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リオネルの日

「師匠、買い物に連れて行ってくれぃ!」


 …はて、私は知らず知らずのうちに時間魔法でも使ったのだろうか。

 それとも記憶魔法……?

 似たような台詞を最近聞いた気がする。


「師匠、聞いとるんか?双子の分はもうマカールとカリーナが準備したっちゅー話じゃぞ。ワシの分は師匠が準備するのが筋っちゅーもんじゃろう」

 おそらく今日は休みだと思われる日の朝、相変わらず早起きの元老人が部屋に突撃して来た。

「……準備?」

「もう昼じゃというのにまだ寝ぼけとるんか?……まさか師匠、ワシの一世一代の大イベントがまーーったく頭に入っとらんとかそういう保護者失格的なことを……」

「ま、待った!ま…まっさかー!アレでしょ、アレ!そういやそろそろかしらねぇなんて思ってたのよ!ホホホホホ!」

 はい、ヤバい。

 何のことだか全く分からない。

 紙飛行機でも飛んで来ていただろうか。


 ベッドの上からチラッと机の方へ目をやると、その視界を遮るようにリオネルがジトッとした目で私を見ている。

「……とにかくじゃ、今日こそは師匠と買い物に行くからの!さっさと準備して出かけるのじゃ!」

 そう言って両手を広げたリオネルが魔法で布団を引っぺがし、私の顔に水球をぶつけて来る。

「…ちょ、ちょっとま……アブブブ!何なのよ!」

「3分後ホールに集合!」

 

 バシュッと消えたリオネルのいた場所をパチパチまばたきしながら見たあと、おそらく何か大事な用事があったのだろうと思い直し、私はいつぞやニールたちにダメ出しされながら選んだ服に着替えた。



「お、師匠も黒い服とジャージ以外の存在を知っとったんじゃの」

 うるさい。

 と思いつつ、何だか小洒落た服を着たリオネルの前に立つ。

「ふーん?あんたもシャツとか着んのね。襟のとこ苦しくない?」

 言いながら少し折れたリオネルの襟を直す。

「今日はこういう服じゃないとダメなんじゃ。さ、行くぞい」

 クルッと玄関の方へ体を向けたリオネルを追いかける。

「ちょっと待って!まさか歩いて行く気!?」

 勝手に出歩いたらキッチリとエレガントに怒られる。

「今日はそういう日なんじゃ。しかしのう、老体にはいささかしんどかろうて。ほれ、徘徊せんようにワシが手を繋いでやるからの」

「…………………。」



 何のことかサッパリ分からないまま、右手をリオネルに引かれてネオ・アーデンの郊外を歩く。

「おお、ここじゃここじゃ!」

 てくてく歩いてしばらく、リオネルが道端で立ち止まった。

「どうかしたの?」

 壁に向かってブツクサ言っているリオネルに眉根を寄せる。

「学校帰りに双子がしょっ中買い食いしよるんじゃ。ワシはいい子じゃから最初は師匠と一緒に食おうと思っての」

「ふ〜ん?」

 壁食べんの?の言葉を飲み込む。


 リオネルが壁に嵌め込まれたボタンのような何かを押す。

 次の瞬間、私は信じられないものを見た。

「ほいほい、これでピッとな……」

 リオネルがシャツの袖を少し捲り、ピッとしている。

 ピッとしたら壁に穴が空き、そこから小さな二つの枝が出て来た。

「まさか今の……買い物!?」

 枝を二つ抱えてトテトテ戻って来たリオネルに尋ねる。

「ん?おお、そうじゃな。チョコバーちゅうらしい」

「ちょこば…え、あんたお金は?」

 リオネルがニヤッとする。

「ショーンが双子と一緒のリストバンド…とかいう機械をくれたんじゃ。便利じゃぞー。これで電車もバスも乗れるし、何より買い物し放題じゃ」

「買い物し放題……?」

「バッチリ師匠の銀行口座とくっついとるからの」

 ……は?



「師匠、修行の進み具合はどうなんじゃ?」

 チョコバーが気に入らなかったのか、粉塵に変えながらリオネルが問う。

「進み具合?」

 同じくチョコバーを一口齧ったあと、無言で消し去りながら返事をする。

「そうじゃ。ワシようやく語学学校がひと段落したじゃろ?とりあえずゼインとの約束の半分は到達したわい」

「え」

 ゼインとの約束……?

