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ゼインの秘密書庫

 そんなこんなで突然やって参りましたお宅訪問!

 あのまま直にエヴァンズ邸の玄関へと続くアプローチに二人で転移して来たのだが、まあ何度見てもどデカい家である。


「あ、そうだ。ホリーダを通した所ってあんたの邸なんでしょ?貸してくれてありがとね」

「いや、大した事では無い。もう少し準備期間があれば使用人の人形でも用意したのだが」

「いや、言ってくれれば人形だろうが本物の人間だろうが私が用意したんだけど?」

「用意するだけで働かせ方が分からないだろう」

「ぐっ……!」

 てな話をしながら玄関を開けた瞬間、中から妙な気配がした。

「……ゼイン、何か妙な生き物コレクションしてる?」

 隣でネクタイを緩めるゼインの脇腹をツンツンする。

「集めてはいないが、なかなか使えるようにならない生き物を最近…」


 と言う言葉の途中でピョンッと私の鼻先に半透明の物体がくっ付いた。

『まじょはっけん!』

「──うわっ!!」

 おそるおそる鼻先に引っついた赤い半透明を寄り目で見る。

「……レド?」

『せいかいー』『グリンもいるー』『ブラウもー』

 今度はポポポンっと両耳に2匹の妖精がぶら下がる。


 目線を下に向ければ、足元ではゴルドがゼインを見上げて手を伸ばしている。

「いい子にしてたか?」

 ゼインが気持ち悪い感じの台詞を吐きながらしゃがみ込み、ゴルドにネクタイを渡す。

『のろいめんさんごうがわるいこだった』

「3号……分かった。ご苦労だったな。もう行っていい」

 そう言ってゼインが再び立ち上がった瞬間、くっ付いていた3匹の妖精がパッと離れ、ゴルドと一緒にネクタイを引き摺りながらどこかに消えた。


「今の……なに?」

 ポカンとしながら尋ねる。

「何って……妖精だろうが」

 真顔が返って来る。

「いや、それは見りゃ分かるわよ。あんたまさか妖精と暮らしてんの……?」

 ゼインの片眉が顰められる。

「人を孤独に耐えかねた独居老人のように言うな。好き好んで妖精と暮らすわけ無いだろうが」

 歩き出したゼインの背中をトテトテ追いかける。

「妖精は見た目が子どもなだけで、頭の中には莫大な叡智を持っている。それらを引き出すための下準備をしているだけだ」

「へぇ〜。ネクタイは何の意味があんの?」

「なぜか持ち物を渡すと言う事を聞く。コレクションの管理をさせているのだ」

「ふーん………」

 ごちゃごちゃ言っているが、ショーンの不在が寂し過ぎて精神に異常を来たしたのだろう。

 あわれな男だ。笑える。

 


 やたらと長い廊下の突き当たりに着いた時、ゼインが言った。

「ディアナ、渡した指輪をはめろ」

「へ?指輪?」

 ゼインがこくりと頷く。

「おっけ、ちょっと待ってよ……」

 言いながら左胸の魔法陣あたりに魔力を流せば、シュンッと左手に指輪が戻って来た。

「使い方の第一段階は分かっているようだな」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんのよ」

 …と言ってみたものの、これ以上のことは何も分からないのだが。


 黙ってゼインの行動を見ていると、壁に施された隠蔽魔法が解け、そこから大きな鉄格子が現れた。

「ふんふん?」

 まぁそんなところだろうと思っていたので、分かってましたよ、という態度を示す。

「ディアナ、その指輪は私の邸に掛かっている魔法を解く〝鍵〟になっている。ありがたく使え」

「はあん?えっらそーに……え、鍵?どこでも開けられる鍵?」

 ゼインが頷く。

「私ばかりがお前の〝樹〟に入れるのも何か違うだろう。というかお前もちゃんとセキュリティを…という話は置いておき、私が集めた物は自由に使ってくれて構わない」

 ゼインの言葉に口があんぐり開く。

「あんた……熱でもあるんじゃないの?どうしちゃったのよ。親切で優しいあんたなんて気色悪いんだけど……」

「私はお前以外には常に親切で優しい。そのおこぼれをお前にも拾わせてやるだけの話だ」

「…………あっそ」


 とにかく指輪を献上された意味は分かった。

 ふふふふふ……ゼインめ、私にプライベートを覗かれる意味を思い知るがいい……!

 そんなことを思いながら私はゼインの秘密の空間へと足を踏み入れたのだった。



 

 どれだけ厳重に隠しているのか、鉄格子の向こうに見えていたはずの金属製の書棚すらも幻視で、私はゼインの背中に引っ付いて長い長い螺旋階段を降りていた。


「おい、歩きにくいだろうが。背中にくっ付くな!」

 ゼインが後ろを振り向きながらクズな台詞を吐く。

「あんたねぇぇぇ……!どこのアホ魔法使いのせいでこうなってると思ってんのよ!!無限地獄への入り口だって分かってたら足を踏み入れなかったっつーの!!」

 とにかく厳重過ぎるセキュ…なんちゃらの仕組みが厄介すぎた。

 幻視空間に入った瞬間、何と魔力吸収の隠し魔法陣を踏んでしまったのだ。

 つまり今はただの老婆…もとい、か弱いレディ。

 膝がガクガク足がプルプルである。


「鍵が開けられるからと言って、調子に乗る魔女(バカ)が出ないようにするためだ」

「ぐぬぬぬぬ……!」

「とは言えまさか引っ掛かるとは思わなかった。お前がアホなせいでこうして歩く羽目になったのだ。大いに反省して今後はさらに全方位に警戒心を持て」

「ふぬぬぬぬ……!」

 何という減らず口と性悪さ……!

