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休日の魔法使い

「よいか、ショーンよ。私は歩くのが好きではない」

「はい!そんな気がしてました!」

「うむ。だがしかし、これから向かう先では大層歩き回らねばならぬ。だから……この姿よ!じゃーん!」

「おお……!!かわい………い……?」


 今日はショーンと約束した牧場へと出かける日。

 ご存じの通り、私の肉体は労働向きでは無い。というか筋力は本気で老人並だ。

 だから作戦を立ててみた。歩き回らずに済む作戦。

 5才くらいの女児に変身する、名付けて『にいに、抱っこ!』である。


「見た目は幼女だが、はっきり言ってオーラが禍々しい」

 冷んやりとした台詞と蠢く黒い影がショーンの背後から姿を現す。

「……ゼイン、なんであんたがここにいんのよ。私はショーンと2人で出かけたいんだけど?」

「ショーンの身に危険が迫っている予感がした。まさに予感的中だ」

 ………滅びろ。


「まあまあ、ゼインさんもディアナさんも落ち着いて下さい。ディアナさん、その…とても可愛らしい姿だと思いますけど、それでは動物が近寄って来ないと思います」

「ぐぬぬぬぬ……!」

 最近割とはっきりモノを言うようになって来たショーン。

 ぶちのめすリスト入りもそう遠くはなさそうだ。

「わーかったわよ。んじゃ、『息子の初デートにしゃしゃり出てくる迷惑な親父』作戦で行くしかないわね」

「…誰が迷惑な親父だ、このババア……!」

「…ディアナさんは100歩譲ってもお母さんです……」

 わかった。2人とも地獄に一番近い場所行きリストに加えておく。


 とまぁなぜか朝っぱらから私の狭苦しいアパートに現れた親子とともに、今日は〝ふれあい牧場〟なるものに行く。人間が作った竜の箱庭のようなものらしい。

 ショーンいわく、この国ではそこでしか動物には触れないとか。アーデンブルクは何とも言えない国になってしまった。

「ま、気を取り直して行くわよ!あ、牛は捕獲してもいいの?」

「「いいわけない」」

「あっそ」

 本当につまらない国である。


「ディアナ、ちょっと待て」

「何よ?」

 さあ出かけようといつものピンク髪の美少女に戻りドアノブに手をかけた瞬間、ゼインに呼び止められる。

 振り向けばゼインが私に向かって呪文を発する。

「ぶほぉっ!!…何すんのよ!!」

「お前は人間の常識を学べ」

 人に魔法をかけておいてそそくさと外へ出る男。

「…何をー……」

 と言いかけて口をつぐんだ。

 服が変わっている。

 私の魅力を120%引き出すいつもの黒のゴシックドレスから、何かダボダボした、ゆるゆるした服に変わっている。

「ちょっと!何なのよこの服!?首に付いてる袋どうすんのよ!」

「ショーン、あの魔女に教わるのは魔法だけだ。いいな」

「は…はい、そうですね」

 ムキーーー!!!




「はーん?人間は牧場に行くのにも専用の車に乗るのねぇ。バスでしょ、結婚式の時の空き缶車に、レストラン行きの車に大変だこと」

 車窓を流れる景色を見ながら、人間社会の常識を率先して学ぶ真面目な大魔女の私。

「ディアナさん、レストラン行きの車って何ですか?」

 ショーンが前の席から振り返る。

「えー?何か黒い車よ」

「初めて聞きました。ちなみにこの車は四駆って言うんですよ」

「よんくー?」

「ええ。ゼインさんが仰るには、人間には息抜きが必要なんですって。だから高原エリアを再現した人工島に向かってるんです。四駆の出番なんです!」

「じんこうとう……?」

「後ろでディアナさんの好きな野宿もできますよ」

 ショーンの話が半分くらいしか理解出来ない上に人間の暮らしに疎い私でもわかる。

 ショーンよ、それは野宿とは言わんだろう。


 ゼインの人間の世界での身分証はどうなっているのか、島を作れる上に車が運転できるらしい。

 魔法使いなら魔法使いらしく車に自分で走らせればいいものを…と言うと、『その技術は数十年前に人間が完成させた。今は自分で運転できることがステイタスだ。』とか何とか言っている。

 私は別にどっちでもいいが、人間は明らかに魔法使いに近づいて来ている。


 運転しているゼインをほったらかして、私とショーンは今日の修行内容について話し合っていた。

「あんたって乳母(うば)に育てられたの?」

「う…ば……?」

「ちちでーる、おんなのひーと」

「!!?」

 ショーンが目を丸くしている。

「え?違うの?じゃあゼインの奥さん?」

 キキーーッと車が急停車する。

「…ブホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 運転席で最近弟子入りして来た生意気な魔法使いが咳き込んでいる。

「お前は何を言っているんだ!!」

「はぁ?あんたこそ何動揺してんのよ」

「なぜ……私に……」

 やり取りを聞いていたショーンがボソリと呟いた。

「…ゼインさんはシングルファザーです。世間的には……」

「………色々あんのね」





「とにかく、あんたも牛の乳で育ったらしいから感謝しながら搾るのよ!」

 私は大きな橋を渡った先で突然現れた牧場で熱弁を奮っていた。

「この牛たちは全員女子!そして赤ちゃんを産んだばっかりなの!本当は我が子に飲ませるためのミルクを我々に提供してくれてんのよ!一滴も無駄にするんじゃないわよっっ!!」

「は、はいっ!」

 ふれあい牧場の職員が目を丸くしながらこちらを見ていたが関係ない。

 乳は血液からできる。

 そして私たちの魔力も血液に宿る。

 大地で育つ食べ物以上に、ダイレクトに魔力に関わるのだ。

 ……わかってんのか、隣の黒髪。


「……私はいい」

「あんた、私の弟子になっといて何すっとぼけたこと言ってんのよ」

「無理だ。動物に触れない。犬…も厳しい」

「…破門ね。短い師弟関係だったわ。指輪返して」

「……………やる」

 さっさと行け、ボケナス。何しに牧場について来た。


 普段働き詰めで寝る間も無さそうな2人。

 その2人の貴重な休日は大いに私を爆笑させてくれた。

 本当に情けないな、お前たち。

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