誕生会
「トラヴィスなんて言ってる?」
「是非とも!!じゃと。今外国におるみたいじゃからしばらく待とうかの」
久々の花火でリオネルを祝ったあと妙に興奮状態に陥った私たちは、どうせならトラヴィスも呼んで誕生会をしようという話になった。
ガーディアン・ビルのてっぺんに居座って、宝石箱をひっくり返したような夜景を肴にぶどうジュースで乾杯と洒落込んでいる。
「てかさ、トラヴィスって公式何歳ってことになってんの?」
リオネルに尋ねれば、目を右斜め上に動かしたあと首を傾げた。
「……はてのう。そういや年齢どころか住んどるところも知らんのう」
「えー、しっかりしなさいよ……」
……と待て。しっかりするのは私じゃないか。
そういや知らない。トラヴィスがどこで暮らしているのか全く知らない。
いや、そう言えばゼインもトリオも目の前のリオネルも公式何歳なのか知らない。
……ま、別にいっか。どうせ適当に決めたんだろうし。
「一応、34歳という事になっております」
突然背後から聞こえた声にパッと振り返る。
「トラヴィス!」
「おー、トラヴィス。早かったの」
片手でグラスを掲げ、トラヴィスを迎える。
「お待たせしました。今宵はこちらでお祝いを?」
相変わらず美しい微笑みを浮かべ、トラヴィスが輪に加わる。
「んー?いや、そういうわけじゃないんだけど、何かいい気分になっちゃって」
「なるほど。確かにここの夜景は世界一と名高いですからね」
「そうなんか?目がチカチカして落ち着かんがのう」
クスリと笑ったトラヴィスに、指を鳴らしてグラスを出す。
「乾杯しましょ!トラヴィス、誕生日おめでと〜」
こっそりと本物のワインをグラスに注ぎ、今日のもう一つの肴はトラヴィスにしようと決めた。
皆で思い思いの軽食などを宙に浮かべ、魔法使いらしい誕生会は続く。
「花火を上げられたのですか?私としたことが見逃すなんて……」
左隣に座ったトラヴィスが残念そうに言う。
「あ、もう一回やろうか?トラヴィス本当は何歳なの?」
ゲイリーと同学年ってことだから、おそらく700歳ぐらいなんじゃないかと予測してみる。
「…ふふ?秘密でございます」
「は?」「なぜじゃ」
人のことをとやかく言えないが、たかだか百年単位の人生を秘密にする理由が分からない。
超若いのに。
「それは当然、その方が心穏やかに生きられるからです」
心穏やか……?
トラヴィスの癒しのツボが謎すぎるのだが。
「あ、ワシなんか分かったかも。確か7、800年前にベネディクトんとこに産まれた最後の孫がおったの」
「リオネル様……?」
なぜかトラヴィスの笑みが黒くなる。
「千年ぶりの孫じゃちゅうて、大層可愛がっとったわ。ぷりてぃべいびー…いや、ぷりんすべいびー……あ、尻がプリプリのプリちゃんちゅうて毎日裸で抱っこ紐に……」
「……リオネル様………?」
「な、なーんての。魔法使いに年齢なぞあって無いようなもんじゃ!のう、師匠!」
それはその通り。
しかしお尻プリちゃん……超可愛い。
なるほど、トラヴィスは父親のクラウディオが相当歳いってからの息子なのだろう。
いやだから魔法使いの相当の歳って何歳だ。
「んじゃ歳の話は置いといて、あんたの青春時代の話してよ。恋人は?100人ぐらいいた感じ?」
聞けばトラヴィスがスイッと目を逸らす。
「あーやーしーい!リオネル、トラヴィス吐かせなさい!ついでにエレガントな家に住んでそうだから住所も聞き出しなさい」
「まかせとけい!」
リオネルが両手でそれぞれ異なる捕縛用の魔法陣を描く。
トラヴィスがヒュッと飛び上がる。
「お、おやめ下さい!お二方に聞かせるような話は何も……特に家は駄目でございます!とても人様には見せられないものが……!!」
「ほほう?トラヴィスもなかなかアレじゃのう」
「ち、違います!おそらく、断じて、ご想像のものとは違います!」
リオネルから逃げ惑うトラヴィスを見て、私は久しぶりにお腹を抱えて笑った。
楽しくてたまらなくて、その楽しさが少しだけ切なかった。
「……楽しかったわよね、あの頃も」
眼下に広がるネオ・アーデンの街を眺めながら呟く。
申し訳なくて思い出さないようにしていた〝楽しかった頃〟が、確かにここにあったのだと胸に迫る。
「……一晩中上がっておりましたね、花火」
トラヴィスがそっと左隣に立つ。
そしてリオネルも魔法陣を消して右隣に立つ。
「そうじゃったのう……。皆で師匠の歳を予想して、3万発ぐらい打ち上げとったのう」
余計なこと思い出さんでいい。
