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タトゥー

『もう、嫌になるわ。ずっと隠してたのに……グスッ』

『ウッウッ……わかる、わかるわ、ホリーダぁぁ!黒歴史は死ぬまで隠し通したいわよねぇ!?』

『……黒歴史ぃ?アタシのコレはそういうんじゃないわよ!!』

『いいのいいの、何も言わなくていいの。長い人生には付きものなのよ。墓場まで持って……私いつ墓場に行けると思う!?』

『知るわけないでしょ!?』



 闘いに臨んでいる時とはまるで別人のようにグスグスと泣き出したホリ・タイガ。

 ディアナが『任せろ』というからとりあえず二人をテラスに残し、他の全員で今日の総括のために応接に集まっている。

 先ほどの会話は当然、師匠から見て盗んだ盗聴魔法から垂れ流されて来たものだ。


「……胃が痛い」

 思わず口から漏れる。

 ディアナとホリ・タイガの会話はなぜあれで成立するのか、そしてなぜあれで正体が露見しないのか。

「ははは!ゼイン体内魔力操作の訓練諦めたの?」

 笑い事では無いだろうと、軽くニールを睨む。

「ゼインさん、心配しなくてもホリ・タイガには何の下心も無いっすよ。姉さんに対してもそうだし、姉さんを通じてゼインさんに取り入ろうとかいう気持ちもサラサラ無かったっす」

「………そうか」

 ギリアムが言うのならば間違いは無い。

 ついでにこれ以上アホな話を耳に入れると頭まで痛くなりそうだ。

 私は指を鳴らして盗聴魔法を消した。



「ゼインさん、早く作戦の振り返りやろうよ」

 ダニールが言う。

「俺たち頑張ったんだよ?これが成功したら大人の仲間入りさせてくれるっていうからさ」

 ザハールも言う。

 そんな約束した覚えは無いが、双子にディアナとホリ・タイガの間に入るようには仕向けた。

「分かった。では双子、報告を」

「「よっしゃ!じゃあ作戦名『ディアナに友だち一人ぐらいはできるかな?』振り返りまーす」」

 ……誰だ、そんな救いの無い作戦名を付けたのは。

 


 要領を得ないながらも、双子が()()()()()ニールたちを邸に誘導した流れまでを聞く。

「ディアナってほんとアドリブきかないから大変だったよ。舞い上がってたザハール以下でさ」

 ダニールがヤレヤレと言った顔をする。

「アホか!俺のは演技に決まってるだろ!?……いや確かに本物のホリさんの輝きに負けそうになったけど……」

 トラヴィスがクスリと微笑む。

「いえ、あなた方には助けられました。作戦の第一段階はほぼ成功だったと言えるでしょう」

 トラヴィスの言葉にショーンが続く。

「本当ですね。ゼインさん、双子くんのおかげで作戦の第二段階にスムーズに移行出来たんですよ。D&Aの印象は決して悪くなかったと思います」

「「第二段階……?」」

 

