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株式会社ガーディアン

 なんだ、簡単な話じゃないの。

 ようは1か月働いて辞めりゃいいのよ。


 明晰な頭脳をフル稼働して、半年前に移民局でコーディネーターとかいう職業のデビットに渡された資料を読み耽ること数時間、私は閃いた。

 ここ、ネオ・アーデン…昔はアーデンブルクっていってたんだけど…は、急激な経済発展の最中で究極の人手不足らしい。

 国外から働き手をバンバン募集している代わりに、移民は働けなくなったら自国に帰らねばならない。


「ふーむ……」

 いやだからね、何度も言うけどここが自国なんだって。

 とまぁこの問題はおいおい解決するとして、無職でいられる期間は最長6か月。つまりあと6日。

 就労実績として認められるのは同じ事業所で1か月以上勤務すること……。

 つまり、だ。

 1か月働く→6か月近く休む→1か月働く→6か月…の無限ループで国外退去は回避できる。

 今回の仕事に耐えたあかつきには、魔女らしく夜の廃墟を管理する仕事でも探そう。

 うむ。とりあえずここまでは完璧だ。

 アットホーム、恐るるに足らず!



 面倒見はいいが押しの強いデビットはあの後もまた電話をかけて来て、『面接行ってください!明日、10時!』とか何とかで地図を送りつけて来た。

 だから取り出せないんだって!頭悪いんじゃないの!?

 だいたい地図を見たところで実際に現地に辿り着けた試しが無い。

 だから空から探すはめになる。


「うーむ…あの駅が確か首都中央駅……」

 午前9時。

 けっこう真面目な私は1時間も前から目的地を探している。

 寝坊してはいけないと、眠らずに朝まで待機した。

 今は高度およそ600メートルといったところか。

 たまにヘリコプターとかいう鉄の箱型トンボとすれ違うが、とりあえず姿は消しているので私だけが一方的に危険。

 しかし空を乗り物で移動するとは……。

 箒や絨毯の時代から何も変わっていない。努力する方向性が間違っている。

 人間は自力で飛べるようになるべきだ。

 乗りたいけど。あの箱型トンボに。


「それにしても高い建物ばっかりで見分けつかないわねぇ。どこよ株式会社ガーディアンって」

 デビットの地図では駅の目の前だったはず。

 ああ、なるほど。従業員4人の零細企業だ。駅前のビルの一室を間借りしているに違いない。

「はぁ……。誰かに聞くしかないわね。人間と話したくないんだけど」

 

 空からの捜索を諦めて、地面に降りるために高度を下げた時だった。

 腕を組みながら空中に仁王立ちポーズでグングン下がる私の右目を、何かの文字がかすめる。

「うあっ…と…え、何?ビルに名前書いてある…?ガーディ…ア……は?」

 間違いない。右目に映った全面ほぼガラス張りのキラキラ眩しいビルには、どういう仕組みなのか〝セントラル・ガーディアン・ビルディング〟という文字が陽光に反射している。

「…ガーディアン……いやいや、従業員4人でしょ?雑居ビルとかさ、そういうのでしょ、普通」


 いやしかし、位置的には駅の目の前で……。

 視線を上空へと移せば、そこには高さ300メートルはあろうかという高層ビル。

 てっぺんに行くほど先が細くなる変な形のビル。


「はぁん?アットホームねぇ………」

 まぁいい。どうせ1か月だ。

 中央駅目の前のスクランブル交差点、なるべく沢山の人間が行き交う場所に照準を定めると、急降下を開始する。

 地面すれすれ、人の流れに動きを合わせると、スッと姿を現し群衆に紛れる。

 向かうのはもちろん、大勢の人間が吸い込まれていくガーディアン・ビルだ。

 大きく息を吐きぐっと拳を握りしめると、私は巨大ビルの玄関ホールへと踏み込んだ。



 ………なんて広いんだ。

 何なのこの建物。城?迷宮?

 まだ6歩ほどしか中に入っていないにもかかわらず、玄関ホールのあまりの広さに圧倒される。

 こんな建物を魔法無しで建てるなんて、人間という生き物はどれだけ進化しているのか。


 世界中を旅してわかったこと。

 おそらく魔法使いは絶滅危惧種……もしくは絶滅したのだということ。

 能力というものは必要だから子孫に受け継がれる。

 自動で動く床、空飛ぶ乗り物、食物さえも工場とかいう建物の中で作られるこの時代。

 魔法よりも効率的に目的を果たせる世界において、不確実で効果に能力差が出る魔法など駆逐されても仕方がない。

 わかってはいるけれど、だ。


 一抹の寂しさを飲み込み、私は玄関ホール正面カウンターへと向かう。

「あ……あの、ディアナ・セルウィンと…言います。移民局からの…あれで、その、面接…に来た…です、が…」

 ぐっ……私とあろうものが言語が不自由すぎる。

 だってしょうがない。これまでの人生で丁寧語なんか使ったことがない。

「…セルウィンさんでございますね。少々お待ちください」

 不明瞭な私の言葉に受付の女性が柔らかく微笑み、何やら四角い鏡のようなものをトントンし始めた。

 あーあれね、あれ。確か…タブ……何とか。

 どういう理屈かはサッパリ分からないが、どうやら平たい鏡の中に私の名前が入っているらしい。


「お待たせしました。本日の採用面接は最上階展望ルーム横の小会議室にて行う予定となっております。向かって右側のエレベーターより最上階へとお上がり下さい」

 受付女性が美しく微笑み、手でエレベーターホールを指し示す。

 うむ、可愛い。

 きっとあれだ、看板娘。

「……ありがとう。あ、ごていねいに」

 彼女を真似して微笑もうとしたが、口端がヒクヒクするばかりでどうにも動かない。

 受付女性に困った顔で微笑まれながら、私は右向け右をし、エレベーターへと小走りした。


 まずは第一関門突破だ。

 看板娘は私を人間だと思っているに違いない。

 ……まさに完璧。

 この調子なら1か月ぐらい人間の真似事をして暮らせるだろう。

 ………多分。

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