 そう言えばなぜ私は人間の修行なぞやっているのだったか。

 ええとリオネルが若返って長生きしそうだから人間の暮らしを何とかかんとか……。

「というわけで、お互いこの半年に得た知識を披露し合うっちゅーことで、れっつごーじゃ!」

「は?ちょっと待って!」

 マイペースが過ぎる……!



「人工島を繋ぐあの橋な、下は全部水門になっとるんじゃと。潮位を調整したり堀を作ったりあとは真水に換えたり大忙しじゃ」

「ほうほう」

「青い道路は自動運転専用レーンで、黒い道路が自走車用じゃ。渋滞にかかったらそのまま離陸できる車兼飛行機はどうじゃろうか」

「ほほう?」

「会社には下請けっちゅうのがあるらしいんじゃが、機械を組み立てたかったらそっちで働くんじゃと。コア技術の研究の方が面白そうじゃけど、怖い顔が近くにあるじゃろ?どっちがええかのう」

「ほう……」

 

 めっちゃ喋る。

 緑色の瞳をキラキラさせながらリオネルがめちゃくちゃ喋る。

 そういや手を繋いで並んで歩くの懐かしい……などという思い出に浸るヒマも無いほど超喋る。


「ほれ、師匠の番じゃ。ワシより長いことここで暮らしとるんじゃから、色々学んどるじゃろ?」

「え……オーホホホ!当然よ!ちょっと待ちなさいよ」

 ええとええと……確か車は自分で運転できるのがステイタスで、壁抜けじゃなくてトンネル。道路の真ん中に立ったらだめで……。

 え、これだけ?いやいや、何か他にあるでしょうよ。

 お金は数字で、借金したら野宿でしょ?つうはんで冠婚葬祭はイケるけど果物は手に入らない……

「……とりあえず、学びすぎて言葉にできないわね」

「……………スッカスカじゃの」

「思念を……読むな!!」

 


 リオネルの修行の成果を聞きながら辿り着いたのは、高いビルの一階にある服屋だった。

「さて本番じゃ。トラヴィスからメモ貰ったからの。この通りに揃えるぞい!」

 そう言ってリオネルがビルの中へと入って行く。

 手を引かれるまま踏み入れば、そこにはカッチリキッチリしたスーツを着た男の人形がズラリと並んでいた。 


「……え、あんたスーツ買うの?」

 リオネルにスーツ?はあ?的な視線を飛ばせば、リオネルが呆れた顔をする。

「やはりなーんも覚えとらんかったか。師匠、ワシと双子は語学学校を卒業するんじゃ。卒業式にはスーツを着るもんじゃと皆言うておった。じゃからこうして買いに来たんじゃろうが」

 スーツで卒業……スーツ……

「じゃなくて卒業!?あんたたち卒業すんの!?おめでとう!」

「……不思議と全く嬉しく無いんじゃが」

「え、何で?てか早く言いなさいよね!スーツスーツ!スーツ買うわよ!」

「………………。」



 何にせよ弟子の卒業はめでたい。

 だから私はウキウキでリオネルを着替えさせた。

 トラヴィスからのメモを引ったくり、頭のてっぺんからつま先まで、心がウキウキする色味でリオネルを仕立て上げた。

 結果、店中の人間の肩が揺れていた。


「…ふ……す、素敵な装いで、すね……」

 巻き尺を持った人間の女その1が褒め称える。

「そうでしょそうでしょ!?やっぱり祝い事はこうでなくっちゃ!リオネルも気に入った!?」

 喜びのあまり口がきけなくなったリオネルに、鏡越しに話しかける。 

「んー、でもやっぱりネクタイは黄色の星形がいいかしらね。やっぱり五芒星は欠かせな……」

「……却下」

「は?」

「却下じゃこのスカポンタン!!ちんどん屋でももう少しマシな恰好しとるわ!!」

「はあっ!?」

 リオネルがパッションピンクのジャケットを脱ぎ捨て、黄緑色のネクタイとともに私に押し付ける。

「ちょっと何で脱ぐのよ!赤色のシャツに合わせたのに!!」

「……じゃからに決まっとろうが。もうあっちに行っておれ!店員、うちの婆さんの相手を頼む」

 なぜかリオネルがプンプン怒ってどこかに行ってしまった。


「………反抗期?」

 首を傾げながら突っ立っていると、人間の女その2がおずおずと近付いて来た。

「あのう、お婆…おか……お姉様?」

 全く違うが、どれも正しい気もして無言で女の方を向く。

「私どもにお任せ頂ければ、卒業式に相応しい装いを調えさせて頂きますので……」

「ふーん、そう?じゃあ任せるわ」

 女がにっこり微笑む。

「ご予算はいかほどをお考えですか?」

 予算……?

