ざんだか
「えらいこっちゃよ!これは絶対にえらいこっちゃな事態よ!!」
ガバッと立ち上がり、部屋の隅に放り投げてある魔法鞄へと駆け寄る。
そして中をガサガサ漁ってポイポイ中身を取り出して床に積む。
「師匠、何がえらいこっちゃなんじゃ?」
リオネルがタタタと私の背に近寄って来る。
「えらいこっちゃに決まってんでしょ!?あのねぇ、『こうざがからっぽ』それすなわち『ざんだかがなくなる』と似たようなもんでしょうが!!」
「そ、それはまぁ……そうとも言うような言わんような……」
後ろを振り向き、ギンッとリオネルを睨み付ける。
「『ざんだかがなくなる』……つまり野宿よ!!どうしてくれんのよ!?せっかくお風呂作ったのに!!」
これは間違いなく人生初めての金策に走らねばならない事態だ。
ようやく手に入れた風呂付きの住まいを失うなど冗談じゃない。
「……何か売れるもの売れるもの………」
ポイポイしていれば、どんどん床にガラクタが積み上がっていく。
どんどん、どんどん、積み上がっていく。
「………分からん!!価値がひとっつも……分からーーーん!!」
髪をグシャグシャにして頭を抱えれば、背後で金策の原因が間の抜けた声を出す。
「なんじゃ?その化石道具売るんか?そんなニッチなもん売るなら先にカモを捕まえるのが常識じゃろう。相変わらず世間知らずじゃな」
「……あぁんっ!?」
グワッと目を見開きながら振り返れば、リオネルがさも扱い慣れた風に四角い電話を操っている。
な…生意気な……!
「……忙しいじゃと?死ぬほど?ほーう、おぬしはクビじゃな」
……誰と喋ってるんだろう。
「……当然じゃろうが!師匠より先に死ぬもんに運命の弟子なぞ任せられん!ワシがもんのすごい魔法を作るのをあの世から見ておれ!」
…ゼ、ゼインな気がする。
今ここで連絡してはならない人物ナンバー1な気がする……!
「……嫌なら金持って来い!……ええい黙れ黙れぃ!ワシは錬金術師じゃぞ!化石も金に変え………あ、切りおった」
リオネルがやれやれといった感じで肩をすくめる。
「ちょ、ちょっとあんたねぇ!今の電話ゼインでしょ!?何してくれちゃってんのよ!!ヤツにバレたら………」
「…………誰に何がバレたらどうだと言うのだ」
背中に冷たいものが流れる。
気配も感じさせずに見事な転移魔法でやって来て私の背後で低〜い声で喋る人物など……
「…ゼ、ゼイン!!」
振り返れば想像通りヤツである。
額に破裂しそうな青筋を浮かべたヤツである。
「ち、違うのよ、たまたま今日はざんだかがアレなだけで、明日になれば元通りに…ねえ?リオネル!!」
リオネルに話を合わせろという視線を送るが、私の方を見ちゃいない。
「ゼイン、金は持って来たんか?遠慮せずに師匠のガラクタにたーっぷり払え」
「やかましい」
リオネルにピシャッと言い放ち、ゼインが床に積まれたガラクタと、鞄の前にしゃがみ込む私をチラッと見る。
そして薄気味悪く口端を上げた。
「……なるほど?ディアナが無賃労働する羽目になりそうな事態である事は分かった」
不吉なことを言いながらゼインが指を鳴らし、私とリオネルの間にドサドサッと数個の箱を出現させる。
テカテカと黒光りする、ゴキブリのような艶のある箱……。
「なんじゃ?ちと量が少のうないか?」
「ボケた事を言ってないでさっさと開けろ。無賃労働の原因だ」
相も変わらず偉そうである。
そしてさっきから聞き捨てならない。
リオネルが首を傾けながらパカッと一つ目の小さめの箱を開けると、中から出て来たのはこれまた黒光りする靴。
「最高級の革靴」
ゼインが淡々と喋る。
「そうなんか?次は…なんじゃ、この石。ボタン?」
「ハイブランドの限定モデルのカフスボタン」
またもやゼインが淡々と喋る。
「ふーん?クズ石に用は無いわ」
リオネルがポイッとボタンを背後に投げる。
そして次から次に出て来るハンカチやらネクタイやらベルトなどをザッと眺めたあと、雑な感じで箱に戻した。
「おお!!これは分かった!すーっかり忘れとったわい」
最後に一番大きな箱から出て来たものを見て、ようやく私も何が起こっているのか分かった。
「あー!この間買いに行ったスーツじゃない!」
リオネルがご満悦な表情で空中に浮かべるスーツを二人で頷きながら見上げる。
「師匠、よう見たらちと地味かのう?」
「だーから言ったでしょ?これじゃまるでゼインじゃない。どう考えてもめでたい服じゃないでしょ」
「ゼインの表情筋は葬送魔法待ちじゃからの」
「あはははは!超ウケ……しーーっっ!!」
チラッとゼインの方を見れば、私たちのやり取りを薄気味悪く口端を上げたまま聞いている。
そしてそのまま薄気味悪い笑顔で言う。
「……リオネル、袖を通す前にこれらを換金して来い。そうすれば初年度分の納入金ぐらいにはなるだろう」
ゼインの性格悪そうな顔を二人で見つめながら言う。
「「……のーにゅーきん?」」
「ああ。何でもそこのリオネルはトラヴィスと同じ大学に合格したらしいからな。そろそろ納入金の支払い通知が届く頃だ」
リオネルがギョッとした顔をする。
「え、合格!?あんたいつ試験受けたのよ!!私あんたの大学費用のために働い……あーーーー!!ざんだか!ざんだかどこ!!?」
目を剥いて詰め寄ればリオネルがサッと顔を青くする。
「ゼ、ゼイン、ワシ、そのう……」
「ああ、そうだったな。卒業式と入学式にはスーツがいる。……しかしどうしたものか。入学金、授業料、教科書代その他物品の購入費……ついでに私学には寄付金も必要だ。ざっとディアナの年収ぐらいか?」
……は?は?ねんしゅー?
