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期初会議

「……ねぇ、ゼインの様子…どう?」


 久々に乗ったトラヴィス運転の車がガーディアン・ビルへと近づいて行く気配を感じて、おそるおそる尋ねてみる。

「え?……ゼイン様……はいつも通りでございますよ?」

 鏡越しにトラヴィスが目をパチパチしている。

「……いつも通り………」

「ええ。いつも通りテキパキとお仕事をこなされています。最近は纏う雰囲気が穏やかになられましたよね。ギリアム殿の件が少し落ち着いたからでしょうか」

「……………穏やか」

 

 

 私以外には穏やかな顔を見せているらしいゼインが、私とだけ口をきかなくなってから早二週間。

 その間にギリアムが水晶の城を出て自分のアパートに帰っていった。

 けっこうあっさりと。

 自分の魔力増強で手一杯のため双子の世話は出来ないという話になり、うるさいあいつらを置いて行った。

 かなりあっさりと。

 

 その代わりと言っては何だが、トラヴィスが水晶の城に部屋を持つ事になった。

 仕事から帰ると浪人生相手に家庭教師とかいうものをやりつつ魔法の基礎訓練を付けている。

 私の前では決してそんな素振りは見せないが、マジでトラヴィスは厳しいらしく、リオネルいわく〝スーパー鬼家庭教師〟っぷりを発揮しているらしい。

 もうこのまま双子はトラヴィスに弟子入りさせる方向でいいと思う。



 そんなこんなで皆がそれぞれバタバタしている中、私は仕事を堂々とサボっていた。

 給食センターでの見習いを卒業して以来、巨大クマムシに変身する以外の仕事はしていない。

 ゼインから次の指示が来ないどころか、口すらきかないのだからこれでいいのだ。

 ……と思っていた今朝のこと、トラヴィスがいつものようにキッチリとしたエレガントスーツを着て私の部屋へとやって来た。

 なぜかその手に、女性ものの真っ黒なパンツスーツとかいうものを持って。


「………なーんでこんなにサイズピッタリなのかしらねぇ………」

 窓の外を見ながらポソリと呟く。

 大魔女としては裸を見られても気にならないが、一か所だけどうしても知られたくないサイズというものがある。

 それはズバリ、大女の代名詞である足の……

「ゼイン様がレディ・クラーレットに特注されたようですよ」

 トラヴィスはギリアムに負けず劣らず耳がいいようだ。

「……アレクシアか。アレクシアならいいわ。あの子の方が足大きいし」

「え?」


 しっかしスーツというのは堅苦しい服だとばかり思っていたが、意外と伸縮性に富んでいる。

 パンプスとかいう靴も、ルビーの靴より遥かに歩きやすい。

 車の後部座席で立ったり座ったりしながらブツブツ呟いていると、耳のいいトラヴィスが応える。

「そちらは人間社会では未発表の新素材で出来ているそうですよ。何でも絶対零度でも凍らず、150度の高温にも耐えうるのだとか」

「…………………。」

 なんかブサイクの(もと)で出来ている気がする。




「ほほう…?車たちは地下で暮らしてる……とな?」

 到着したガーディアン・ビルの正面玄関の真裏には、車が地下に吸い込まれる不思議なエレベーターがあった。

 乗ったまま地下に行きたいと言ったのだが、トラヴィスが無言で首を横に振り私を車から降ろした。

「そうなのです、ディアナ様。地下は車たちのプライベート空間なのです。仕事が終わってようやく軽く一杯…と思った矢先に取引先が訪ねて来たらお嫌でしょう?」

