海底火山
和気あいあいと続く慰労会。
眺めていれば色んなことに気がついた。
まず、みんな仲がいい。
自由に席を行き来しては、それぞれが楽しそうに会話している。アレクシアですら、昔より遥かに魔法使いと会話している。
そしてテーブルの上に所狭しと並ぶ豪華な料理の数々。加えて盛られた本物の果物と大量の酒瓶とキラキラのカクテル。
もう分かった。
仕事をサボったのは私だけだった。
「ディアナさん、料理はお口に合いますか?辛すぎるとか甘すぎるとかございませんか?」
ぼんやりしている私の肩口から、グラスを持ったマカールが顔を覗かせる。
「やっぱりマカールが作ったんだ!あんた天才ねぇ。すっごくおいしいわよ」
冗談抜きでマカールの料理はおいしい。
どこの国の料理とも断定が出来ない、色々な食材を組み合わせた不思議な料理が皿の中で調和している。
マカールのグラスにそっと触れて魔法をかければ、テーブルの中央から酒瓶がフヨフヨ飛んで来てグラスに酒を注ぎ出す。
「おお……!」
「ふふ。どう?魔法使いになった感想は」
尋ねれば、ゼイン印の腕時計をはめたマカールが頭をかく。
「いやぁ、まだ火も起こせませんが、なぜか料理だけが魔法で作れるようになって……」
「そうなのです、ディアナ様。主人のような魔法使いはどのように修行させればよろしいのでしょう」
今度はマカールの隣からカリーナが顔を出す。
「修行か……。師匠は何て?」
そう尋ねれば、マカールが困った顔をする。
「ゼインさんの側を引っ付いて回るわけにもいかないので、基本動作はカリーナに習うように…と」
「…ほほう」
これは一気にダメ師匠へ転落か……?
「何やら私の料理は、皿の中で魔法陣を描いているようなものなのだそうです。究極の料理を完成させて、カリーナを長生きさせればそれで良いと……」
マカールの言葉に目が点になる。
ゼインがマカールにそう言ったってこと?へぇ〜……大した魔法使いっぷりだわ。
「……マカールはカリーナのこと大好きなのねぇ」
そう言えば、マカールのまん丸な頬がポッと赤くなる。
「…息子達には絶対に内緒ですよ?…ヒソ…カリーナは初恋の相手なのです。13歳の私の前に降り立った女神なのです」
「ちょっと!」
バツが悪そうにマカールの背中をパシッとはたくカリーナは、何のその大した魔女だった。
3人で笑い合っていると、ショーンがマカールに酒を注ぎに来た。
「マカールさん飲んでますか?今夜はおいしい料理をありがとうございます。オスロニアは今大忙しですからね。今夜ぐらいは目一杯楽しんで下さい!」
にこにこ顔でそんなことを言うショーン。
「え、何で?何でオスロニアが大忙しなの?」
そう尋ねれば、ショーンが当然でしょ?みたいな顔をする。
「だって海底火山が噴火したでしょう?新しい大地ができたんですから!」
………は?
全く意味は分からなかったが、私の対面で優雅に食事をしていたアレクシアが、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたのはバッチリ見えた。
盛況のうちに終わった晩餐のあと、リオネルに卵を任せ、これから仕事に戻るなどと耳が飛び出そうな会話を繰り広げている集団に突撃する。
「そこの仕事中毒ども、待ったーーー!!」
大食堂の扉の前で両手を広げ、全力で待ったをかける。
「どうした、何だかんだでお気楽魔女。何か用か」
ゼインが超失礼である。
「お気楽ぅ!?海よりも深い悩みをねぇ…ってそうじゃなくて!あんたたち私に何か言うことあるでしょ!!」
ビシっと指を差しながら一人一人の顔を睨みつければ、皆が揃って首を傾げる。
「…ええと、お疲れ様……かな?ディアナちゃんの魔法凄かったよ」
「それは当たり前でしょ!そうじゃない!海底火山!火山の話!オスロニアが大忙しってどういうことよ!」
腕を組んでプリプリすると、皆の顔に『ああ、そのことか』という表情が浮かぶ。
「……そう言えば、このお気楽魔女はお気楽社員でもあったな」
「お気楽じゃない!モーレツ社員に決まってるでしょ!!」
「さすが、古いっすね」
「ギリアムお黙り!」
ギャイギャイ言っていると、ゼインが溜息をついた。
「……分かった。脳みそが耐えられるならばお前も来い」
そう言い残してゼインが消える。
「ディアナさん、僕ウェブ参加にするんで、良かったら一緒に……」
ショーンだけが私に優しく声をかけてくれている中、他の全員が消えた。
……ないがしろ……これはないがしろ!!
