたいから」

 そう言えばトラヴィスがクスッと笑う。

「確かに。足下お気をつけ下さい」

 コクッと頷いて、トラヴィスの背を追う形で暗がりの中へと足を踏み出せば、靴底からはやや湿り気のある土を踏みしめるグッグッという音が鳴る。

 感じた違和感はすぐに記録するようにトラヴィスから教わったので、私は『巣穴の中はなんか臭い』と書いた。


 背後の入り口が全く見えなくなった頃、前を行くトラヴィスに声をかけた。

「やっぱり感じ取れるような魔力は無いわね」

「ええ。ですが……魔力があるとしか言えないものが私の目に映っております」

「えっ!?」

 声を上げながら慌てて光玉の数を増やし、歩みを止めたトラヴィスの隣に並ぶ。

 目の前にはナナとハラが寝床にしていた痕跡が残る洞窟の最奥。

 そのくり抜かれたような空間の壁際に積まれたものは……

「ほ、骨!!………まさか人間の……」

 こ…れはもしやナナとハラを殺処分しなきゃならない展開なのでは……。


「…ご安心を。動物の骨ですから……と言いますか、あの…少々失礼します」

 トラヴィスが申し訳無さそうに私の顎に手をかけ、ググッと視線を下に下げる。

 そこに広がっていたもの。

 あまりにも久々に目にするものに目玉がビヨンと飛び出る。

「は…は…花!魔法花!!」

 バッと地面にしゃがみ込み、色とりどりに花を咲かせた魔法花に鼻先がくっ付くほど顔を寄せる。

「……やはりそうですよね」

 トラヴィスも隣にしゃがみ込む。

「同じ場所に咲く同種の花……。ですが花弁の色に統一性がありません」

 頷きながら顔を上げ、光玉を地面すれすれまで下げる。

「一輪の花の中に青、赤、黄…紫に白……の花びら。珍しいわね」


 魔法花はその名の通り魔力を吸収して花を咲かせる。

 注ぐ魔力の属性を反映して色が変わるため、ほとんどの師匠が四大属性強化の修行に取り入れていたのだ。

「サンプルを採取しましょう」

 言いながらトラヴィスがスッと手袋をはめ、細長いガラス瓶のようなものを取り出した。

「え、何それカッコいい」

「試験管です。分析をした方が良さそうなものは、こうして採取して持ち帰るのです」

「へ〜!!」

「やってみられますか?」

「イエース!!」



 トラヴィスに教わりながらナイフで地面をえぐり、土がついた根っこごと魔法花を試験管に押し込んでいく。

「ちょっと私ってば今流行りのリケジョってやつなんじゃない!?デキル女っぽくない!?」

 調子に乗りながら5本目の花を試験管に納めた時、トラヴィスが顎に手を当てながら呟いた。

「……ディアナ様、これらはニール様の目に映った〝玉虫色〟が魔力を示すことの証拠になりませんか?」

「……は?」

「我々の目には映らないけれど、そこにある魔力……」

「………!」

 思わず息を飲む。


 トラヴィスの言わんとする事は理解できる。

 ここにある魔法花は、原始の魔力を吸収したのではないかと言っているのだ。

 だとすれば、見えないはずの原始の魔力を可視化することができるという大発見なのだが……。


「トラヴィス」

「はい」

「あんたたち、ここに原始の魔力があるってことに当たりを付けてたんでしょ?このスーツ、〝打消し〟の効果が付いてる」

 そう言うとトラヴィスが目をパチパチした後、『なるほど……』的な顔をした。

「ディアナ様のおかげで、ようやく私にも支給されたスーツの意味が分かりました。仰る通りです。実は二週間ほど前にその可能性に行き当たったのです」


 はぁぁ……っと一つ溜息をつく。

「……トラヴィス」

「…何でございましょう」

 何かを感じ取ったらしいトラヴィスが、やや不安気な視線を寄越す。

「……ベネディクトは大事なことを教えなかったみたいね。いいこと?原始の魔力が〝ただそこにある〟なんて状況は有り得ないのよ。原始の魔力は何から生まれるの?形を留めるためにしなきゃならないことは?」

「─────!!」


 視線を下げ、着ているスーツから感じる腹黒な魔力に呼びかける。

「………あんたはそこまで分かってんのに来なかったってわけ……?」

 そう、ゼインは自分の魔力を留めるために、このスーツに〝(しゅ)〟を込めた。

「………ふふふ?あんたもゼインも、帰ったらお仕置きね………?」


 ピキリと固まったトラヴィスににっこり微笑みかけ、私は足下の魔法花に目を落とす。

 原始の魔力が形無いまま存在するという状況が示す事実はただ一つ。

 魔力の発動者が生きているのだ。

 とても強い魂の魔力持つ者が。

 

 ボロボロのプリンセス……。

 きっと私の同族である彼女は、花を咲かせるほどの強い感情を……消えることの無い強い感情を抱いたまま、この場所にいる。

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