 ショーンの言葉に双子が首を傾げるが、とりあえず無視して話を進める。

「よく分かった。ダニール、ザハール、よくやった。これからはお前達にも相応の仕事を任せる」

 パッと輝く二人の瞳に頷き返し、彼らに今日最後の指令を出す。

「というわけで、子どもは寝る時間だ。任務を完遂しろ」

「「………はあああっ!?大人の仲間入りじゃなかったのかよ!!」」

「うるさい。ショーン、あとは任せる」

 ショーンが頷きながら立ち上がる。

「さ、双子くん、お城に帰るよ。今日は僕もここまでだから」

「何でだよ!」「大人は卑怯なんだよ!」「はいはい、明日からは一緒に卑怯者になろうね」




 ギャーギャー煩い双子と、久しぶりに少年役を担ったショーンが立ち去ったあと、改めて全員の顔を見回す。

「とりあえず皆ご苦労だった。想定よりも早い動き出しで準備が大変だっただろう」

「いや、マカールさんが優秀だからナナハラの味付けの再現は随分前に完成してたし、こういう機会だったからこそプレゼンぽく無くて逆に良かったと思うよ?」

 ニールの言葉にギリアムとトラヴィスも頷く。

「そうか。ならば残りは直接交渉だな。それは機を見て行うとしよう」

「了解!」


 ディアナは知る由も無いが、シェラザードとナナハラの同時攻略は水面下で着々と進行している。

 二つの国に共通するのは、歴史上一度も侵される事無く国家としての独立を保って来たこと、それに裏打ちされた独自の文化と教育を保っていること。

 つまり、プライドが高い。……いや、誇り高いとでも言うのか、貧しくなろうが失われないそのプライドとの付き合い方が魔法使いである私にとっては面倒なのだ。

 だが、その二か国への攻めの一手は、実は双子……というか、ザハールのホリ・タイガへの傾倒ぶりから見つかった。

 

 

「それにしても、ホリ・タイガは想像以上の逸材だったすね。トランス状態作り出せるなんて」

 ギリアムの言葉に我に返る。

 トランス……俗に言うなら憑依状態。ディアナの言葉を借りるならば〝神降ろし〟という事になる。

 黒歴史の暴露はディアナが激怒しそうだから控えたいのだが、ギリアムとトラヴィス相手にそれが可能だろうか……。

「それで、彼は合格だったんすか?」

 ……気づいて無い?

 そうか、私と同様にやはり魔法使いには彼の〝オーラ〟は見えないのか。

 考えてみれば、魔法使いにオーラが見えるのならば、ディアナが何千年も自分の正体を隠し通せているはずが無い。

 ああしかし、あの迂闊さで隠し通せている訳が無いという見方の方が妥当な気も……。


 言葉に詰まる私の隣でニールが口を開く。

「合格合格!ゼインが彼をD&Aの世界戦略の柱にしたいって話はしたよね。実はその話、ストップかけたの僕なんだ」

「そうなのですか?」

「そうなんすか?」

 確かにあった。

 が、『ねぇ、せめてCMは可愛い女の子にしない?むさ苦しい男が薦めて来る食べ物とかキツいんだけど』と言われた。

 ターゲット層は『強い者に憧れる少年と、息子を可愛がる親』なのに。


「大きなプロジェクトだから()()()()を完璧にやりたくてね。いつか生の試合を見に行こうと思ってたんだけど、今日偶然ああなったでしょ?悪いとは思ったんだけど、トラヴィスに協力してもらった」

 ギリアムの耳を誤魔化せる、嘘では無いが、真実でも無い話がペラペラと口から出て来るニールに少し引く。

「そういう事だったのですね。実は試合中にニール様より思念が届きまして、理解が至らぬまま動いたためあのような事に……」

 そしてなぜかトラヴィスは突然反省し出す。


「ニールさん、トラヴィスに何て伝えたんすか?」

 ギリアムが当然の質問をする。

「んー?ええと……」

「『左手首を見たい』でございます。ですから私はあのような人の道理を外れた行いを……」

 再び反省の色を醸し出したトラヴィスを一旦脇に置き、ニールに問う。

「ニール、なぜホリ・タイガの左手首に何かがあると分かった」

「簡単な話だよ。動画や写真で唯一確認出来なかったのが両手首だけだったんだ。彼、試合中は上半身裸にファイトショーツで裸足だろ?利き手に何も無いことは最初に確認したから」

「あ、そのためにショーンにサインねだらせたんすね?ニールさんマジで策士っすね」

「まあね〜。でもみんな気づいてたでしょ?彼、左腕にだけ太めのリストバンドしてたじゃない」

 ニールの言葉に、何度も見返した彼の試合動画を思い浮かべる。

 言われてみれば確かに彼は試合の最中には手首にバンテージを巻き、グローブをはめていた。

 ニールの目…というより観察眼は恐ろしい。


「………ですから……切ってしまいました」

 トラヴィスが両手で顔を覆う。

「私はリストバンドを……切ってしまったのです」

 切った……

「あはは、リストバンド()()をね!見事だったよ。何をそんなにしょぼくれてんの?」

「ちょ、ちょっと待て。闘いの最中にリストバンドだけを切ったのか?」

「はい。つま先でサクッと……」

 サクッと……?

