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カンニング魔法

 部屋に戻り、先ほど図書館で手に入れた本をとりあえず空中に浮かべる。

 そして左手の手の平を見つめながらコソコソと呪文を唱える。


「…あー……『あの子と一夜漬けのメモリー』……恥ずっっ!!」

 巧みな魔法と大魔女も赤面するほどのネーミングセンスで魔法学校の教師たちを震撼させた、初代カンニング魔法使いのフランクリンの顔を思い浮かべながら手の平を見つめていれば、ホリーダの腕に刻まれていた例の文字がじんわりと浮かび上がって来た。


 数千年の時を生きる私とて、世界中の文字が読める訳ではない。

 それぞれの土地に生きる人間達が独自に発展させていった無数の文字を追いかけ続けるほど暇では無かったし、追いかける必要性も無かった。

 私には優秀な弟子がいたのだ。

 そう、学生時代は問題児、後世では文字の魔術師と呼ばれた、大魔法使いフランクリン・ローバーが。


 顔を宙に向け、浮かぶ本に魔法をかける。

 カンニング魔法が歴史的大魔法に転換したきっかけとも言える、物体から文字だけを取り出す魔法を。

「さあさあ、出ておいで!『照れてないで見せてごらん』………何のこっちゃ!でも何か恥ずかしい!!」

 彼が原因で魔法学校の生徒が勝手に無詠唱魔法を身に付けるようになったんだった……とかいう余計な記憶とともに、本から取り出した文字が部屋中に拡がる。

 

 大昔の夜空のように部屋に浮かぶ文字の星々の間をを飛び回り、とにかく探す。

 まだ見た事の無い文字を。

 ホリーダの腕に刻まれたものと、同じ文字を。

 ……だが、その試みは上手くいかなかった。




「………無い」

 あらゆる探し物魔法を駆使し、浮遊魔法で部屋中を飛び回り、最後は部屋のすみからすみを歩き回った結果、私は一つの結論に至った。

「……ロマン・フラメシュ自慢の大図書館にも無い……」

 独自の魔法文化を持っていたシェラザードの魔法使いが残した書物にも、ナナハラの文字で書かれたものが無かったのだ。


 しかし困った。

 読めない文字を読むための第一歩、それは努力……などでは無く、魔法ペン…正式名称『自動翻訳魔法ペン』に言語を覚えさせるところから始まるのである。

 他の魔法使いのやり方は知らないが、私は今し方やった『照れ』魔法で書物から文字を抜き出し、それを魔法ペンに吸収させる。

 童話から専門書まで…というように、幅広く吸収させれば翻訳の精度が上がるのだが、実はこの魔法の仕組みは正確には解明できていない。

 ……問題児が問題児のまま死んでしまったから。




「……何だこの異様な空間は」

 つらつらと真面目に考えごとをしていると、例のごとく身勝手な男が勝手に部屋に入ってきて背後に立った事を感じた。

「あんたねぇ、学習能力ってもんが無いの?ノックはどうしたのよ、ノックは」

 振り返りながら言ってはみたが、多分聞いちゃいない。

 部屋に浮かぶ夥しい数の文字を首を回しながら眺めている。

 そして首を傾げたあと、私を見た。

「何をしているのだ」

「何をって……」

 