しかも完全に失礼な方向に間違っている。
「リオネル、トラヴィス」
二人に呼びかける。
「そろそろ本格的に探しましょう。……花火を打ち上げてくれる子たちを」
「「─────!!」
二人の方へ体を向ける。
「…グズグズしちゃったけど、リオネルの修行も順調だし、次はトラヴィスとの約束を果たす番だと思って」
言えばトラヴィスがハッと目を見開く。
「約束ぅ?なんじゃ、二人だけで内緒の話しとったんか」
頬を膨らませるリオネルの頭を撫でる。
「……トラヴィスがね、世界中の魔法使いの最後の魔力を集めてくれてるの。たった一人で、何百年も」
「なんと……」
リオネルに頷き返し、今度はトラヴィスの肩を撫でる。
「だけどその数は当時生きてた魔法使いの数に遠く及ばない。だから宝石の魔力を大地に返しながら、生き延びた魔法使いを探す。今日決めた」
「ディアナ様……」
「それにあんたたちのお嫁さんも探さなきゃだしね!」
パチリと片目をつぶれば、二人が揃って怯んだ顔をする。
今ならば、弟子だけを探して一人で旅した400年が間違っていたのだと分かる。
グラーニン一家のように、心細さと戦っている魔法使いを探さなきゃならない。
それに前よりずっと上手に探せる気がするのだ。
何だかんだで人間とも話せるようになったし、何よりも心強い仲間がいる。
そして今日、ようやくこの場所がアーデンブルクと繋がっていたことに気づけた。
帰り道が分かる旅ならば、何度だってやり直せる。
「あの、ディアナ様…?」
トラヴィスが『嫁探しはやめてくれ』という目で私を見ている。
「なーによ。同時並行した方が手っ取り早く個体数増加するでしょうが」
「ああ……いえ、そうではなくて、お仕事はよろしいのですか?最近は推し活にも精を出されて……」
仕事……と推し活……。
「あー……」
トラヴィスの言う〝仕事〟が給食センターのことならば、正直もうどうでもいい。
多分私にこれ以上の伸び代は無い。リオネルとの買い物で思い知った。
ホリーダの件はそうはいかない……のだが。
「その〝推し〟のためにも外に出る必要があんのよ。職場ではこれ以上何も探れない。魔女として研究に割く時間がいる。文献も読み直したいし、実地調査にも出かけたくて……」
まあ、小うるさいゼインをどう出し抜くかが問題なのだが。
一緒に旅に出ようと誘ったところで、『次の休みは半年後だ』とか言うに決まっている。
「……左様でございますか。分かりました。それでは私も準備を急ぎます」
トラヴィスが真面目くさった顔になる。
「準備?」
「ええ。ゼイン様が動かざるを得なくなるよう、お預かりしている案件を……」
……あれ、何でゼインのこと考えてたってバレたんだろ。
まさかトラヴィスも思念を……
「呼んだか?」
「「「!!」」」
突然頭上から響いた声に三人でビクッとなる。
「ゼ、ゼイン様!」
「なんじゃあゼイン、なぜここが分かった」
そ、そうだそうだ!なぜ分かった!
三人で見上げた先で、ゼインが小馬鹿にしたような顔をする。
「いかにも怪しい集団の動向を私が見落とすわけが無いだろうが。……というか、あれだけ派手に花火を打ち上げておいて、分かるなという方が無理だろう」
「「確かに」」
リオネルと声が揃う。
「それよりトラヴィス、先程の件だが流石に良い着眼点をしている。どのくらいで整う」
「は、はい。ひと月頂ければ……」
「分かった。進めてくれ」
「畏まりました」
スッと頭を下げるトラヴィス。
何とまあ偉そうなんだ、この腹黒は。どこからどこまで聞いていた。というかさっさと降りて来んかい!!
「何が何やらよう分からんが、ゼインよ、今日はおぬしの出番は無いはずじゃが?」
リオネルが何だか強気でゼインに物申している。
いいぞ、やれやれ!
「だからちゃんと譲っただろうが。お前の言う〝今日〟はすでに〝昨日〟だ」
「……ほ?」
「2分前に日付を跨いでいる」
「!!」
今度はリオネルが鳩が豆鉄砲的な顔になった。
負け……るな!言い返すんだ!
話の筋は全く分からないが。
「……というわけで」
何が〝というわけ〟なのか知らないが、ゼインがシュル〜っと私の目の前に降りて来る。
「ディアナ、行くぞ」
右手がガシッと掴まれる。
「は?」
「〝今日〟をやり直す」
「は?」
「機会は平等に与えられるべきだろう」
「いや、は?」
訳も分からず転移に巻き込まれる視界の端では、ペコリと頭を下げたトラヴィスの隣で、リオネルがパンパンに両頬を膨らませていた。




