ホリーダの秘密
ホリーダには腕が10本ぐらい生えているらしい。
「生えてないよ」
そしてトラヴィスには足が10本ぐらい生えていたらしい。
「生えてないね」
じゃあ二人とも六つ子だったことにしておこう。
「割り算苦手なのかな?」
…………………。
「ちょっとニール!!私の頭の中と会話しないでくれる!?」
「えー?だって目が疲れちゃったんだもん」
「だもん、じゃない!ったく!!」
緊張感など持ち合わせていない私とトリオと双子たちは、中庭で延々と繰り広げられているトラヴィスとホリーダの組手というものを眺めていた。
解説の双子いわく、相手に怪我させないように寸止めで技を出し合って何とかかんとか……
「おおっと!!トラヴィス選手の回し蹴りーー!!ホリ選手余裕です!余裕で身を翻す!!」
「と思いきや!トラヴィス選手勢いをつけてそのまま旋風脚!!人間技じゃありません!!」
「なんとここでホリ選手後方へ飛んだ!体勢を立て直すのか!?」
解説の双子、うるさい。
そしてトラヴィスが人間じゃないのは当たり前だ。
ライトアップされた中庭に面したテラスに用意された椅子に座り、尋常じゃない動きを見せるホリーダと、爪を隠しっぱなしにしていたトラヴィスの闘いを眺める。
「ねぇニール、トラヴィスがああいう感じなの知ってたの?」
左隣に座るニールが意味ありげに私を見る。
「まぁね。彼、驚く程万能だよね。でも腕相撲はギリアムの方が強いんだよ」
「へぇ……?」
私たちの会話にそのギリアムが加わる。
「トラヴィスの持ち味は腕っぷしよりも素早さと的確な急所突きすからね」
ショーンもやって来て私の隣に座る。
「ちなみにニールさんは射的が得意で、ゼインさんは泳ぐのが得意なんですよ」
ゼインが泳ぐ……?
「え!?あの男水の中ではしゃいだりすんの!?超ウケるんだけど!!どんな顔してバシャバシャやんのよ!」
「もちろん真顔ですよ。広いプールを何時間も楽しそうに泳ぎ回る眉間に皺寄せたゼインさん…。想像すると面白くないですか?」
「まが……アーッハッハッハッハ!真顔で!プール!何時間も!ヒーーッッ!!」
これはいいことを聞いた。
今度ムカついた時には、麗しく無い方の人魚に変えて海に落とそう。
雑談を交わしつつ眺めていた二人の組手。
様子が変わったのは開始30分ほど経った頃だろうか。
お互いにピタリと動きを止めたかと思えば、突然バッと距離を取った。
そしてホリーダがジャージによく似たシャカシャカした服を脱ぎ捨てる。
ラッキー筋肉が見られるかと思ったが、現れたのは先ほどギリアムが広げて見せたようなシャツと、この間スーツを買いに行った時にリオネルが巻いていたものより大きめのリストバンドとかいうものを着けた姿。
それと同時にトラヴィスも襟元を緩め、袖のボタンを外して捲り上げる。
「……いよいよ本番ですね」
ショーンが静かに呟く。
なるほど。これからが本番……。
「え」
今から本番?はあ?今までの時間何だったわけ!?
という言葉が喉元まで出かかるが、グッと飲み込む。
「姉さん、トラヴィスが本気出すっすよ。心音すら消す勢いで静まり返ってるっす」
「え」
まさか全力影魔法で闘うつも…ちょっと私がホリーダと友だちになる前に消さないでよ!?卒業がかかってんだから!!
という言葉が一瞬頭に浮かんで、立ち所に消えた。
目が釘付けになった。
トラヴィスと対峙したホリーダが、その身に今までよりも明らかに濃いオーラを纏い出したから。
「……面白くなって来たね」
聞き逃せない呟きが耳に入る。
バッと隣を見れば、ニールがニヤリと口端を上げる。
「あ…あんた知ってたの!?ホリーダのアレ、見えてたの!?」
どんどん濃くなって行く、光のような、霞のような、例えようの無いものに包まれて行くホリーダを指差しながら、小さな声で叫ぶ。
「見えてた。ずっと見えてたからこそ、想定外の事に驚いてる」
ニールの瞳が、その場にあるもの全てを吸い込みそうなほど熱を持つ。
そしてその瞳でホリーダを見つめる。
私もニールの視線の先に目を移した瞬間、ホリーダとトラヴィスが同時に動いた。
そして耳の奥に響いて来る、筋肉がぶつかり合うような音。
というかぶつかり合っている。
「な、なんでよ!怪我させないようにするんじゃなかったの!?」
目の前で繰り広げられているのは、どう考えても大怪我しそうな光景だ。
ホリーダがトラヴィスに拳を打ち込めば、トラヴィスが十字に交差させた腕で受け止める。
トラヴィスが蹴りを繰り出せば、ホリーダが腕の側面で弾き返す。
「と、止めなきゃ!ニール、ギリアム、ショーン……あれ?」
キョロキョロ辺りを見回すと、いない。
右にも左にも後ろにもいない。トリオがいない。
………消え…いや、いた。
双子ともどもテラスから抜け出し、ホリーダとトラヴィスがやり合っている場所をグルリと囲んで大歓声を挙げている。
「…………お子様どもが」
子どもはいつの時代もコレである。
そりゃ大昔から命懸けで闘う場面というのは腐るほど見て来た。
だけどそれが勝負だと言えるのは同族同士でやる場合の話。
異種族間で本気でやり合う時は……
とここまで考えてハッとする。
いやいやいやいや、トラヴィスは500年前にやり合ったじゃないか。
