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偽装工作

 こき使われている。

 絶対に給料三か月分以上働かされている。


「な〜にが『大魔女にとっては寝るより簡単な仕事だ』よ!!過去一番しんどいっつーの!!」

 真夜中の海上で叫びながら、自分に【麗し人魚】の変身魔法をかける。

 この魔法のポイントは〝麗し〟だ。これを付け忘れると怪物版の半魚人になる。海の魔獣と戦う時にはこっちを使う。いや、絶対に使わない。

 とにかく足が尾びれに変わったことを確認し、そのまま海に飛び込んだ。


 ここに来るようになってから、すでに一週間は経っている。体感的にはもっと経っている。本当に経っているのかもしれないが数えられない。

 簡単に言えば、私は詐欺師に命じられて偽装工作とかいうものをやっている。

 竜の討伐のために作った陸地と海底を、なちゅらるで、りありてぃのある感じに繋ぐ作業をやらされているのだ。

 確かに偽装に使うのは土魔法系統の陣のみ。

 だがしかし、その土魔法を使うまでがとにかく大変だったのだ。


 そもそも私は海の中で暮らした事がない。

 どの程度の魔法が使えて、どの魔法陣が有効かは、それこそ人魚や精霊なんかと話した記憶以上の経験は無いのである。

 だから最初は色々と実験した。

 まず一つ目、移動に一番便利な転移魔法陣は海中には施せなかった。

 何も知らない魚やイカやタコが大量に城に水揚げされて来て、喜んだのはマカールの工場を諦めていないダニールだけだった。

 二つ目、当然ながら詠唱魔法は使えない。人魚になってもダメだった。

 無詠唱で大抵の魔法は使えはする。だけどやっぱり威力の強い高位魔法や自分に合わない属性魔法を使う時は、呪文に魔力を乗せた方がいい。

 気分をアゲてノリでイケるってやつである。

 ザハールは言葉が上達している。

 

 

『…【光玉】…百連発!!』

 頭の中で呪文を唱えて、トラックの車輪ほどの大きさの光の玉を100個出し、海中の自分の周りに漂わせる。

 本当は手の平サイズを1個出すための基礎光魔法なのだが、真夜中の海でそれを出して何の意味があるという話である。

 海底に辿り着くまでに四苦八苦したのが、夜の海がものすごく暗いことだ。

 最初は楽しんでいた。

 発光するクラゲを取り寄せ魔法で大量に集めてみたりした。だが綺麗なだけで意味など無かった。

 火属性魔法は使い物にならず、光魔法でも高位呪文は他の属性との複合魔法の事が多いため上手くいかず、結局基本に立ち返った。


 そしてもう一つ厄介なのが()()である。

『……まーた来たわね、ストーカーザメ』

 魚の群れを掻き分けて海を下へ下へと潜っていると、毎回とある一定の深さでサメに出会う。

 出会うだけならいいのだが、目つきの悪いどっかの誰かさんを彷彿とさせるこのサメは、ゆら〜っと背後を着いて来るのである。コイツが現れるから無駄に防御系の魔法も使わねばならない。

 竜に食べられかけたゼインを怒鳴りつけた以上、サメに食べられるとかシャレにならない。

 怒鳴りつけたでしょ?怒鳴りつけた記憶しか無いし。


 

 そんなこんなで多大な苦労をしながら最後の関門である巨大クラゲジャングルを通り抜ければ、ようやく私の仕事場が見えて来る。


『……なんて素晴らしい魔法陣なの……!!』

 漆黒の闇の海底にぼんやりと浮かぶ、町一つ分を覆えるほどの巨大な魔法陣。

 何度見ても自画自賛せざるを得ないほどの出来映えに、これは書物に残そうと心に決める。


 ゼインは簡単な土魔法の〝隆起系〟あたりでいいと言っていた。

 ったく寝ぼける前にさっさと寝ろって話だ。

 火山の噴火を何回見て来たと思っている。海底と海上に浮かぶ陸地とを真っ直ぐ繋げてどうするのだ。偽装工作は完璧に。これ魔女の基本。

 海底火山の噴火を偽装する……つまりは山を一つ作るということ。

 その山のてっぺんから出たドロドロが冷えて、竜を討伐した場所になる。私天才。


 その天才的頭脳で色々考えた末、子どもの遊びでよく使う【大きな山】の魔法陣をベースに、【波打つ地面】や【揺れる大地】なんかの陣をせっせと組み合わせて、土魔法テンコ盛りの大規土魔法陣を作った。

 リオネルを付き合わせて城の中庭で実験した結果、勢いが凄すぎて庭を破壊してしまったので、ショーンが作った制御のための時間魔法の陣までもを加えたのだ。ちなみに庭の復元はリオネルにやらせた。

 この超巨大魔法陣に毎日魔力を注ぎ込み、少しずつ少しずつ山を高くして行く。

 ほんとに大魔女使われ放題だ。

 というか大魔女がいなかったらどうやってこの偽装工作をやるつもりだったのか、腹黒を問い詰めたい。

 


 魔力を注ぐたびにゴゴゴゴゴ……と鳴る海底。何回もやっていれば飽きて来る。

 そこで思った。どうせ誰も見ていないし、この機に麗し人魚の魔法を書き換えておこうか、と。

 実は例の慰労会の時、ゼインがタブレットの〝検索〟を使って『晩餐会』の動画を出したのを見たのだ。

 もちろんさっそく使った。『美少女』『美女』そして当然『筋肉』。

 結論、全員裸だった。今も昔も変わりゃしない。

 ともかく、麗し人魚はその時代を代表する絶世の美女でなければならない。そういう魔法だ。


 数百年前の美女の条件だった金髪、小胸、ポッチャリ、眉なしの外見を解き、ボンキュボーンに体を変化させた時、例のサメが側にいることに気づいた。

『あ、あんたねぇ!それ以上近寄るんじゃないわよ!?攻撃魔法はもう飽きたの!!』

 なぜか毎度毎度目つきの悪いサメは仕事がひと段落したところで寄って来る。

 まだ顔変えて無いのに!

