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指輪とネックレス

 左手薬指にはまった指輪をそっと外す。

 そしてそれを鏡台の上へと置いてしばらくジッと見ていると左胸にチリッとした熱さを感じた。

 鏡の中の自分と向かい合い、今しがた熱さを感じた左胸の心臓あたりに目をやれば、うっすらと魔法陣が浮かび上がって来る。

 何度見ても凄い。

 凄い魔法だとしか言いようがない。



「……ディアナ様?性懲りも無くまたその指輪を見ていらっしゃいますの……?」

 背後で髪を結っているアレクシアから、ユラァとしたした魔力の震えを感じる。

「しょ、しょうがないでしょ!こんなに凄い魔道具初めて見たんだから!」

 言いながら左胸の魔法陣に触れ、魔力を流す。

 すると立ち所に魔法陣が消え、私の手に再び指輪が戻って来た。

「………古今東西、魔法使いが魔女にアクセサリーを贈る意味は、『お前の心臓を奪う』……つまり魔力を奪う、それすなわち死の呪い……。ディアナ様に呪い…?あの虫ケラは自分の命はおろか、息子の命も惜しく無いと見える」

「────!!」


 アレクシアの言葉に心臓がドッキーンとする。

 実はもうこのやり取りを一週間繰り返しているのだが、何度聞いてもドッキーンとする。

 というのも、指輪を貰ったあの日以来ゼインが行方不明なのだ。

 絶対にアレクシアが絡んでいるのだが、下手につつけば蛇どころかゼインの生首が転がり出て来そうなので、深追い出来ずにモヤモヤしている。

 ついでにアレクシアの言う『お前の心臓を奪う』が初耳だった割に、それはそれで私が今までに誰からも宝石を貰えなかった理由として非常に納得できるから余計にモヤモヤする。

 私の心臓を狙えるような猛者(もさ)は存在しなかった。

 

「…と、とにかく!よ〜く考えてちょうだい。長い私の人生で、あんた以外が作ったアクセサリー着けたのが何回あった!?さ、胸に手を当ててよ〜く考えるのよ!」

 ガッシガッシと髪を結い上げる仏頂面のアレクシアに鏡越しに問い質せば、真一文字のアレクシアの唇がボソボソと動く。

「……906年前の旧暦9月の満月の夜に一度目、そして一週間前に二度目……」

「その通り!!つまりリオネルのピアスとこの指輪!さあさあ、その意味は何!?」

 一週間繰り返したやり取りに、ようやくアレクシアが薄く微笑みを見せる。

「………運命の弟子の儀式、ですわ」

「大・正・解っっ!!よく出来ました!……つまり、ゼインが無事じゃないと成立しないんだけど……」

 

 チラッと伺うように鏡の中に言えば、アレクシアの眉根が寄る。

「虫ケラ……あの男は今頃五体満足でデリオラですわ。今は国際会議のハイシーズンですもの」

「……え?」

「忌々しい男ですが、オスロニアの分も働くというので爪一枚も剥がさずに……」

 ……え、ゼイン生きてんの?しかも普通に仕事行ってんの?

 指輪を貰った日から突然顔を見なくなったから、過去数千年の例のごとく、アレクシアに泥人形にされたのだと思っていた。

 アレはヤバいのだ。水を掛けられたら一巻の終わりで、排水溝にでも流されたら元の形に戻すのが超面倒くさい。


「あ、そうだ。そろそろカリーナ困ってるんじゃないの?もう一週間もこっちにいるでしょ?」

 せっせと私にジャージを着せるアレクシアに、遠回しにオスロニアに帰れと告げる。

 ゼインの無事が確認出来た以上、アレクシアに用は無い。

 というか鬱陶しい。

「体調万全、引継ぎも万全ですわ」

 ……うむ、失敗したか。

「あ、ニールには会いに行ってる?忙しいみたいだからあっちの手伝いしたら……」

 と言いかけたところでアレクシアの手がピタリと止まる。

「あの男………」

「何?」

 アレクシアがワナワナ震え出す。

「生意気にも程がある!何でもかんでも見透かしたような目をして、まるで見て来たように私の魔力がどうのこうのと……!!」

 アレクシアの髪がユラユラと逆立ち出す。

 ああ、面倒くさい。


「…………などという話はどうでもいいですわ!ささ、お揃いのネックレスを着けましょう!」

 話に飽きるのも切り替えも早いアレクシアに溜息をつき、掛けられたネックレスに目をやり再び溜息を落とす。

 首に掛けられたものは()ピアス。そう、竜討伐の際に着けていた例のものだ。

「私たち、まさに一心同体ですわ。男が贈る呪われた宝石とは違い、魔女が魔女に贈るアクセサリーは永遠に途切れない友情の証……!私たちに相応しい代物ですわ!」

 それこそ私にとって呪いの品だろうと突っ込みたい。

「……とりあえず行ってくるわ。あんた、かえ…」

「はい、お帰りをお待ちしておりますわ」

「…………………。」

 誰かオスロニアの火山を噴火させてくれ、そんなことを思いながら私は修行へと向かったのだった。





 給食センターのロッカールームで指輪を外して給食着のポケットに納めれば、左胸にチリッとした熱さを感じる。

 やはりよく出来た魔法だ。


 給食センターの渡り廊下を歩きながら、ゼインのことを考える。

 実際のところ、この指輪が運命の弟子の儀式用である可能性は五分といったところだろう。

 今私に見当がついているのは、カリーナが施していた双子への〝鍵〟の封印と、脱げばどこかへ消えて行くアレクシアのドレスの魔法の仕組み。

 何だかんだと迷惑千万なアレクシアではあるが、魔法薬と魔法道具…主に人形とドレスとアクセサリー製作においては優秀な魔女なのだ。

 好き嫌い関係なく、優れた魔法は素直に取り入れる姿勢は非常にゼインっぽい。

 絶対に無くならない指輪と、心臓に浮かぶ魔法陣……。

 ものすごくディアナ・アーデンっぽい継承魔法ではないか。

 