 魔力が戻ったら、声がビックリするほど高くなるイタズラ魔法かけてやる!!

「ほら、来い」

 決意を新たにしたところでゼインが振り返って両手を広げる。

「え、抱えてくれんの!?あんた本気で優しいじゃない…」

 …などと言うのでは無かった。

 果てしなく遠い書庫まで、私は収穫後の麦束のように肩に担がれ運ばれたのだった。



 次に床に足を付けたのは、ロマン・フラメシュも外れたアゴが元に戻らないほどびっくりするような巨大な書庫…本人が書庫だと言うから書庫…に辿り着いた時だった。

 降ろされた空間の中心の床の上でグルグル回り、大魔女でさえ絶句するほどの巨大空間を見回す。

 空間内に聳え立つ、天井から床までギッチリ詰まった物凄い数の書棚に圧倒されて、ひたすら絶句である。

 ロマン・フラメシュの大図書館が可愛く見えるレベルだ。

 

「ディアナ、こっちだ」

 口を開けてポカンと天を仰ぐ私の背に、無感情な声が掛かる。

 フラフラとゼインの元へと向かえば、壁に埋め込まれたテレビ画面のようなものを操作している。

「あんた……これだけ大量の本、どうやって集めたの?」

「どうやって……半分は400年の間に買ったものだ。流通本、専門書、学術書にオークションに出品された希少本……」

「残り半分は……?」

 聞けばゼインがスンとした顔をする。

「……愚かな人間の手元に置いておく訳にはいかないだろう」

 なるほど、ゼインらしく悪どい手を使ってかき集めたのか。


 ゼインが私のジトッとした視線を無視して話を進める。

「とりあえず大分類人間、国別番号57……歴史書から行くか?」

「え…と、お任せする」

 何のこっちゃ分からない。

「そうか。では始めよう」

 ゼインが言うやいなや、ゴゴゴ……と書庫が小刻みに揺れ出す。

「あぁぁぁぁぁ〜……張り詰めた筋肉にきくぅぅぅ……」

「変な声を出すな!」

 ペシリと額を叩かれた視線の先では、巨大な書棚が入れ替わり立ち替わり動き回ったあと、先ほどまで私が突っ立っていた空間の中心に一つだけを残して綺麗に横一列に並んだ。


「す…すごいじゃない!何であの棚が出て来たの!?何であれに目当ての本が入ってるって分かるの!?」

 スタスタ歩くゼインの隣で興奮気味に捲し立てる。

「ああ…ここ数百年で図書の分類法が確立されたのだ。タイトルが判れば検索も可能だが、今回は分類ごとに探すしか無いからな」

「分類……それ私の超得意分野じゃない!私ここで働く!!」

「一般常識が欠如している給料泥棒が何をどう分類してくれるのだ。余計な事を考えず、手分けしてナナハラの建国に関連する書物を探すぞ」


 ゼインの言葉にキョトンとする。

「……建国?」

「そうだ。『砂漠の王子とボロボロのプリンセス』、あれはシェラザードの『春を連れて来た少女』、ネオ・アーデンの『月に帰った女神』と似たような物語だと思われる。おそらくはその国の建国に基づく……なんだ」

「……月に帰った?」

「………ああ」

「ふーん………」

 両手を広げて叫ぶ。

「我が手に来たれ!『月に帰った女神』の本!!」

 …………シーンと静まり返った空間では、ゼインの忍び笑いだけが響いていた。

 ま…魔力を返せ……!!




 とりあえず目ぼしい本をかき集めた私たちは、場所を移して今後の行動計画なるものを話し合っていた。

 というかゼインが言い出した。


「とりあえずお前は集めた本を片っ端から読む」

「おけ」

「ボロ女に該当する人物が見つかるまで読む」

「ボロ女……お…おけ」

「そして千年前に起きた出来事を時系列に並べる」

「お……何で?」

 聞けばゼインが目をパチパチする。

「……言わなかったか?」

 首をブンブンと横に振る。

「……おかしいな。私が情報伝達を誤るとは……」

 いやいや、たいてい大事なことは何も言わないでしょうが、という言葉を飲み込む。

「彼がタトゥーを隠したがる理由は、おそらくそれが〝ナナハラ千年の呪縛〟だと言われた事に起因すると思う」

 千年の……

「はあっ!?あんた何でそんな大事なこと黙ってんのよ!!しかもサラッと言ってんじゃないわよ!呪縛なんてカッコよく言ってるだけで呪いじゃない!」

 ゼインが頷く。

「え、千年の呪い……?」

 ゼインがまた頷く。

 

 千年……。

 つまり神族と契約を交わした人間はホリーダじゃない。

 ホリーダじゃないのに、彼の腕に何かしらの言葉が刻まれ、それが呪いとして伝わっている……。


「ディアナ、お前は固有能力で人を呪う事ができるのか?」

 いつも通りの表情で尋ねて来るゼインに、口の中が苦いような気分になる。

「……そういう能力は持ってない」

「では、〝邪神〟と呼ばれる存在の場合はどうなんだ」

「……邪神?」

「ああ」

「…………………。」


 ゼインがふうっと息を吐く。

「結局のところ、私が首を突っ込むには時期尚早なのだろう?」

「あー……いや、そういうわけじゃ……」

 ゼインが座っていたソファからスクッと立ち上がる。

 そして私の頭をポンポンと撫でる。

「だから一人で読め。お前が話せる内容がまとまったらまた手伝う」

 言い終わり、クルッとどこかへ向かうゼイン。

「え、あ……どこ行くの?」

「寝る。一週間寝ていないから頭が働かない。朝になったら起こせ」

「……分かった」


 よし、日の出とともに起こそう。

 そう心に決め、私は目の前の本を手に取った。


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