経験と想像
「あんた達には3種類の方法でミルクを温めてもらった。これには重要な意味がある」
ショーンが30分間の魔力制御をやり遂げ、私の目の前には3つのアルミ容器が並べられた。
「重要な意味……一連の流れが明らかになるな」
「社長、ディアナさん凄いですよね。本当にすごい魔女ですよね!」
2人が盛り上がっているところ悪いが、私は自分のためにしか行動しない。
自分に得も無いのに牧場まで来るわけない。
「さ!飲み比べるわよ!!」
「「………は?」」
「なにを鳩が豆鉄砲的な顔してんのよ。せっかく3種類の生乳の殺菌方法が試せたんだから、飲み比べるに決まってんじゃない」
「殺菌…?牛乳って殺菌するんですか?」
「らしいわよ。私はそのままゴクゴクいってたんだけどね〜。ショーンは現代っ子だから、お腹壊しちゃいけないと思って…………さむっ!」
カップに牛乳をつぎ分ける手を止め前を見ると、前方から凍えるような冷気が漂ってくる。
「…まさか、まさかとは思うが、飲み比べ…が真の目的ではないだろう?古の魔女から授けられる知恵が…牛乳の殺菌方法なわけが……」
こっわ!この弟子こっわ!
これはガチンコ勝負したらわかんないわよ……?
100回中99回は勝てるとしても今日が残り1回かもしれないし…。
「ま、まっさかぁ!これは修行のほんの入り口よぉ!いいからいいから飲んでみましょ!ね!」
「…本当だろうな」
「…師匠の言うことが聞けないわけ?」
「……………。」
何とかその場を取り繕いつつ、私は大急ぎで次の修行の内容を頭の中で組み立てる。
面倒くさ。
「…おいしい!」
搾りたての牛乳を飲んだショーンが、感嘆の声を上げる。
「…確かに」
何だかんだで口煩いゼインも賛同する。
「ほんとね。でも一番おいしいのは……」
私の言葉に全員が一つのアルミ容器を指差す。
「やっぱりそうよねぇ。ショーンが頑張った分が一番おいしい気がするわ」
書物を読んである程度は想定していたが、人間の研究者も中々やりおる。
「やっぱり何でもやってみないとわからないものね。私も魔法を書き換えなきゃ」
そう口にした時だった。
「魔法を…書き換える?」
耳聡いゼインがすかさず聞き返してくる。
「そうよ。せっかくおいしいものに出会ったんだし。しかも現代っ子でも口にできるんだから、書き換えなきゃ意味ないでしょうが」
「…書き換える……」
あー……言葉足らずだったか。
「ショーン、例の腕時計はめてご覧なさい。ゼインはそのまま」
「はい!」「わかった」
魔法の訓練だと当たりをつけた2人が、何となくお互いの座る間隔を広げる。
そういう勘のいいところは嫌いじゃない。
「ショーン、ミルク発動。…3つ」
「はい!」
慣れた様子でショーンが時計を操作する。
すると見事にグラスに注がれたミルクが現れる。
「ゼインもやってみて」
ゼインは一つ頷くと、素早く呪文を唱えてショーンと全く同じように3つミルクを出す。
「ふむふむ。ま、同じ呪文だから同じものが出るのは当たり前だわね。んじゃ次は私」
私は当然だが呪文は唱えない。
…少しは師匠らしいとこを見せとかなきゃゼインが怖い。
手の平を一度ぐっと握り、そしてパッと広げて2人と同じようにグラスに入ったミルクを3つ出す。
「うわぁ、やっぱりすごい!」
ショーン……可愛い。
「お褒めの言葉ありがとう。さ、飲み比べるわよ」
またか…という台詞が出るかと思ったが、意外にもゼインは黙ってそれぞれが出したミルクを飲み比べた。
「…ディアナの分だけ味が違う。さっきショーンが殺菌したものと同じ味がする」
ゼインが感想を口にする。
「本当だ。僕とゼインさんの分はいつものって感じですね」
「気づいた?そうねぇ、別にあんた達のも不味くは無いわよ。その時計の呪文はゼインが入れたんでしょ?ゼインにとってのミルクはその味ってだけよ」
「ディアナは今魔法を書き換えたのか?呪文も…書き換えられる?」
この男は魔法のことになると途端に口数が増える。
「ちょっと違うわね。ゼイン、呪文は成果でしかないのよ。目的のものを効率よく手にするために、長年研究されて出来た成果ってだけ。魔法の原点は経験と想像。自分で身につけたものなら、呪文がなくたって再現できる」
私は立ち上がって移動すると、ゼインの目の前でしゃがむ。
「目を閉じて」
やはり魔法のことになると素直な男は、黙って目を閉じる。
…これはこれで調子が狂うが、生意気な弟子の頭を両手で包み声をかける。
「今日一日を思い出して。どうやってミルクはこの世に出て来た?一番おいしかったものはどんな味だった?どんな匂いでどんな温度だった?…あんたの中にはもう入ってる。さぁ、その頭の中にあるものを手に入れるのよ」
私が声をかけて数秒後、ゼインの閉じられた手の中に魔力が集まる。
そしてその手が開かれた時……彼はグラスを握りしめていた。
「やればできるじゃない。…ったく面白くないわねぇ」
そうは言ってみるが、自分の手に現れたものを見て瞳をキラキラさせるゼインは少し可愛いかった。
「あ、僕もできました!」
隣から聞こえてきた声に、驚愕の色を浮かべるまでは……。