 言いかけてピタッと口を閉じた。

 ……いるじゃないか、ここに。

 サラスワ語もシェラザード語もペラペラペラペラと小難しい単語を駆使して操っていた嫌味男が。

「い、いやね、ロマン・フラメシュも大したことないなって思ってたとこなのよ。図書館の品揃えが悪くてねー?ゼインならもっとマシな……」

 と言いかけたところでゼインの眉がピクリと上がった。

「図書館……?」

 そして嫌味男が足元に散らばる、真っ白なページを開け広げた本の山に目をやる。


「お前……まさか図書館の本から文字を抜き出すとか、そういう処刑真っしぐらな愚かな行為をしでかしたわけではないだろうな……?」

「あ、いや、これには深〜い理由があって……」

 ゴゴゴゴゴ……とゼインの魔力が高まっていく。

「……お前は……書物を……何だと思ってるんだ!!」

 まっ金金の瞳がグワッと見開かれる。

「戻せ!今すぐに元に戻せ!!」

「はあっ!?ちょっと待ってよ!」

「待たない!!」

「な〜にをー!?」



 …てな感じで魔力でバチバチやり合ってみたのも一瞬、ゼインは本よりも魔法の方が好きだった。


「……よくもそんな恥ずかしい名前の呪文を作ったな」

「お黙り!あんたが見たいって言うからやってあげたんでしょ!?私だって口にするの恥ずかしいんだから!!」

 数度の魔法の実演のあと、すっかり元に戻った本をローテーブルに積み上げ、腕と脚を組んでソファにふんぞり返る。

「まさか無詠唱魔法を訓練させる為に……」

 ゼインは魔法学校の生徒と同じ思考回路に陥ったらしい。


「あのねぇ、そもそも私が作ったんじゃないっつーの。超優秀な私の弟子が、弟子になる前の思春期に病気を拗らせながら作ったの!」

 そして病は治らなかったのだ。

「思春期…?」

 ゼインが興味深そうな顔をする。

「そーよ。『メモリー』も『照れ』も、ついでに言えば魔法ペンの元になる呪文もフランクリン・ローバーって子が15、6歳の頃に作ったのよ」

 言えばゼインの目が見開かれる。

「天才じゃないか」

「……まあね。天才児が作ったのが〝カンニング魔法〟なんて皮肉もいいとこよ」

 肩をすくめながら言えば、ゼインがなるほどという顔をする。

「お前が愛用している卑怯な魔法の生みの親という事だな」

 時々しか愛用しとらんわ。



 許可していないのに、いつものように勝手にソファの隣に座るゼインに訊ねる。

「ねぇゼイン、ホリーダの腕の文字って何て書いてあったの?」

 言い終わった途端、テーブルから本を取り上げようとしたゼインが固まる。

 そして見開いた目で私を見る。

「お前……ホリ・タイガのタトゥーの文字が読めなかったのか?」

「え、あー……まあ何というか……」

 少しだけ小さな声で応えれば、ゼインの目がまん丸になる。

「あれは古代文字だろう?お前に読めないなんて事があるのか?」

「は、はー!?アレのどこが古代文字なのよ!!現代の若者のホリーダの腕に刻まれてるんだから、現代の文字なんじゃないの!?」

「絶対に違う。私は世界に現存する言語は全て頭に入っている」

「「……………………。」」


 どのくらいの間お互いの顔を見つめていたか、ハッと二人で現実に戻る。

「………ディアナ、これは相当に面倒くさい状況だ」

 ゼインの言葉に頷く。

「……私は絵文字の類が苦手なのだ。先史時代の遺物など尚更だ」

 ん?と思いながらも再び頷く。

「……最初に挫折したのは、古代神殿が大火に見舞われた事を後世に伝えるためのレリーフを見た時だった」

 ……は?と思ったが、とりあえず首を傾げるだけに留める。

「絵文字は正確な情報伝達の手段では無い。あれは連想ゲームだ。【建物】【火】【人】【水】……これらのシンボルを見て、どうやって『古代神殿が大火に見舞われたが人々の協力によって消し止められた』などという解釈ができるのだ……!」

 

 ゼインがガバッと頭を抱える。

「そもそも火事の原因は何なのだ油火災の場合水などかけたら余計に燃え広がるのだからつまりは紙類が燃えたと考えるのが一番納得できるのだが絵文字からどうやってそれを読み解けというのだ!」

「…………………。」

 なるほど。

 ゼインの言いたいことは分かった。

 自分は役立たずだから、面倒くさい用事を頼むなと遠回しに伝えたいのだろう。

 だが断る。


「……なーに言ってんのよ。あんた私の高みまで上って来るんでしょ?」

 ゼインがハッと顔を上げる。

「大昔の文字なんて魔法陣に比べりゃ簡単なもんじゃない。あれだって属性陣っていうシンボルを自分の思い描くストーリーが完成するように配置していくんだから」

「─────!」

 目から鱗がポロリといった感じのゼインに畳み掛ける。

「……あんたの頭脳が必要なのよ。10分前のことさえ覚えられない私じゃ、初めましての文字なんて頭に入りっこないじゃない」

「……確かに。1分前の事も厳しいお前では……」

 おいコラ……と呟きそうになる口をグッと閉じ、口端を頑張ってあげる。

「手伝ってくれたら……」

 ゼインの耳元に口を寄せる。

「………未公開の魔法書、あんたに貸すわ」

 

 分かりやすくパァッと輝くゼインの瞳を見て、チョロ…と思ったのも束の間、ゼインがニヤッと口端を上げる。

「これは思わぬ副産物が手に入りそうだ」

「………はい?」

 ゼインが偉そうに私の額に人差し指をあてる。

「何を勘違いしたのか知らないが、ホリ・タイガの件を私が放っておくとでも思ったのか?」

「……え」

「竜の討伐の前に約束しただろう?時間を作る…と。お前には聞きたい事が山ほどある。だがそれを聞く為にも、お前の頭の中を占めるホリ・タイガの事を解決せねばならん」

 ゼインが人差し指を離し、プイッと横を向く。

「……一緒にやるぞ。二人で知恵を出し合った方がいい」

 一緒に……。

 私はこくりと頷いた。



「という訳でまずはこの本たちからだ。どういう理由でこれらを取り寄せた」

 テーブルに積まれた本の題名をザッと見た後、いつも通りな感じでゼインが場を仕切り出す。

「ええと、図書館でナナハラに関係する本を呼んだら集まったの」

 ゼインが一つ頷いて、本を手に取って行く。

「……『世界の箒旅行』『魔法鉱物の分布』『東方冒険録』『水晶の産地』……旅行記と水晶に関する本が多いな」

「あー、そうね。ナナハラは水晶の産地で有名だったから」

「……つまり、城の造成のための関連書籍という訳だな」

 なるほど……。

 ということは、シェラザードとナナハラにはそれなりに交流が……と思ったのも一瞬、ゼインが選り分けて行く本を見ながら、そのどれもこれもが〝ナナハラ以外の国〟で書かれた本だということに気づく。

 ナナハラの本が無いのだ。

 そりゃ文字など出て来るわけがない。


「……ボロボロのプリンセス……?」

 ゼインの呟きが耳に入る。

「は?」

「ああ、いや、一冊だけえらく趣向の変わった本があるな…と。ボロボロの姫…敗戦国の捕虜かなんかか?」

 知るか。

 どうせアレクシアみたいな姫だろう……

「とか言ってる場合じゃない!!」

 バッと右隣を振り向く。

「は?」

「何でその本がここにあんのよ!?」

 ゼインの腕をユサユサ揺らす。

「し…知るか!お前が魔法で取り寄せたんだろうが!」

「そうよ!だから何で女子向けのラブロマンスが……!」


 ゼインが手に載せた本の表紙をめくる。

「……なるほど。これは手掛かりだな」

「手掛かりぃ……?」

 眉根を寄せながらゼインの手元を覗き込む。

「行くぞ」

 スクッとゼインが立ち上がる。

「い、行くってどこに……」

 ゼインが斜め上方から冷んやりとした視線を寄越す。

「……私の邸に決まってるだろうが」


 ……ふむ。

 いつ決まったのだろう。

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