内緒の話
私はまたもやマズいことをしたようである。
隣に立つニールから笑みが消えている。
いつもニコニコ胡散臭い、あのニールから。
「人間の……骨」
ニールが呟く。
「あー……うん、人間の骨。たくさん」
解体した古代竜の胃袋から出てきたのは、そのものズバリ人間の骨だった。
食べてた。普通に食べてた。
何となく分かっちゃいたけど、改めて目の前に出て来たときどうするべきかを考えていなかった。
横目でチラッとニールを見る。
出会って以来見たことないほどの真顔に、自分が人選を誤ったことを悟る。
……ニールじゃなかった。
みんなの中で一番大人だから大丈夫かと思ってたけど、ニールは元々人間だ。平気なわけなかった。
やっぱり人間を肥料にして畑に撒こうとする男に相談すればよかった。
………どうしよう。
記憶を消した方がいいのか、それとも心が安らぐお茶を出した方がいいのか悩んでいると、ニールがポンッと私の左肩に手を置いた。
「……ありがとう、ディアナちゃん」
そして聞こえて来た感謝の言葉。
「あり……え、なんで?」
お礼を言われる理由がわからず、ニールを見上げる。
すると、いつものような柔らかい笑顔がそこにある。
「ディアナちゃんのおかけで、ようやくこの件も終わりに向かって動き出せる。ほんとありがとう」
耳に届く言葉の意味が本気で分からない。
馬鹿だからではない。多分。
私の思念を読んだのかどうか、ニールがクスッと笑う。
「ディアナちゃん、カリーナさんの言葉覚えてる?」
「カリーナ……?」
人間の骨について何か言ってただろうか。
「このたびの竜の一件で見つかった船の乗組員の家族はね、各国の政府に嘆願書を出してるんだ。……遺体を探して欲しいって」
「遺体を?何のために」
「……死を受け入れるためだよ。船が残骸として見つかった時点で、誰しもあらかたの事は想像が付いてる。でも受け入れられるかどうかは別の話。…人間って不思議なものでね、自分の手で愛する人を供養して初めてその人の死を現実だと認識するところがあるんだ」
供養……。
「それは魔法使いも一緒じゃない?最後の魔力をその目で見て、送ってあげることによって死を受け入れる」
ニールは人の感情にとても詳しい。
きっと沢山の出会いと別れを繰り返して来たのだろう。
「待たせっぱなしは可哀想ってことね」
ニールが頷く。
「……彼らを家族の元に帰してあげよう」
ニールの瞳には何が見えているのか。
私には区別がつかないたくさんの骨達を、山の中から選り分けて横一列に綺麗に並べていく。
「ディアナちゃん、誰にも内緒っていう話だったけど、今後の事は任せてもらえないかな。生前の名前や出身とも突合しなきゃならないし、まさか竜のお腹から出てきましたってわけにはいかないでしょ?」
「そうね、確かにそうだわ。全部あんたに任せる」
ニールに任せておけば間違いない。
「……とは言え、本当に知って欲しくない相手がいるなら考慮するけど」
ニールが真面目な顔をして言う。きっと何でもお見通しなのだろう。
そう、私がニールだけを呼んだのには、ちゃんとした理由がある。
とある重大な役目を頼むためだ。
「……ニール、一人だけ骨を見せないで欲しい子がいる」
ニールが体ごと私の方を向く。
「誰?」
「……アレクシア」
「え?」
意外そうな表情をしたニールに、私は一つの話をする。
「……私が超若い頃はね、偉そうな人間が死ぬと、何でか生きた人間も一緒にお墓に入れられてたのよ」
「あー……世界中に似たような歴史があるよね」
「うん。まぁそういう時代だったってだけの話なんだけど、アレクシアはさ、ああ見えて偉そうな人間……まぁ当時の王様の娘だったわけ」
少しの間が空く。
「ええっ!?お…姫様…だったってこと!?」
本気で驚いているようで、目がまん丸になっている。
「そうそう、お姫様。…なんだけど、アレクシアは生まれながらに〝呪われた子〟になるのが決まってた」
「……え?」
「あの子が母親のお腹にいる時に占術師がそう予言したの。……凶星の元に産まれる呪われた娘だって」
今となっては非常に能力の高い占術師だったとも言える。
「…えと、クラーレットさんは………」
「ああ、アレクシアはさ、お姫様なのに毎日奴隷みたいな格好で、ええと…私の職場…的な所で下働きしてたわけ」
「へえ……意外と苦労人なんだね」
……苦労してたのかどうかは知らない。
でもオシャレ大好きなあの子がボロボロだったんだから、きっとそういうことだろう。
「アレクシア……兄弟っていうか主に意地の悪い兄さんたちにそりゃあ虐められててね。父親の代替りのあと新しい王様になった2番目の兄さんに捕まってねぇ……」
ほんっと下衆な男だった。ネズミみたいな顔してさ。いや、そんなに可愛くなかったか。
「捕まった?捕まったってどういうこと?」
ニールの眉間に皺が寄る。
「ああ、父親の墳墓?とかいうのに投げ込まれて、閉じ込められたの」