 ……そんな経験は全く無いが、トラヴィスはお嫌なのだろう。


「……ふーん?本当にそれだけ?」

 聞けばトラヴィスが首を傾げる。

「ええと…ネオ・アーデンでは地下の開発に相当な制限を受けるらしく、ほとんど申請が通らないはずですよ?駐車場以外には……」

 似たような話はショーンからも聞いた事がある。

 つまりはアレだ。

「だーかーら、それってゼインが決めたんでしょ。あの腹黒大詐欺師のことだから、人間相手に隠し事してるに決まってんじゃない」

「……あ」

 トラヴィスに耳打ちする。

「……ちょっと地下に潜ってみない?」

 するとトラヴィスが固まる。…数秒だけ。

「だ、駄目でございます!今朝は全員参加の期初会議です!ブラックID保有者は全員出席という厳命が……」

「どこの生意気が私に厳命しようってんのよ。…てかさ、あんたも気になってるでしょ?……ゼインの秘密」

「………ひ、非常に胸躍るご提案ですが、駄目でございます」

「ぶー。けちー」

「け………」



 結局口説き落とせなかったトラヴィスにやいやい文句を言いながら、従業員専用エレベーターで59階へと上がる。

 内廊下を行き止まりまで進み、頭上の機械の声を聞いた時だった。

『……IDトウロクナシ。ニンショウフカ』

 ……は?

 振り返れば後ろに立つトラヴィスと目が合う。 

 どゆこと?

 さあ…という仕草でトラヴィスが首を傾げる。

 数歩後ろに下がって、再び半透明のスモークガラスに突進する。

『……IDトウロクナシ。ニンショウフカ。シンニュウデキマセン』

 ……登録なし。

 ああ…そう。

 ふーん………。


「トラヴィス!」

「はい!ディアナ様!」

 腰に手を当ててふんぞり返る。

「クビになったわ!」

 トラヴィスが目を見開く。

「そ、そのような筈はございません!何かの間違いでございます!ディアナ様を解雇するなど…」

 ビシッとスモークガラスを指差して叫ぶ。

「通れない!IDの登録無いって!……呼び出しといてこの仕打ち……帰るわ!」

「な、何と……!では私もお供しま…」

 元来た廊下を戻ろうとする私と、それに続こうとしていたトラヴィスを大声が追いかけて来た。

「そこの2人、待ったー!!」

 くるッと振り返れば、そこには真っ青な顔のニール。

「待って!待って待って待って!!待って!!」

 ……うむ。クビになる前は副社長だった男に免じて待ってやろう。




「馬鹿者、お前が悪い。ニールに謝れ」

 ひっさびさに口を開いたと思ったら、ゼインからの突然の謝罪要求にムカつくことこの上無い。

「なーんで私が謝んのよ!!謝るのはむしろそっちでしょ!?」

 先ほどまで不正侵入のアラートが鳴り響いていたという60階で、トホホな顔をしたニールをゼインが庇う。

「喋れるなら喋れるっていいなさいよね!私がどれだけ……」

「お前、新しいIDを貰ってから一度も正規ルートで出勤していないだろう」

 こ、こいつ、私の教育的指導をスパッと遮り……正規ルート?

「……………まさか」

 いや、正にそのまさか、ではあるが。

 入館ゲートを潜った記憶はほぼ無い。 


「一定期間内にシステム認証を受けなければ登録が自動抹消される」

 ゼインがピクリとも表情を変えずに淡々と喋る。

「それって……クビってことでしょ?」

「社内融資の担保は城が立っているあの土地だが?」

「は…はあ……?」

 自席から立ち上がりスタスタと会議机に向かうゼイン。

 意味わからん上に……ムカつくこと……この上ないっっ!!