その言葉にリオネルが飛び上がった。
「ゼイーーンッ!!」
リオネルがゼインの膝に縋りつく。スリスリと額を擦り付けている。
「ゼイン、ワシ、知らんかったんじゃ!!トラヴィスの大学が外国にあるなんて知らんかったんじゃ!!じゃから、じゃから……!」
ゼインがリオネルの頭を優しく撫でる。
「……分かっている。寮費も必要だな。仕方がない、私が全て立て替えよう。キャンパスライフ……楽しむといい」
「───はああああっ!?」
なぜか膝から崩れ落ちたリオネルに代わり、今度は私が絶叫する番だった。
「ゼインが…ゼインが……優しい!?あんた本当に体調悪いんじゃないの!?」
ゼインに飛びかかっておでことおでこをくっつければ、目に映るのは黒い瞳と微妙に腹黒そうな笑み。
そして私をポイッと体ごと引き剥がしながら言う。
「誰がくれてやると言った。立て替えた分はお前の給与から回収するに決まってるだろう。一年半かけて」
「………………はあああああああっっっ!?」
リオネルと二人両手両膝を床につき、まさに生き地獄を味わっていると、地獄の門番が背後でマイペースにブツブツ言い出した。
「……ボロボロ姫?何だ、結局これに戻って来たのか。リオネルにも読ませたのか?……となると何かしらが出たという事だな」
あんたの書庫から出たのは過去一番の爆笑だけだ……と言ってやりたいが、声を出す気力が湧かない。
「……ディアナ、そう言えば聞きそびれていたのだが、文字を解読する事にこだわる理由があるのか」
理由があるからこだわってんでしょうが…という言葉が喉元までも出て来ない。
「…ディアナ?おい、聴力も年相応になったのか?」
……やかましい!!
と怒鳴ろうと思った瞬間、全知全能の脳味噌にハッと降りて来るものがあった。
給与一年半分…大学費用…授業料……
「……来た来た来た来たー!これよ!これ!!」
バッと立ち上がり拳をグッと握る。
「……ししょ、どうしたんじゃ?」
リオネルがしょぼくれた顔を上げる。
「リオネルちょっと耳貸しなさい」
リオネルの耳元にしゃがみ込み耳打ちする。
「……ヒソヒソ…あんた、ゼインに例のアレの基本のきを叩き込みなさい」
「………は?」
眉根を寄せたリオネルの勘の悪さに舌打ちしつつ、再び耳打ちする。
「……だーかーらー!……若輩者のくせに偉そうな魔法使いがあそこに座ってるでしょ?」
「うむ」
「聞こえてるぞ」
「…あの態度だけは一丁前の腹黒魔法使いに…ヒソヒソ……あんたの実力を見せつけんのよ!」
「ふむ?」
「……聞こえてるぞ」
「……つまりね、その対価に性悪からアレをゲットしてついでにああすれば……」
「おおっっ!その手があったか!!」
「でしょでしょ!?私ってば天才すぎて困るわー!」
二人でバッとゼインの方を振り返る。
「……陰口だけ明瞭に聞かせるとはどっちが性悪だ」
冷めた目で私たちを見ているゼインに人差し指を振りかざす。
「ゼイン!!古の魔法使いの叡智……有難く受け取るがいいわ!!リオネル準備オッケー!?」
「モチのロンじゃ!!」
「一体何をしようと……」
と呟いたゼインの顔がサッと青褪める。
そして視線を私の右手に釘付けにしたまま後ずさりを始めた。
「ディ…ディアナ、事を起こす前に説明しろ!その、右手の、禍々しい魔力は何だ!!」
サッと防御魔法を纏うゼインに、ニンマリと笑みを向ける。
「んふふ、ディアナ様特製まるちかったぁだけど?」
笑みを浮かべたまま、右手に集めた魔力で自室の空間を縦に割く。
「ま、待て!本気でちょっと待て!!」
「待つわけないでしょー?」
言い終えるか終えないか、二つに割れた空間がゴウッと音を立てて逆巻きながらぶつかり合い、周りのものを飲み込み出した。
「師匠、ワシ行ってくる!」
リオネルが親指を立てて渦の中へと飛び込む。
「頑張ってね〜!」
手を振って見送りながら、横目で結界魔法で身を守ろうとするゼインを見る。
「…往生際悪いわね!」
言いながら結界ごとゼインを宙に浮かべ、ポイッと渦の中へ放る。
「──ディア……このボケ……!!」
こうしてようやくゼインが断末魔を残して消えた。
「…よし!しばらく煩いのが居なくなったことだし、ちょっと出かけようかしらね」
パンパンッと捲れたスカートの裾を直し、私は『砂漠の王子とボロボロのプリンセス』の本を抱えて静けさを取り戻した部屋を出た。