 現代人間版美女・暫定第一位の魔女でも覚えられるリリアナっぽくしたかったのに!!

 とりあえずサメに食べられる前に脱出だ。



「……ゼーハー……ゼー……ハー……」

 アレクシアが作った陸地によじ登り変身魔法を解けば、やって来るのはひたすらにダルい体。

 空を見上げれば朝日が顔を出そうとしている。

「もう給食センターの時間じゃない……」

 まさに使われ放題。

 ゴロンと仰向けに寝転がり目を瞑る。

 そしてそのまま城に転移した。






「……姉さんって、妙なとここだわるよな」

「そうですねぇ……。海底さえ隆起させてもらえたら、後は複製魔法の一種でオスロニアの地層を再現する手筈だったんですけど……」


 僕とギリアムさんは、その昔ゼインさんが他国の潜水艦を調べるために作ったという、深海の水圧にも耐えられるサメ型ロボットで毎日ディアナさんの作業の進捗を確認していた。

 とは言っても睡眠時間の確保を厳命されているから、僕らの出番は明け方からの数時間だけ。

 あとはお察しの通り、心配症のゼインさんが進捗確認という建前を振りかざしてるだけなんだよね。

 だってサメロボットを平面に広げると、転移魔法陣になる。

 駆けつけ体制は万全だ。


「……やっぱ変身魔法の中に人魚なんて無いよな」

 ギリアムさんが時計をポンポンしながら呪文を探している。

「あ、僕も探したんですけどありませんでした。この場合、ディアナさんのオリジナル魔法か、ゼインさんが使えない魔法かのどちらかですよね」

 そう言うとギリアムさんが顎に手を当てて言う。

「……多分、後者だな」

 僕もそう思う。

「まさに『経験と想像』の世界ですよね。……ここだけの話、ゼインさんは自分では犬にすら変身出来ないらしいです」

「マジか」

 ゼインさんの動物嫌いは筋金入りなんだよね……。

 人間ですら見分けがつかないのに、動物の群れを見てると脳がゲシュタルト崩壊するんだって。

 僕の勘では、ナナとハラの見分けもギリギリアウトだと思う。


「んじゃ俺も人魚に変身出来る可能性があるな」

 ギリアムさんがポツリと言う。

「可能性あっても見たくないで…えっ!?ギリアムさん、人魚に会った事あるんですか!?」

「当然。昔は海にウヨウヨいたしな。アイツら……」

 ギリアムさんが遠い目をする。

「何ですか?」

「……はぁ。人魚は夜歌うんだ。超きれいな声で。んでその歌に惹かれて近寄るだろ?そしたら絶世の美女が岩場に寝そべってたりする」

「へぇ〜……岩場に美女」

「けっこういいシチュエーションだろ?美女、岩場、月明かり」

「………黙秘です」

 とは言え、美女の基準をどこに置くかが難しいところなんだよね。ニールさんは『女の子はみんな綺麗だよ』って言うし、ゼインさんは『どれも同じ顔だ』って言うし。

 ギリアムさんは…謎だ。


「ショーン、いいか?女には気をつけろよ」

「はい?」

 ギリアムさんの目が細められる。

「絶世の美女の顔を持つ人魚はな……」

「人魚は……」

「近寄った男をな……」

「お、おとこを……」

「頭からバリバリ食うんだよ」

「!!」

「バーリバリ、ボーリボリ……」

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 こ、怖い!人魚怖い!!

「……クク。ま、甘い話には気をつけろって事だ」

 き……気をつけよ。

 


 二人でサメから送られて来る画像データを確認していると、ギリアムさんの時計からアラームが鳴った。

「ショーン、時間だ」

「あ、本当ですね。そろそろ仕事の時間だって知らせないと」

 実はこれこそがサメロボットの一番の仕事だったりする。ディアナさん、時間感覚おかしいから。

 ロボットを遠隔操作して、カメラをディアナさんの方に向ける。

 そしてソロソロと近づいた瞬間、目に映ったものに二人で叫ぶ。

「「あっ!!」」

 そして交わる気まずい視線……。


「……ショーン・エヴァンズ」

「ははははいっ!」

「……俺たちは何も見ていない。いいな?銀髪人魚なんか見ていない!」

「ははははいいっ!!」

「偽装しろ!映像データを!ゼインさんが確認する前に!即!」

「イエッサー!!」


 美しい人魚を見たことよりも、人魚を見てしまったとバレた後のゼインさんの方が絶対怖い。

 そんな経験と想像を手に入れた朝だった。

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