ディアナの人生
ゼインに掴まれて転移した先は、ようやく夕方になったばかりといった感じの、世界が橙色に染まる様子が窓越しに見える車の中だった。
「……あのー、ゼインちゃん?」
いつ着替えたのか、見慣れたスーツ……ではなく、楽そうな服にジャケットという珍しい姿のゼインに問いかける。
「だからそれはやめろと言っただろう。なんだ」
「な…なんだじゃないでしょ!ここどこよ!?」
窓の外を指差して叫ぶ。
「どこ……見ての通りグラタニアだが」
見ての通り……?
窓の外には一面に広がる手入れの行き届いた芝生。
そしてその奥には薄く朱色に染まった建物が見える。見えるが……
「わかるか!」
説明も無しに連れて来たゼインが圧倒的に悪いのに、なぜか溜息をつかれる。
「グラタニア王国の首都」
「グラタンの首都」
「……リンゴン・シティ」
「リンゴ?」
ゼインのこめかみに薄く血管が浮く。
「ギリアムの生まれ故郷だろうが!ちゃんと覚えておけ!」
……ギリアム。
「えっ、海賊の国ってこと!?ウソウソ!本物見たい!」
今度はゼインの目が細〜くなる。
「……いや、そうだった。お前の脳細胞の連結具合を考えれば当然の帰結だ」
ブツクサ小難しいことを言いながらゼインが私を車から押し出す。
「とりあえずギリアムの件は関係無い。行くぞ」
昼間に続いて私はまたしてもマイペースな弟子に連れ回されるハメになったようだ。
ゼインがズンズンと先ほど見えた建物へと近づいて行く。
その背を追って建物に近づいてみれば、それがネオ・アーデンではお目にかかれない象牙色の古い神殿だと気づいた。
「……なんかものすごく入りたくない雰囲気が漂ってるんだけど」
ボソッと言う。
これだけの神殿で暮らしていた人物にはかなり力があったに違いない。
なのに何にも無い。感じられるものが全く無い。
まさかゼインはここで人間相手に詐欺を働けとか言い出す気では……。
ここで暮らせとか言われたら家出する自信しかない。
ゼインが半身を返し、私を見る。
「アホな事を考えている顔だな。安心しろ。ここは博物館だ」
「博物館?」
「ああ」
頷きながらゼインが前に進もうとする。
「ままま待って!ほんとに博物館?中に入ったらいきなり祭壇とかそういう背筋がゾゾゾってするもの無い!?」
足を踏ん張ってジャケットの裾を引っ張り、進もうとするゼインに待ったをかける。
「……祭壇?……ああ」
ゼインがニヤっとする。
「あるな」
「!!」
「い、嫌だって!どうすんのよ、私が勧誘されたら!!」
「スカウトするなら年若くて言う事を聞かせやすい純朴な田舎娘だと相場が決まっている」
「だーかーらーよっっ!!」
ギャイギャイ抵抗しても全く効果が無く、超嫌々ながら手を引かれて入った建物の中は、なるほどなんの心配もいらない場所だった。肩すかしである。
壁にはたくさんの機械が埋め込まれ、ゼインが時計をピッとすれば、『まいどあり』的なことを喋っていた。
「ここは世界で最も古い博物館だ」
石造りの床をどこかへ向かいながらゼインが言う。
「へー」
「そして世界で最も多くの文化財を保有している」
「へー」
「まあ、魔力の無いガラクタに興味は無いが、何かを収集したいという欲求については認めてやってもいい」
「へー……」
いや、それは本当にどうでもいい。
そろそろ私がここに連れて来られた理由の説明をしろって話だ。
「お前の人生の半分ほどの歴史しか無いだろうが、参考程度にはなるだろう」
「……はい?」
ゼインがくるりと振り返る。
「あの二人とは、アーデンブルクの思い出話をしたのだろう?」
……した。
3人でアーデンブルクの魔法使いの誕生会をした。
……もしや仲間外れにしたことを怒っているのだろうか。
「私にはお前と語り合えるほどの思い出は何も無い」
「あー……」
「だから皆と共通の思い出より前の人生を知りたい」
「え?」
「私はアーデンブルクの代表ではなく、ディアナ・アーデン個人の誕生日を祝う事にする」
────!
私がよほど変な顔をしているのか、ゼインが口端を上げて手を差し出す。
「まずはミイラからだ。作り方から説明してもらおうか」
「はあっ!?知るわけないでしょ!私はミイラの中身専門だったの!」
言いながら差し出された手を掴む。
「……なるほど。ならばミイラを作っても死者は復活しないと人間に教えなかったのはあえてなのだな」
「………………なんのこと」
「……さすがは私の詐欺師だ」
クスリと笑いながら耳元で囁かれた言葉で確信した。
この男、私の黒歴史の大半が、実は人間相手の詐欺のようなものだったと気づいている。
いや、当たり前だっつーの!
私が祈ってりゃ何でも叶えてくれるような都合の良い女なわけ無いでしょうが!