 使ったことのない単語である。

「あー……よく分かんないから月給三か月分ぐらいにしてちょうだい。スーツってそのくらいなんでしょ?」

「さんかげつ……ええと、それはどなたの…」

「どなた……あ、ゼイン・エヴァンズ!ガーディアンの社長、知ってる?」

「!!」


 その後現れたリオネルは、ゼインそっくりのカッチリとしたスーツ姿だった。

 つまらん。

 果てしなくつまらなかったが、リオネルがこれでいいと言い張ったため、裾上げなんかを済ませたあとガーディアン・ビルに届けてもらうようにした。

 水晶の城の住所が分からなかったのだ。



「はあ〜……。買い物がこれほど大変だとは思わんかったわい」

 すっかり日が暮れた帰り道をトボトボ歩きながらリオネルが溜息をつく。

「あんたがゴチャゴチャ言うからでしょ!それにしても人間のふりって大変ねー。ローブだったらいくらでも縫ってあげれんのに」

 そう言えばリオネルがチラッと私を見て、また大きな溜息をついた。

「それは次の卒業までお預けじゃ。じゃーが、今からキッパリハッキリ言うておくからの!今度卒業する時は、黒!黒のローブを頼むからな!」

「ええー、黒ー?ふーん、あんた黒衣目指すの?あ!卒業って、もしかして独立するってこと!?」

「……そう来たか」

 リオネルがにっこりと微笑む。

「卒業試験は〝本物の馬鹿につける薬〟の完成っちゅうのはどうじゃ?」

「それいいわね!世界中のお馬鹿が救われるじゃない!!」

「灯台下暗しっちゅうのは名言じゃな」

「は?」



 それにしてもリオネルが弟子を卒業する日が来るかもなんて、嬉しいけど少し寂しい気もする。

「……あんた痩せっぽっちだったわよね」

 行きと同じように手を繋ぎながら、二人で薄闇の中を歩く。

 初めてリオネルの手を引いた日もこんな感じの夜だった。

「手も足も首も折れそうなぐらい細くて、目ばっかり大きくてさ」

「そうじゃったかのう。師匠は少し小さくなったんと違うか?昔はもっと大きかった気がするが」

「あんたが大きくなったんでしょ!大きくなったかと思ったら急に老人になったり、あんたほど色々やらかした子なんかいないわよ」

 

 本当に色々あった。

 一緒にたくさんの弟子を迎えたし、たくさんの弟子を見送った。

 アーデンブルクの始まりと、そして終わりを知っているのは今や彼だけだ。


「……ほんとにの。しょっ中やらかしてゲンコツもろうたわい」

 リオネルがビルの向こう側をぼんやりと見る。

 その視線を追えば、煌めくビルの谷間から大きな月が顔を覗かせ出した。

「……あ、もしかして今日…誕生日?」

 言いながらようやく今日一日の意味に気がついた。

 一年で一番大きな月が空に昇る夜、アーデンブルクの皆は一つ歳を取った。

 でもその始まりはリオネルだったのだ。

 リオネルを引き取った日は、古い友人を送った日で、月が大きな夜だった。


「覚えとったんか。8歳のあの夜、ワシに家族が出来たんじゃ。新しい人生の始まりじゃちゅうて、なぜか0歳に戻らされたんじゃが」

「あはは!そうだったそうだった」

 実はあの日私も勝手に心だけはハタチに戻ったのは秘密にしておこう。


「師匠、祝いのアレ…やってくれんか?」

 リオネルが少し照れくさそうに言う。

「アレか……。やってあげたいんだけど、後でゼインに怒られないかしらねぇ」

「今夜は無礼講じゃ!ゼインもその辺りは分かっとる」

「ふーん?おっけ、じゃあ行きましょ!」


 二人でフワッと空を飛び、島で一番高い建物……もちろんガーディアン・ビルのてっぺんに降り立つ。

「ええと、リオネルいくつになったんだっけ?」

「1500歳じゃ!」

「せんごひゃ……?」

 まあいい。自己申告制、けっこうな事だ。

「行くわよ!!」


 その日ネオ・アーデンの夜空には、1500発の魔力の花火が乱れ咲いた。

 

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