 どんな靴を履いたらそんな芸当ができるのだ。

「もっと慎重に事を運ぶべきでした。1ミリほど深めに当てて切り傷の一つぐらい付けるべきだったのです。そうすれば治療と称してニール様だけにこっそりと確認して頂けたのに……!」

 いや、怪我させる方が後々問題になるのだが。

「私のせいでディアナ様が卒業試験に落第などという事になれば、どうお詫び申し上げていいのか分かりません!」


 どこかズレている気がするトラヴィスの主張に皆が首を傾げる。

「えー……と、トラヴィス、何と何が繋がってそういう結論になるの?」

 ニールが問う。

「何……だって皆さまお聞きになられたでしょう?ホリ様はタトゥーを衆目に晒したくなかったのです。辱めを与えた私を従えるディアナ様とは友人になれないと思われても仕方ありません」

 整った顔を悲痛気に歪めるトラヴィスには申し訳ないが、彼は多分少し天然だと思う。

「なーるほど。個人的には男女間の友情は成立しない派なんだけど……あ、なーんてね!ね?」

 何が『ね?』だ。

 そんな事は当然だ。だからあえて卒業試験にしたんだろうが。

 ディアナの中で一度確定した関係性を覆すのは相当難しいからな。

 

 

「しっかし、ホリ・タイガのあの反応は少し過剰じゃないすかね」

 ギリアムが唐突に何かを思い出したように言う。

「何がだ」

「確かにタトゥー自体には賛否両論あるっすけど、あの程度なら気にする必要無くないすか?」

「お、ギリアムが言うと説得力あるねぇ?」

 ニールがニヤッとする。

「そりゃそうっすよ。黒歴史っていうのは俺みたいなのを言う……ってニールさん、ちょっとディスってます?」

 二人の掛け合いに、トラヴィスが目をパチパチする。

「あの、ギリアム殿にはタトゥーが?」

「あー……」

 

 ギリアムが頭を掻きながらボソボソと喋り出す。

「何というか、海で死んだらブヨブヨになって誰の死体か分かんなくなるじゃないすか。昔の船乗りはけっこう墨入ってて……」

「船乗りぃ?キミは海賊仕様のヤツがガッツリド派手に入ってるでしょうが。背中から上腕にかけて、こう、ガッツリと!」

「なんと、それは興味深い。所属先の判定のために海賊旗などを描くのですか?それともご自分の名前などを……」

「……トラヴィス、俺のこと三流のチンピラアホ海賊だったと思ってるっすね………?」

「い、いえ、手配書を見た限りでは、かなりの大海賊でいらっしゃったと……」

「───はあっ!?アレ見たんすか!?ぐおぉぉぉっっ!!黒歴史!!」



 三人が仲良く掛け合う姿を見ながら、ホリ・タイガの腕に刻まれた、おそらくは東方の古代文字と思しき物が螺旋状に巻き付くようなデザインのタトゥーを思い浮かべる。

 ギリアムが言うように、タトゥーがある、それそのものは多民族国家を標榜するネオ・アーデンにおいて大した問題では無い。

 問題なのは、彼が〝見せたがらない〟という事実。

 隠す必要のない国で涙を流すほど露出を嫌がる意味として、いくつか頭に置いておくべき事があるだろう。

 まずは、彼自身が自分の事をディアナが言った〝依代〟である事を知っている可能性。

 そして次に、タトゥーそのものが彼が望んで彫られたものでは無い可能性。

 あとは表に出す事で生じる、何か重大なリスクを抱えているか……。


 まあ、何にせよ今は判断出来ない。

 彼と話す機会を作らねば……と思った矢先、ギリアムがパッと顔を上げ、私の目を見て一つ頷く。 

「向こうから来たか……」

 小さく呟きながら開けた扉の先では、申し訳無さそうに眉を下げるホリ・タイガを背後に従え、なぜかパンパンに両頬を膨らませて不貞腐れたディアナが仁王立ちしていた。

 

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