 だが、五分だ。

 あのゼインが、私でも見当付くような他人の魔法で満足する男か?という疑問が拭えない。

 きっとああだこうだと私を質問責めにし、しつこく実験を繰り返し、百年単位をかけて魔法を練り上げるはずなのだ。

 その証拠に、アイツは今だにソフトクリームの呪文を提出したがらない。

 


 そんなことをツラツラ考えていると、胸元のネックレスに魔力を感じた。

『あ、ディアナ様?聞こえます?今日のお夕飯は肉と魚どちらがよろしいですか?』

 ………来た来た来た来た。

『アレクシア!修行中に下らない連絡して来るなって言ったでしょ!?』

『ですから、下らなくないご連絡をしておりますでしょう?』

『…………………。』


 本格的にアレクシアをどうにかしなければならない。

 執着っぷりが激しくなっている。

 そもそも給食センターは装飾品禁止なのに、服の中に隠れるネックレスは着けていてもいいのだと勝手なルールを主張して、私を不良の道へと引きずり込んでいる時点で罪が重い。

 だが魔力通信式ネックレスのおかげで魔力を封じられることがなくなったのだから、怪我の功名とも言え……るわけが無い!!

『……とにかく、私が連絡するまでは全力待機!分かった!?』

『嫌ですわ』

『はあぁっ!?』

 プツンと切れた通信に、さすがの私の血管も切れそうになる。

 氷の大地に追い払って以来の鬱陶しさだ。

 ……何とかしなければ。

 どうにかしなければ!

 



「……アンタ、今日は随分とおとなしいわね」

 正面から聞こえた声にハッと我に返る。

「なあにー?なんか悩み事?てかアンタ悩むほど物考えれんの?」

 私を覗き込む顔と目が合う。

「……ホリーダ?」

「寝ぼけてんの?サッサと食べないと昼休憩終わるわよ」

 ホリーダの台詞に、ぼんやりと辺りを見回す。

 よく見ればここは社員食堂。

 人間の食べ物を食べる修行をする場所だ。


「…って、は?私いつの間にここに来たの?さ、皿洗いは!?」

 叫べばホリーダが大きな溜息をつく。

「はあぁぁぁぁぁぁ……。アンタねぇ、本格的に脳みそ大丈夫?」

 大丈夫!と胸を張っては言えないこの頃だが、今日は本気でびっくりした。

 私は午前中どうやって過ごしたのだろう。

「まあいいわ。それで?数時間分の記憶飛ばすぐらいの何があったってわけ?事と次第によっちゃ何とか出来るかもしれないから、とりあえず話してみなさい」

 相変わらずホリーダは優しい。


「あー……いや、何というか………」

 ホリーダにアレクシアの撃退法を相談して意味があるだろうか。

 いや、確か彼女…彼は闘いの世界に身を置いているから……そうだ。

「ねぇホリーダ、自分より明らかに弱い相手と闘う時のコツとかある?」

「…………は?」

 ホリーダの切れ長の黒い瞳が丸くなる。

「しばらくこっちに近寄れないぐらいには潰しときたいんだけど、やり過ぎると弱い者イジメみたいになるじゃない?適度に痛い目に合わせて距離を保つ方法みたいなものがあれば教えて欲しいんだけど」

 うむ。完璧な相談だ。


 ホリーダの眉がへの字を描く。

「なーんかよく分かんないんだけど、弱い相手が絡んで来る時って、結局構って欲しいだけなのよね。そういうのが一番面倒なのよねぇ……」

「!」

 なんと、アレクシアの面倒くささを見抜くとは。

「さすがホリーダ!とにかく面倒くさいんだけど、縁切るわけにもいかなくて」

 ちょっと肩を竦めて見せる。

「……本格的に困ってんのね。具体的にどういう目にあってんの?」

 ホリーダの目が興味深そうに光る。


 具体的……なるほど。闘い方の指南のためには相手の情報が必要というわけだろう。

「ええとね、まず、いつの間にかそこにいる」

「……へ…え?」

 ホリーダの顔に疑問符が浮いている。

「よく柱の影で覗き見してた」

「……はい?」

「私の側に男が現れたらとりあえず威嚇する」

「…………………。」

「面倒くさくて無視したら恨み言満載の手紙が大量に枕元に……」

 そこまで言った時、ホリーダの目がギンッと見開かれた。

「アンタそれ……大事(おおごと)じゃない!はっきり言ってそいつストーカーよ!?」

 いや、そんなこと三千年前から知っている。


 ガターンとホリーダが席を立つ。

「ダメよ!絶対に手ぇ出しちゃダメ!!社長に相談したの!?」

「…いや、相談しても意味ないというか……」

 それに先程まで行方不明だった。

「な……いいこと!?自分で何とかしようなんて思っちゃダメよ!無視して逆上させてもダメだし、優しくして付け上がらせてもダメ!警察よ、警察!警察に相談!!」

「いやいや、警察とかそこらの人間じゃどうにもなんないって。下手すりゃ町一つ消すレベルで頭おかしいから」

「─────!!」


 ホリーダが私をジッと見る。

 そしてニコリと微笑んで言った。

「アタシ、アンタん家に遊びに行ったげるわ」

「……はい?」

「ストーカーと遊んであげる」

 微笑んでいるはずのホリーダの目は、めちゃくちゃ据わっていた。

 

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