「皆さん揃われましたね。それでは期初の全体会議を始めます」

 いつの間に出勤して来たのか、そしてうぇぶ参加はもういいのか、会議の進行をショーンが行う。

「前年度はお疲れ様でした。先期は我々魔法使いにとって大きな節目となる出来事がたくさんありました。主な活動内容と成果は資料に纏めてお配りしたと思いますので、ご質問等あれば挙手お願いします」

 ショーンの言葉に皆が手元のタブレットを指で動かし軽く首を振る。

 私は何もお配りされた記憶は無いが、お配りされたところで読まないだろうからとりあえず首を振る。


「今日は先期からの継続案件と、今期からスタートする新規事業について情報を共有させて頂きます」

 ショーンが例のテレビっぽい物体を起動した後着席する。


「で、ではまず私から……」

 よく見れば来ていたらしいマカールが立ち上がる。

「え〜…と、皆さまも昨年の国際会議で漁獲量規制が強化された事は聞き及びだと思いますが、それを受けてD&A社の当面の生産目標を修正する必要が…ええと……」

 何を言っているのか分からないマカールの話をギリアムが遮る。

「資料ではマイナス11%になってるっすよね。ちょっと乖離が大きくないっすか?」

「そ、そうなのです。二大ターゲット国はいずれも主菜を魚としておりまして、オスロニアだけでは賄えず……」

「ネオ・アーデンとサラスワの枠を融通しても難しいんすか?」

「ええ……。そもそもネオ・アーデンは自国分だけでもギリギリですので、調達ラインに組み入れるのも微妙かと……」


 ストンと着席したマカールが、不安そうに目玉だけ動かしてみんなを見る。 

 というか主にゼインの方を見ている。

「……分かった。培養タンパク質での代替が不可能なのだから仕方がない。…だが修正値については再計算だ。この後残れ」

 うわー……ゼインこわ。

 何言ってるか分かんないけど、ゼインこわ。

 マカールの顔から血の気引いてるじゃん。



「んーと、じゃあ次僕からね」

 どういう順番なのか、今度はニールが立ち上がる。

「今期から僕らの活動は大きく形を変える事になる。早い話、より効率的な動きが可能になるんだ」

 効率的……ふむふむ。

 魔法もそうやって発展して来たからその辺は全く問題ない。

「新型魔力感知システムが映し出した画像はみんな確認できてるよね」

 ……は?

「かなり細かいデータで読み取り辛かったと思うんだけど、特に注目して欲しいのは……ここ」

 言いながらニールがテレビの方へと移動する。

 そしてそれと同時に画面に映る世界地図。

 ……まるで絵の具をぶちまけたような、何色もの色が散りばめられたキラキラと光る世界地図……。

 

 魔力感知して作った地図……?

「ニ…ニール、まさかこれ、全部魔力ってこと!?」

 会議中は静かにしなければならないのだが、あまりの衝撃に口が勝手に喋り出す。

 ニールが少し微笑んで、軽く首を振る。

「……まだ断定は出来ないんだ。現状では僕の目に映る様々なものを片っ端から再現した()()だ。もしかしたら魔法使いが残した遺物の痕跡かもしれないし、妖精や小人なんかがいるのかもしれない。……でも、この地図上のどこかに魔法使いがいてくれる事を願ってる」