島を守るため、人間と本気で戦った。
そして負けた。
魔法使いは、負けたのだ。
いつか見た握り込まれたトラヴィスの拳を思い出し、急速に背筋が冷たくなって来る。
「ダ…ダメダメダメダメ!トラヴィス、早まっちゃダメよ!!ホリーダを倒しても何も変わらないんだからね!!」
アワアワしながら立ち上がり、テラスに設けられた階段に足を踏み出した時だった。
「………これはどういう状況だ」
背後で声が響く。
そして近づいて来る嫌味なカツカツ足音。
「──ゼインッッ!!」
バッと振り向き、現れた想像通りの人物の腰辺りにしがみ付く。
「な、なんだ、いきなり」
「ゼイン、トラヴィスとホリーダを止めてちょうだい!!」
「止め…?」
ゼインの視線が激しくぶつかり合う二人へと注がれる。
「……二人とも素晴らしい身体能力だな」
「ほ、褒めてる場合じゃないでしょ!?このままじゃトラヴィスが殺人犯になるでしょうが!!」
ゼインのネクタイをグイグイ引っ張って、階段を下りようとする。
「やめろ!!」
「もっと大きな声で!!」
「そうじゃない!!」
「だったら何よ!?」
片手で頭を掴まれる。
「よく見ろ。押されているのはトラヴィスだ」
ぐりんと首を回されて、再び二人がやり合う姿を視界に納める。
「トラヴィスが押され……え、ホリーダ勝ってるってこと?」
ゼインが青筋立てた顔でネクタイを締め直して応える。
「ホリ・タイガはアマチュアWTK世界チャンピオンなんだぞ?ったく……」
世界ちやんぴよんが魔法使いより強いのかは分からないが、ゼインが大丈夫だと判断したのなら大丈夫なのだろう。
それに何となく二人が楽しんでいるような気がしないでも無い。
「心配して損したっと」
再びテラスの椅子にドカッと座り、二人の技の応酬をしばし見物する。
「……ホリーダかっこいい」
呟けばゼインが呆れたような溜息を吐き、左隣に偉そうに足を組んで座る。
「ディアナ、分かってるんだろう?彼が人間だってことは」
静かに放たれたゼインの言葉に、視線を返さないまま頷く。
「……本当か?」
「ちゃんと分かってる。時々男の子か女の子か分かんなくなるけど、どっちにしたってカッコいいのは間違いないし」
そう、少なくともホリーダを〝人間以外の種族〟だと感じたことは一度もない。
そうじゃなければ、ゼインからの『人間の友人を作る』卒業試験を受け入れる訳がないし、さっきみたいな大騒ぎだってしない。
「だとしても、このままの状態という訳にはいかないだろう」
「…………………。」
しばらく沈黙が流れただろうか。
私は隣の偉そうな弟子に切り出した。
「ゼイン、ホリーダとお風呂に入って」
言えばゼインの目が見開かれる。
「い…やに決まってるだろう!」
「じゃあプール!あんた泳ぐの得意なんでしょ?」
「馬鹿を言うな!男と泳いで何の楽しみが……」
「ホリーダなら目の保養になるじゃない」
「なるか、アホ!!理由を言え、理由を!!」
とりあえず、極限まで声を落とし、ゼインの耳元でヒソヒソする。
「………ホリーダは、依代の可能性があんのよ」
ゼインの目が開く。
『依代……?精霊とか妖精が宿るアレか』
飛んで来た思念に頷き返す。
『こないだ一緒に見たでしょ?〝悪魔憑き〟の人間を祓う道具。道具は偽物なんだけど、憑いちゃった方は
本物で……』
ゼインの目がますます大きく開く。
『要はね、ああいうのを〝降ろした〟人間には痕跡が残んの。降ろしたモノの刻印とか……』
『そのために風呂………グッ、無理すぎる……!!』
ゼインのしょうもない葛藤が脳内で瞬時に消え去る。
ニールから私とゼインに同時に思念が届いたのだ。
『さあ、今日のメインの始まりだよ!』
突然ホリーダとトラヴィスの闘いが止まったかと思えば、全員が慌てた様子でホリーダを囲みながらテラスへと戻って来た。
「ホリ様、申し訳ございません!私とした事が……!」
トラヴィスが焦った声を出している。
「あの、アタシぜんっぜん大丈夫だから!裏技見れてむしろ大満足というか!」
ホリーダも焦った声を出している。
何が起こったのかと皆の輪を覗き込めば、ホリーダが右手で左手首のあたりを押さえているのが目に入る。
ニールがテキパキ動き出す。
「ホリさん、手をどけて頂いても?怪我が無いか念の為に確認しましょう」
「……え?ええと………」
ホリーダはなぜか右手をどかさない。
「あ、社長いらっしゃってたんですね。実は少々トラブルが……」
ニールのその言葉に、ホリーダがギョッとした顔でゼインを見た。
雰囲気を察したのか、ゼインが少し間を置いて口を開く。
「……後々裁判沙汰にでもなったら困る。ギリアム、医者を呼べ」
ギリアムが時計を出すために袖をたくし上げた瞬間、大きな声が響いた。
「──あ、のっっ!ほんとに怪我はないんです!!」
全員がホリーダの方を見る。
「………実はこんな感じになってまして……」
どこかの悪役に負けたホリーダがそろそろと差し出した左腕には、手首から腕の真ん中あたりまで、螺旋状に何かが巻き付いていた。
「タトゥー……?」
呟いたのはギリアム。
そう、巻き付いていると思ったものは、大魔女が一度も見たことの無い文字を細長く螺旋状に繋いだ、とても奇妙な入れ墨だった。