「うえぶ分かんないから行く!!」
拳をプルプルさせながら私も転移した。
「来たのか。ばれてしまっては仕方がない。トラヴィス、地図を」
「こちらに」
60階の会議机。
どこかの悪役が大きな世界地図を広げた。
「ディアナ、ここはどこだ?」
ゼインが地図の左上、一つの大きな島を指し示す。
「はあっ?天才ディアナ様に地理のテスト?…ったく馬鹿に………ええと、オスロニア…でしょ!」
「回答までに6秒。……これでは統一入学試験突破は無理だな」
知らない単語だが、何かムカつく。
「ディアナちゃん大正解!ええと、今回海底火山が噴火した……とされる……場所は、ここ!オスロニアの南西に約350キロメートルのこの場所だよ」
ニールがトントンと指を置く場所をジッと見る。
海……そりゃそうだ。海底火山なんだから。
『オスロニアの排他的経済水域内なんですよ!』
立てかけられたタブレットの中でショーンが喋る。
「はいた………ふむ」
「開始2分。脳みその限界が早すぎるな」
………………何かムカつく。
ゼインが再び海底火山が噴火したとされる場所を指で示す。
「…というわけで、偶然この場所で火山が噴火し、偶然地面が隆起し、偶然小島ができたというわけだ」
「ふーん」
絶対ウソだ。
「我が社はオスロニア政府からの要請で、この島の調査を請け負う」
「ふーん。……悪巧みしたでしょ」
ニールがブンブンと顔前で手を振る。
「まっさかー!調査に行くのは人間の社員だもん。なーんにも悪い事出来ないよ」
「ふーーーん?あ、そう言えば竜と戦ったのはどの辺り?海の真ん中だったわよね」
そう言えば皆が笑顔で固まった。
「トラヴィス、大魔女ディアナ様に報告!」
ギロッとトラヴィスを睨めば、綺麗な藍色の目を見開いて、かんっっぜんに狼狽えている。
「…さ、さて、どの辺りでしょう。竜が偶然海面に顔を出した場所ですから、その辺りのことは……」
「おっけ。トラヴィスは双子を弟子に取りなさい。兵団時代のように寝食を共にしてアーデンブルク最強の戦う魔法使いの再興を命じ……」
トラヴィスがサッと青褪める。
「どうぞお考え直し下さいっ!偶然…偶然なのです!偶然……この島と同じ場所で……」
ギリアムがポソリと呟いた。
「トラヴィスが完落ち……こわ」
謎は全て……解けない。
よく分からない。
息を吐き、大袈裟に不服ですモードを出してみる。
「……あんたたちが本当はこっちが目的で私とアレクシアに陸地を造らせたことは分かった」
ジトッとした目をして見回せば、皆がゼインの方に視線を送る。
「違う。苦肉の……最善の……最良の………ばれてしまっては仕方がない。半分はそうだ。だが竜の討伐とその後の葬送魔法陣のために陸地が必要だったのは間違いない」
またもや悪役が堂々と開き直る。
「……わかったわ。で?こっちの目的って何?」
言えば全員がずっこけた。
『今回の件で全世界に流れた映像はこれです』
タブレットの顔だけショーンがそう言って、スクリーンに映像を映し出す。
もくもくと煙を上げる、噴火したばかりといった島の映像。随分と高いところから撮ったようだ。
「私どもはこの一週間、映像通りに陸地を作り変える作業を行っておりました」
トラヴィスが述べる。
「海底と繋げる作業はこれからなんだけど、とりあえずは偽の観察衛星データと辻褄合わすとこまでやったんだ」
お、おおう…いかん、この辺りから脳みそが……。ダメだダメだ、ゼインに馬鹿にされる!
「お、おっけーおっけー。なるほど。ええと、君たちは何だってそんな面倒くさいことをしたのかな?」
人差し指を顔横に、ちょっと先生っぽく言ってみた。
「よし、今後の行程について確認だ。全員資料には目を通したな」
「とーぜん!」「オッケーす」「勿論」「大丈夫です!」
……あれ?何で会議はじまったのかなー?
あれ?私今姿くらまししてるのかなー?
人差し指をそのままに、引き攣った笑顔で固まっていると、ゼインから何かがポイッと飛んで来た。
「お前にはこれをやる。しっかり読み込め。30分後にテストだ」
「え」
「……まさか、元名誉校長ともあろうものが答えられないなどという不名誉なことには……」
「!!」
慌てて視線を落とせば、手には少し古めの紙製の教科書。
それにはご丁寧に、『中等教育 地理 世界編』の中等教育の部分に横線が引かれ、『魔女でも何となく分かる』と書き直されていた。