 ニールの言葉に全身が震え出す。

 まさか…まさか世界にこんなにたくさんの魔法使い探しの欠片が残っていたなんて……。


 何かを話しているニールの声を意識の遠くで聞きながら、私は世界地図を凝視する。

 ……海が一番色が多い。そうね、海にはまだ魔力がある。

 その海の上で様々な色の渦がとぐろを巻きながら動いている。

 その渦の端から世界中に色が広がって……


「……という訳で、この国の異質さは理解してもらえたと思う」

 ハッと正気に戻れば、ニールが手元のタブレットを操作して画面上の一か所を点滅させ出した。

「この場所、本当にこの場所だけ、僕の着色技術では表現出来なかった」

 思わず眉根が寄る。

 ニールが点滅させるその場所に、見覚えが無いわけがない。

「ナナハラ…」

 小さく呟いたショーンの方へ視線をやる。

「そう、ナナハラだ。ナナハラのこの位置、もうみんな分かってると思うけど、僕らが初めてディアナちゃんに修行をつけてもらった場所で……」

「……ミニ竜…ナナとハラを捕獲した場所……すね」

 ニールとギリアムの言葉に再び眉根を寄せる。


「ニール様、先ほどご自身の着色技術では表現出来なかったとおっしゃいましたが、現状玉虫色で表現された理由をお尋ねしてもよろしいですか?」

 スッと手を挙げてトラヴィスが質問する。

「あー……玉虫色に見えてるならありがたいよ」

 ニールがポリポリと頬を掻く。

「僕としてはね、何というかシャボン玉とかが見せる綺麗な光の干渉を表現したかったんだけど、見えた色を重ねていったらこんな風になっちゃって……」

 シャボン玉……。

 ふとホリーダを覆う薄いオーラが脳裏に浮かぶ。

 例えようのない、ピタリと当てはまる色が無い、だけどそこに確かにある何かの色……。

 だんだんと、なぜ私が期初会議とやらに呼ばれたのか分かって来た。

 私がナナハラに行かなくても、こうやって盗撮で全部解決できるとでも言いたいのだろう。

 


「ははあ……ナナハラですか」

 一番横幅が広いくせに存在感が薄いマカールが突然口を開く。

「マカールさん、どうしましたか?」

 ショーンが年下相手に物腰丁寧に問う。

「あ、いえ、何となく、ナナハラでは魔法使いの手助けが必要な事件が起きているのだろうと思いまして……」

 マカールの言葉に皆が目をパチクリする。

「ええと、そう思った理由を聞いてもいっすか?」

「は、はい。ええとナナハラは世界で一番広い海を持っておりますよね?」

 ゼインがこくりと頷く。

「シェラザードでの事業が傾きかけた時、私は真っ先にナナハラからの水産物の輸入を検討したのです。ですが、あの当時ナナハラも近海で魚が取れるような状況では無いという話で、他国に融通する余裕は全く無いと……」


 マカールの話を皆が脳内で咀嚼しているのが分かる。

 ナナハラもシェラザードと同じように魚が取れなくなったという話にしては、全員の眉間に皺が寄っているのが気にかかる。


「マカール……」

 ゼインがしずーかな声を出す。

「は、はいぃぃ!!申し訳ありません!未熟者が出しゃばった真似を……!」

「……よく気がついた」

「は、はいぃぃ……はい?」

 ゼインがバッと立ち上がり、マカールの背後へと移動する。

 そしてその丸い肩をバンバンと叩く。

「よくぞ思い出した!さすがは私の弟子だ!!」

「は、はい、いた!いたたたたたっ!!」


 ゼインの口端が片側だけ上がる。

 そして皆をぐるりと見回す。

「皆、やるべき事は理解したな?」

 ゼインの言葉に全員が起立する。

 満面の笑みで。

「え、え!?」

 何かのタイミングを逃したこと以外分からずに、皆の顔をキョロキョロと眺め回す。

「ショーン、ナナハラの経済指標データ、過去20年分を精査しろ」

「はいっ!」

「ギリアム、調査船と海洋魔法生物の資料の準備を」

「うす!」

「ニール、外交部を動かせ」

「ラジャ!」


 何かがどんどん決まって行く場面を、目玉をギョロギョロさせながら眺め回す。

「トラヴィス」

 ゼインがさっきよりも真剣な顔付きでトラヴィスを呼ぶ。

「現地調査を頼む」

 ゼインの言葉にトラヴィスがゆっくりと頭を下げ……

「ディアナと一緒に」

 …ずに目を見開いて固まった。

 そして私は固まらずに立ち上がって叫んだ。

「ど、ど、どういうこと!?」

「どういう事も何も、お前は見習いを卒業したんだろうが」

 し、した。それは間違いなくした。

「今期からは生産性の高い仕事をしろ」

「せ……いさんせい…」

 ゼインが無表情のまま頷く。

「トラヴィスからOJTを受けて来い」



 何かが決まってガヤガヤと騒がしくなった60階フロア。

 どうやら私は、初めて聞いた得体の知れない単語によってトラヴィスと旅に出ることが決まったらしい。

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