「─────!」
ニールが絶句する。
「私がその事に気づいたのは、アレクシアが閉じ込められてから半年後だった」
「は……半年!?それって……」
私は頷く。
「そう、そういうこと。あの子、魔女になったの。次々と死んでいく周りの人間の中に取り残されて、死ぬこともできず、一人生きてた」
「───ッッ!」
言葉を失い、ただただ驚いた顔をするニールを正面に見据える。
「あの子は……本物の〝闇の魔女〟なの。光の差さない闇の中で、人間の骨に埋もれながらひたすら呪詛を吐き、その強い呪いの力で魔力を顕現させた」
……私より早く、魔女になった。
ニールが拳を握り込み、小さな声を出す。
「骨のなかで………」
「だからここからは本当に内緒の話ね」
「え、あ、うん」
体を骨の方に戻し、その場にどっかりと座り込む。
「骨の中からアレクシアを引き上げてね、二人で家出したわけよ」
「家出……」
「そう。目を離すと故郷を滅ぼそうとするからさ、危なくて仕方なかったわけ。毎日毎日泣き喚くあの子を抱き締めてねぇ……」
「抱き締め……あ、呪いの解除?」
ニールが隣に座り込みながら言う。
「へぇ…あんたよく勉強してんじゃない。何かの本に書いてあった?」
「いや、ゼインに聞いた。聖魔法の呪文が生まれた経緯を知っておけって」
ほーう、あの腹黒は想像よりもちゃんと師匠をしている。
人体模型になった意味もあったというものだ。
「ま、その時は呪いの解除のつもりは無かったわけよね。実際失敗したし」
「えっ!?」
そりゃそうだろう。
あの時はアレクシアが自分にかけたのが原始魔法の〝憎しみ〟だなんて知識無かったし、あったとしてもそれを抑え込めるような〝愛〟は私には無かった。
ただ初めて出会った原始魔法に魅了された。
それだけの理由でアレクシアと一緒にいた。
「とにかく滅茶苦茶大変で。アレクシアが人里を歩けば人間が狂うわけ。暴動起こして反乱起こして戦争起こして……。で、あの子引きこもりになった」
ニールが察したような顔で頷く。
「……だからさ、アレクシアの記憶……消したのよね」
アレクシアのためだったとは口が裂けても言えない。
魔女になったあと、私は魔法に夢中になった。新しい呪文を作り出し、魔法陣を研究することに没頭した。
……アレクシアの世話が面倒になった。
「記憶を消して、彼女は心の傷を克服できたの?」
ニールが尋ねる。
「……心の傷?」
ニールが頷く。
「時間を操って体の傷を癒す医療魔法が不完全なら、記憶をいじったところで呪いは癒えないと思うんだけど」
ニールの言葉に今度は私が目を丸くする。
「僕ね、自分に聖魔法の適性があるって知った時に、他の魔法と何が違うのかって考えたんだよね。医療魔法が対処療法に過ぎないんだったら、聖魔法に求められるのは根本治療なのかなって。僕人より目がいいからさ、そういう根っこみたいなのをしっかり見てやれっていう、聖魔法からのメッセージなのかな……なんて」
「メッセージ……」
私は量り間違えていた。
ニールは適性があったとかいうレベルじゃなくて、聖魔法の方が彼を待っていたぐらいの逸材だ。
正しく理解している。
いくら魔法が使えても、それだけでは本当の意味で相手を癒すことは出来ないことを。
事実、私はアレクシアの魂の傷…心の傷を癒せなかった。
アレクシアが求めるものが全く分からなかったから。
「……なーんてね、偉そうにごめん。クラーレットさん今はあんな感じだし、きっとディアナちゃんの魔法が……」
「違う!……あんたの言う通りなの」
ニールの言葉を遮り、彼の両手をガッと掴む。
「嫌な記憶は消したはずなのに、あの子は闇魔法を使うたびに魂の魔力が乱れる。…元に戻ろうとする。私はそのたびに場当たり的に聖魔法で抑え込んでた。……でも結局治せないまま使えなくなったから……」
ニールが柔らかく微笑む。
「なるほどね。クラーレットさんが僕に頼み事するなんて変だと思ってたんだよ。何となく、そういう事だろうと思ってた」
「あー……」
本当に全部お見通しだった。
ニールがそっと手を解き、私の頭をポンポンする。
「……手伝うよ。いつか彼女が呪いを克服する日まで、僕も手伝う」
私はこの日、真の意味でニールとの出会いに感謝した。
そしてニールを正しく導いて来た、ゼインという魔法使いに感謝した。
「……ありがと。アレクシア、これから毎日あんたのとこに会いに行かせるわ」
「…は?」
「あんたの愛の力であの子を闇から解き放ってやってちょうだい」
「は?」
「……あんたに全部任せる」
微笑みながらニールを見つめれば、返ってきたのは絶叫だった。
「やっぱり脅迫状だったんじゃん!!絶対ロクなことにならないと思ってたんだよ!!嫌だーーー!!!」
……しょうがないじゃん、あんたしかいないんだから。
そんなことを考えながら、フラメシュの呪いは何だったのだろうと思った。
ゼインはどんな原始魔法を使ったのだろう、と。