歩き回った博物館の中は、さながら過去へと遡る時間魔法の中のようだった。
ミイラからスタートし、変な胸像や古い宝飾品、祭祀の道具なんかを見て回りながら、おそらくこの辺りの時代が私の黒歴史の終わりかけだと感じる。
「……もうバレてるからアレなんだけど、この頃はまだ私魔女じゃなかった」
「ふむ、およそ3500年前あたりだな」
「そこは口にせんでよろしい。ま、もう少しで私の人生にアレクシアが登場する頃ね」
ゼインが目を見開く。
「あの魔女……いつまで生きる気だ」
それは右に同じく。
「あ、石板がある」
展示物の間を縫って歩いていると、正面に大きな石碑が現れた。
「あれには象形文字が刻まれている。解説によると古代の王を賛美する叙事詩が書かれているらしいが……」
ゼインがチラッと私を見る。
「おっけーおっけー、読んで差し上げよう!」
石板に群がる人間をかき分け、二人で最前列を陣取る。
「なになに…?ふむふむ。あー!」
「何と書かれているのだ」
ゼインが眉根を寄せて石板をじいっと見ている。
半分冗談だと思っていたが、本当に古代文字は読めないらしい。
「確かに王様を褒め称えてるわね」
「そうなのか?」
「うん。『王は虫歯に苦しんでいた。』だって」
「は?」
「ええとそれから『であるにも関わらず五カ国を征服し、子どもを百人残した英傑である。』へーすごいわね。あの頃虫歯は死病だったのに」
「……………。」
「あはは!『ここに彼の偉業を称え、歯無し王の尊称を未来永劫刻む。』あはははは!カッコいい!!」
さすがは昔の人間。
相変わらず笑わせてくれる。
「……ディアナ、行くぞ」
ゼインが小さな声で言いながら私の服を引っ張る。
「え、何で?他の石板も読みたいんだけど」
ゼインが後方に顎をしゃくる。
「……今は歴史の教科書を書き換えている場合では無い」
「は?」
くるっと後ろを見れば、たくさんの人間が石板を見ながらヒソヒソコソコソやっていた。
え、みんなアーデン語分かんの?
その後も色々見て回って、私の優れた記憶力を駆使して正しい歴史の解説をしてやった。
だがなぜかゼインに限界が訪れ、途中で博物館を出ることになったのだ。
「あー楽しかった!最後まで見れなくて残念だわ。……てかあんた、いつまで笑ってんのよ」
「フ……フフ……だめだ、例の祈祷が……!」
「祈祷〜?ああ、はんにゃ〜ほんにゃ〜こにゃりゃりゃそにゃらら〜消えろ!消えろおおお……!!」
「や、やめ……あっはっはっは!!」
久々のゼインの爆笑に、私までもがニヤニヤしてしまう。
何でもゼインは、古代の人間の神官が〝悪魔憑き〟相手にやっていた儀式の物真似がお気に召したらしい。
展示物として飾ってあった聖杖を振り回してもお咎めがなかったほどウケていた。
「……ふ、ふふ………」
眉を下げて子どものように笑うゼインの隣に立ち、芝生の上で伸びをする。
空はすっかり夜の色へと変わり、数時間前に見ていた大きな月が眩しいほど煌めいている。
「………昔はさ、夜を照らしてくれんのは星か月だけだったのよね」
ポソリと呟く。
「……月が大きい夜、生き物が寝静まった真っ暗な大地の上を飛び回ってた」
ゼインが私の横顔をじっと見ている。
「原始の魔法使い……魔力に目覚めた子どもたちのために、穏やかに暮らせる場所を探してたの。…迫害っていうのかしらね、人間は警戒心が強いじゃない?爪弾きにされて行き場所を失くした子どもたちを何とかしてやりたくて……」
「……あの島を見つけたのだな」
月を見上げたまま静かに頷く。
「……私はひたすら自分のやりたいことだけやって来た。国作りも、学校の運営も、頑張ったのは私以外の誰かであって、私は好きなことだけやって来たの」
ゼインが少し視線を落とす。
「……きっとそうなのだろう」
その私の我儘な生き方に、たくさんのものを巻き込んだ。
自分より年若い魔法使いたちを死に追いやり、それでも結局自分本位な生き方は変わらないままここにいる。
「……私の人生、祝う価値ある?」
少し意地が悪い質問をする。
「ああ。今日ここに来て確信した事は一つだけだ」
「ふーん?」
ゼインが何かを決意したかのように、真剣な顔をする。
「ディアナ、手を出せ」
「は?手?」
何のことか分からずに両手をゼインの前に差し出す。
「……こちらだけでいい」
そう言いながらゼインが私の左手を取る。
「お前がその時々で何と呼ばれていようが、これから先何と呼ばれる事になろうが、ディアナ・アーデンの残りの人生は全部私がもらう」
「………は?」
目をパチパチしていると、ゼインが片手で指を鳴らして何かを取り出した。
「私の人生に現れてくれた感謝の印だ。ありがたく受け取れ」
超上から目線の塊のような台詞とともに薬指に通されたのは、月夜を受けて淡く煌めく細い指輪。
「これって……」
いつぞや言っていた新しい指輪……にしては明らかに作りが精巧だ。白金に大量に埋め込まれた小さな石は、おそらく最高級のダイヤモンド。
「失くせるものなら、失くしてみろ」
なぜか勝ち誇ったようなことを言うゼインの黒い瞳に、少しだけ金色が混じり出したのを私は黙って見つめていた。




